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行動を起こせ



観察日記になってねえ……

『一日目』

 できる限りの宿題を三日で終わらせた僕は、早速お爺さんから聞いた話を思い出しながら行動を開始した。

 お爺さんのお祖母さんが戦争中に見たという大きな虫の正体は、ウスバカゲロウという虫の姿をした"ヒメミコゴロモ"という名前の身分の低い神か、妖怪のようなものだという。

 調べてみたところあまり知られていない神様らしく、図書館の司書さんにも協力して貰って香川の図書館にあるという本でその存在を確認することができた。

 その本によればヒメミコゴロモは古代の吉備(今の岡山県)で産まれた神とも妖怪とも言い難い曖昧な存在で、そのライフサイクルは現実のウスバカゲロウとよく似ているという。違いとして、ヒメミコゴロモは単為生殖により極小の卵を一個だけ産み落とす。この卵はホウネンエビのそれを思わせるほどに生命力が強く、環境が整えばすぐに育つのだという。

 ただその卵は普通の環境で育ててもただ単に本物よりかなり成長が早いだけのウスバカゲロウにしかならず、これが神として育つのはごく希なことだという。だが僕は、老い先短いお爺さんの為にも何としてもヒメミコゴロモを育てねばならない。

 あの忌まわしい第二次日中戦争を終わらせ、その美しい勇姿により当時の国民―つまり僕らのご先祖様に希望と勇気を与えた彼女(卵を産むため雌と仮定する。そもそも神話でもヒメミコゴロモは女神だったようだし)は―自身が意図したかどうかはともかくとして―日本という国を救ってくれた英雄だ。色々な事情で国そのものが疲弊している今という時代は、彼女という救済が必要な時だと思う。この国を元気にできるのなら、僕はできる限りの努力をしていきたい。そう思っている。


『二日目』

 改めて情報を再確認しよう。ヒメミコゴロモが巨大化する条件は以下の通りだ。

・大量の餌を要する。生命体どころか有機物である必要性さえない。

・総面積12,000m^2の広大で平坦な土地を要する。その地表成分は指定された何れかの配合による土でなければならならず、ある程度の植物も育っている必要がある。

・強い地脈か、或いは一つの目的を持った多くの人間が集まる場所でなければならない。過去には合戦場へ出現したとの記録もある。

・孵化させる日時は"六曜が仏滅である日曜日"でなければならない。原理はまるでわからないが、お爺さん曰くこの日でなければならないのだとか。

・更に上記の条件に付け加えてその日は"犠牲の上に成り立つ大衆の喜びの日"もしくは"多くの者が哀しみ怒り絶望する日"でなければならない(戦時中に出現したのは、戦争に巻き込まれた民衆の哀しみや怒りを気取った為と考えられる)。お爺さん曰く今まで失敗したのはこの条件が理解できなかったからだという。

 これらの条件を満たす場所を見つけるべく、僕は里帰り中の叔父さんから貰った小遣いを叩いて小旅行に出掛けることにした。


 まあ、その前に調べることが山ほどあったのだけれど。


『六日目』

 あれから四日間、インターネットで風水や陰陽道、地質学の専門家を探して回った。指定された配合の土がどんな場所にあるのかということや、地脈について調べる為だ。

 幸いにも土の配合についてはかなり多くのデータが得られた。特に役立ったのは岡山の大学で地学を教えているというラーメン好きの先生で、わざわざ表まで作ってくれた程だ。

 反面地脈についてはあまり芳しい情報は得られなかった。辛うじて信用できそうな情報と言えば、京都の田舎町に"日本国内最後の陰陽師"を自称し呪術師紛いの真似をして金を稼ぐ胡散臭い女が住んでいるというものくらいだ。こう聞くと如何にも信用ならないインチキ呪術師のように感じられるかもしれないが、彼女の世話になった客は揃って『彼こそ真の陰陽師だ』と言うらしい。藁どころか縫い糸にも縋る思いだったが、正直背に腹は代えられない。僕は早速その自称陰陽師へ会うべく京都への旅支度を始めた。


『七日目』

 あれこれあって丸一日かかったが、何とか準備が完了した。今夜にも夜行列車に乗って、僕は京都へ旅立つ。


『八日目』

 京都駅へ到着した僕は、百均で買った地図を片手に自称・陰陽師の女が住むという町を目指す。バスというバスをハシゴして辿り着いたのは、田畑や民家の他には小さなコンビニや古びた寺院ぐらいしかないような田舎町だった。

 聞き込みをしながら、地味ながらもどこか風情を感じさせる道という道を歩き続ける。人々の話しぶりからして女の評判は賛否両論なようで、讃える者も居れば貶す者も居たし、親しくしているらしい者も居れば無関心な者も居た。

