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今を告げる風

 四足の赤い魔物の威力は凄まじく、一人の少女はソレに腰から下を食まれながらゲームに興じていた。腰から下のジンワリとした温かさは、少女を包み至福のひと時を演出している。

 脱色して金茶の髪をポニーテールに結んだ彼女は、真剣な眼差しで両手の中の小さな画面に見入っていた。画面の中の映像が瞳に映り、キラキラと輝く視線はソレに合わせて目まぐるしく動く。

 紅い唇は小さく開いて、微かに動き、小さな囁きを零していた。

「親父ぃ~、はいるよぉ」

「邪魔するっす」

 賑やかな音を立てて入口が開き、千住一人きりだった四畳半の空間にククリとウェントスが入り込む。その二人に少し迷惑そうな顔をする千住なぞ気にせず、仕事が終わり、へとへとになった二人はコタツにヘタリ込んだ。

 仕事中、抜け出していたことが三十路にバレ、午後の仕事は三十路が付きっきりだったのだ。流石に一挙一動を三十路に見守られながらの作業は、緊張の度合いが半端なく、普通の仕事をする以上の疲労を覚えた。

「疲れたっす」

 ぐでぇっとするウェントス。それでも、スッと千住からゲーム機を渡されれば、喜々として千住の対戦相手になる。もちろん、ラピスから仕入れた反則技を多用する千住に勝てるはずもない。

 ボーっとソレを見ていたククリは、この疲労感の大元の原因である、奇妙な二十面体の組み細工の事を思い出す。懐かしい人の幻を思い出しながら、通信ゲームでウェントスをコテンパンにしている千住に尋ねた。

「なぁ、親父~。アレ、なんだったんだ?」

「リンホン」

(リン)フォン? 電話っすか?」

 千住の答えを聞いたウェントスが頭に大量の?マークを散らしていたが、千住は無視して「地獄の入口みたいなもんだ」とククリに教えた。

「地獄? 入口?」

 可愛らしく首を傾げた娘の姿に、仕方がないとばかりに千住は真剣な顔つきになり、「よく聞けよ?」と告げた。千住のいつになく真剣な表情に、二人もゴクリと生唾を飲み込んだ。

「リンホン(RINFONE)。美しい二十面体の組み細工を熊、鷹、魚に変形させ終わると、地獄(INFERNO)に繋がる門となる……らしい」

 千住の説明に、二人は顔を見合わせると、詰めていた息を吐きながら呟いた。

「つまりは……」

「壊せばバッチオッケって事っすね」

(コイツらに説明した俺が馬鹿だった……)

 千住はガックリと肩を落とすと、二人に一枚ずつチケットを渡す。

「なんっすか?」

「創作フランス料理?」

 チケットを見てみると、招待券という文字と、店の名前であろう『ベルティナ』という名前が美しいレタリングで書かれていた。裏返せば店の地図と住所、電話番号が記載してあり、どうやら笠間稲荷神社東京分社という神社の近辺にあるらしい。

「今回の報酬だ。美味いもんでも食ってこい」

「えっ! ホント?」

 美味い物という台詞にククリが目を輝かせた。

「おっ、イイっすねぇ♪ んぢゃ、今から行って食うっすか♪」

「行って来い行って来い」

 シッシッと犬でも追い払うかのように手を振る千住。飯につられた二人は気付くことなく、いそいそと出掛けて行く。

 地図の場所に向かうと、和モダンの敷居の高そうなお洒落な店構えだった。

 二人が恐る恐る扉を開けると、「いらっしゃいませ」と妙齢の女性が現れる。

「チケットを貰って……って、ばぁさんぢゃん!」

「あら? 貴方達……」

 店内から出て来た友禅の水屋着姿の女性を指差したウェントスは、素っ頓狂な声をあげる。指差された女性は『ばあさん』と呼ばれるには若すぎるように見えて、ククリは「失礼だぞ」とウェントスの足を蹴る。