 気が付けば日が暮れていたので、嘗て女に助けられたという農家に泊めて貰った。夕食は自家製野菜をふんだんに使ったポークカレー。流石に母さんのには負けるが、そんじゃそこいらの市販品には負けないほど美味しかった。


『九日目』

 明け方農家に別れを告げ、再び女の自宅に向かって歩き出す。案内されるままに進んでいくと、やがて山奥に佇む妙に大きな一軒家が目の前に現れた。しかし、どう見ても人の気配はない。不気味に思った僕がひとまず引き返そうとしたその時、目の前に白い防護服を着込んでズタ袋を担いだ人物が現れた。

 突然のことに吃驚して尻餅をついてしまったが、話を聞くにどうやらこの人物こそ噂に聞く自称・陰陽師の女らしい。声や素顔は以外にも若々しく(序でにこう言うと何だが、胡散臭い自称呪術師という割にかなりの美人でスタイルも良かった)、20代の前半にしか見えそうにない。防護服を着ていたのは食料とすべくスズメバチを巣ごと捕まえに行っていたからだそうで、大きなズタ袋の中にはハチの巣が入っているらしい。

 用件を話すと女はとても友好的な態度で家に招き入れてくれた。寂れた外観に反して内面はとても豪華であり、色々なものが充実していた。女は僕にスズメバチの姿揚げと刻みレタスを差し出してきた。『食べられないなら別のものを出す』と言っては着たものの、ここで突っ返すのは何だか気分が悪かったので食べることにした。スズメバチの姿揚げは独自の味付けがしてあるらしく、形容しがたいが素晴らしい味だったことは確かである。

 食事を終え、改めて用件を話す(ひとまずの口実として『陰陽道の概念である地脈について調べている』と説明した)。話を聞いた女は『それならお誂え向きの品がある』と言って、僕に一束の地図を手渡してくれた。それはカラフルな蛍光ペンで線の引かれた白地図で、それこそが地脈を表しているという。だが残念なことに、地脈の集中地点はその殆どが平坦とは言い難いものであったり、或いは海底や湖底であったり、総面積5000m^2にも満たなかったり、ネットで教わった土の場所ともまるで掠っていなかったりする。正直、僕の夢はここで潰えてしまうのかと絶望し落ち込んだ。

 ふと、そんな態度を気取ったのか、女が僕に何があったのかとしきりに聞いてきた。警戒心から目的を知られるわけにはいかないと思った僕は何とかはぐらかそうとしたが、思春期男子故の心理からか薄着をした女の色香に気圧され、遂に真の目的を告白することになってしまった。

 僕はその時、女に咎められるか嘲笑われるだろうと思っていた―――が、その反応は僕の予想に反して心底真面目かつ協力的なものだった。

 曰く女もまた幼少期に第二次日中戦争を生き抜いた祖父母からヒメミコゴロモの話を聞いていたらしく、叶うならばそれが空へ舞い上がる姿を見たいと強く願っていたのだという。更に女はヒメミコゴロモの生育に最適な日時と環境を既に把握しているとも言った。僕と女の利害が一致した瞬間だった。

 その夜は女の家に泊めて貰う事になった。山の幸をふんだんに使った豪華な食事を味わい、女が独学で習得したという様々な呪術を目の当たりにし(ここで僕は彼女の実力が本物なのだと覚った)、だだっ広く快適な風呂でその日の疲れを取った。


(以下、添削に際して削られた文面)

 身体を洗っている最中女が何食わぬ顔で『背中流したげる~』等といった具合に風呂場へ入ってきたときは正直慌てたが、女の呪術で身体の自由を奪われてしまったために出ようにも出られず、結局なすがまま彼女の一糸纏わぬ(正直に言えば、一生掛かってもお目に掛かれないであろう程に極上の)裸体を見せつけられ(思春期男子故の浅ましい本能に負けて瞼を閉じることを忘れてしまったが故にシャンプーが目に入り軽く地獄を見た)、嬉しいやら恥ずかしいやらよくわからない気分のまま何だかんだ吹っ切れた結果混浴を堪能し、フカフカの布団にて床に就いたのであった。

(ここまで)


『十日目』

 朝起きると寝床に呪術師の女が半裸で潜り込んでいた。まさか若くして道を踏み外してしまったのかと不安になったが、直後に起きてきた女から『単に私が潜り込んだだけだから安心しろ』と言われ安堵。

 荷物を整え作戦の打ち合わせをした後、女の家を後にする。適当な式を拵えて運ばせようかとも提案されたが、正直に自分の脚で帰りたかったので断っておいた。ただ、手渡してくれたスズメバチの姿揚げや蜂の子入りの握り飯は有り難く頂いた。バスの中で食べていたら座席を独占していた如何にも頭の悪そうな連中がすぐさま降車ボタンを押して逃げていった。ざまあみやがれ。

 夜には京都駅に到着し、深夜便で地元へ帰る。


『十一日目』

 昼頃家に戻り、挨拶もそこそこに昼食を取る。19時から民放で特番があったので見る。


『十七日目』

 実行日。昼頃女の元より鳥形の式が来訪、作戦の打ち合わせを行う。

 夜間、待ち合わせ場所に向かい女の用意した大型の式に乗り目的地を目指す。

 程なくして目的地に到着。所定の位置にヒメミコゴロモの卵を数粒撒くと瞬時に幼虫が孵化し共食いを開始。生き残った一匹が地中に潜っていったのを確認後、僕と女は式に乗りその場からずらかる。

 作戦は完了した。


『二十日目』

 その日の朝、ネットにて少々騒ぎが勃発した。原因はといえば『朝の連ドラやアニメが集中して放送される時間に高校野球中継が放送され、既存の四番組の放送が中止になった』というもの。

 これを受けた視聴者達の反応は様々で、純真な幼児達は泣き喚き、短気な少年少女は怒り狂い、頭のいい連中は状況を残念がると同時にそれを逆手にとってネタにしてしまう始末。とはいえこの国に於いてこういった事はしばしば起こりうるものであり、言ってみればさほど珍しくもないありふれた出来事であった―――が、今年のこの日は他に類を見ない歴史的な日となった。

 球場へ突如として発生する、擂り鉢状の大穴。

 その奥深くには、クワガタのような大顎を持った地味な色合いの巨大な虫。

 逃げ惑う球児達。パニックに陥る観客席。仕事も忘れて逃げ出す観客席のアナウンサーと解説者。ライブカメラを投げ捨ててでもその場から逃げ出すカメラマン。

 だが、それらを嘲笑うかのように広がりゆく擂り鉢状の大穴はやがて球場そのものを飲み込み、大穴の底に落ちていっては奥深くに潜む虫によって食われていく。

 人も、機材も、椅子も、金網も、建材も、全てが穴に飲み込まれ、虫に食われて消えていく。

 そして虫は地中に潜り、全てを丸呑みにした穴はやがて何事も無かったかのように埋まっていき、球場は跡形もなく消え去りその場は更地と化す。

 光景を目の当たりにした大衆はただ呆然とその場に立ち尽くすばかりで、状況の判断さえついていない。

 そんな大衆を尻目に更地となった地面は盛り上がり、中から大粒で美しい輝石のつぶてに覆われた巨大な球体が出現する。

 それに気付いた人々が、物珍しげにその方向へカメラを向ける―――と、次の瞬間球体がもぞりと揺れ動き、頂上を突き破って何かが姿を現す。

 徐々に細長く華奢な身体を球体から引きずり出したそれの正体は、ローズクォーツを思わせる薄桃色の金属光沢を放つ外骨格に身を包み、黒曜石を思わせる黒光りする複眼と細長い触角、若干緑色がかったオパールのような輝きを放つ四枚の翅を持つ、巨大な――翼開長ゆうに15mにも及ぶ巨体を誇りながらも、どこか繊細で儚げで華奢な印象のある美しい昆虫であった。

 昆虫は暫く羽根を広げて身体を整えた後、周囲にて驚く観衆など眼中にないが如き態度で悠然と羽根を羽ばたかせ、輝かしい姿を大勢に見せつけるかのように何処かへ飛んでいってしまった。その姿は見た者に溢れんばかりの希望と底無しの勇気を与え、心を浄化したという。

 後に画像検証から専門家によりウスバカゲロウ科と断定され、暫定的に"Hagenomyia Iris"という学名が付けられることとなるその巨大昆虫の―――否、"彼女"の名はヒメミコゴロモ。

 古代に産まれ出でてより幾度にも渡り世代交代を繰り返しては、時にヒトの眼前へその姿を現したとされる、女神或いは妖怪とされる超常の存在である。

 かくして僕と呪術師の女は、見たいテレビ番組を野球中継に流された者達が怒り哀しみ絶望する仏滅の日曜に、『野球をする』『野球を見る』という大勢の同じ目的を持った者達が集まる場所を利用しヒメミコゴロモの巨大個体を育て上げ、空に舞い上がるその勇姿を拝むことに成功したのである。

 因みにあの後、球体―――ヒメミコゴロモの蛹に付着していた輝石の礫があの更地から無限に産出するようになった。学者達の研究によって知られざる万能鉱石としての性質が明らかに成りつつあるその輝石は、近い将来日本経済を救うことになるであろう"救済の石"であると僕は考えている。

要するに『野球やサッカーがそんなに偉えのかよ!?甲子園大会やワールドカップを見ない奴は非国民なのかよ!?』って話だ

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