「いってぇ! ひでぇよ……ばぁさんは、ばぁさんじゃん。フラン様のばぁさんで、千住(じじぃ)の娘だぜ」

 ウェントスの台詞にククリは驚く。

「えっ! 親父の娘って事は、あたいの姉さん?」

「初めまして、菊理さん」

 しっとりと微笑む大人の女性の姿に、ククリはパアッと華やいだ笑みを浮かべる。

「私は恵理よ。よろしくね。さぁ、どうぞ、こちらに……」

 ニューヨークでは天涯孤独だと思っていた自分だったのに、フランと出会って、父親を紹介されると立て続けに姉が二人も現れた。それが、非常に嬉しく、少しむず痒かった。

 隠れ里で会った古臭い喋り方のお節介な、見た目自分より年下の女童の姉とは違った、姉らしい姉の姿に、居心地の良いものを感じたククリはヘヘッと笑った。

「今、お料理をお出ししますから、座って待っていてくださいな」

 はにかむ年若い妹の姿に恵理は微笑みを浮かべて、カウンター席を勧める。

 ウェントスは遠慮なく席に座り、恵理に酒をねだっていた。

「ばぁさん、オレっちに酒ちょーだいっ♪」

「仕方がないわねぇ」

 遠慮ないウェントスのお願いに苦笑しながら、恵理はカウンターの向こうに回った。

 ククリもウェントスの隣に座り、出された食前酒のグラスの細長い脚を持った。

「かんぱー……」

「賑やかだねぇ」

 二人がグラスをカチンと合わせようとした時、ウェントスを挟んで並びに座ってる和服姿の女性が呆れたような声を出した。

 非常に聞き覚えのある声に、二人はピタッと止まって、ギシギシと首を声の主に向ける。

「う、梅さんっ!」

 特級メイドで、メイド長の老婦人の姿に、ウェントスは固まり、次の瞬間、ピシッと姿勢を正した。

「どうして、ここにいるんだ?」

 ククリが不思議そうに尋ねると、「この店は、私のお気に入りの店だからね」と至極当前とばかりに答えを返された。

「ビックリしたよ。若い時に居なくなったアンタが、ココに店を構えたなんてね」

 懐かしそうに恵理を見た梅。その姿を見て、ウェントスはコソッと恵理に尋ねる。

「ばぁさんの知り合い?」

「えぇ、梅さんは、この近くの道場のお嬢様なのよ。私も稽古を付けて貰った事があるのよ」

 恵理も懐かしげに目を細める。

「止めとくれよ。お嬢様なんて、大昔の話じゃないか」

「姉さんは、昔からココに住んでるのか?」

 ククリの疑問に、恵理は苦い笑みを浮かべた。

「この近くに笠間稲荷の東京分社があるでしょう。私は、笠間稲荷の狐だったのよ」

「お、おぃ! ばぁさんっ!」

 隣に一般人と思われる梅がいるのにそんな話をしていいのかと慌てるウェントスに、梅はカラリと笑った。

「あぁ、物の怪のことだったら、知っとるよ」

 梅の答えに、ククリもウェントスも驚く。どういう事かと恵理に視線で尋ねれば、恵理は微笑んで答える。

「梅さんは、協力者なのよ。千住様もご存じのはずだけど……聞いて無かったの?」

「きいてないっ!」

「きーてねぇっす」

 恵理の言葉にブンブンと二人揃って首を振る。その姿が面白いと梅と恵理はコロコロと笑った。

「お前たち二人の事は、三十路からよく聞いてるよ」

 ニヤリと笑って上品にグラスを傾ける老婦人の姿に、二人はビクッと肩を震わせる。午後からの彼女の熱の入った『指導』で、グッタリとなった二人としては当然の反応といえるだろう。

「安心しな。よく働くイイ子だって聞いているよ。ちっちゃいのは……」

「あたい?」

 ククリが自分を指差すと、梅は頷く。

「真面目な子で、仕事をしっかりこなすと聞いてるよ」

「なぁなぁ、おれっちは?」

 ワクワクと顔に書いたウェントスの顔を、梅は人の悪い笑みを浮かべて眺めた。

 そして、声を落として囁く。

「ばれない様に、しっかりとサボってるみたいだね」

「げ……」

 ウェントスは絶句する。

 梅はコロコロと華やいだ笑いをあげ、「知らなかったのかい?」と目の横、米神のあたりをポンポンと中指で叩いた。

「インカムにはGPSが搭載されててね。使用人たちが、屋敷の何処にいるかぐらい分かるんだよ」

「んだよぉ……んなの、きーてねぇっすよぉ」

 がっくりとテーブルに突っ伏すウェントス。

「そう気を落としなさんな。あの職場は、そんなに細かくないからね」

 梅は楽しそうにグラスを傾ける。

「与えられた仕事をしっかりとこなしていれば、首になるこたーないさ」

「カシコマリマシタ」

 ウェントスが呻いたところで、カウンター越しに料理を出された。

「はぃ、どうぞ。お待たせしました」

「うわぁ! ウェンドス、これ美味そう♪」

 ククリが感激の声をあげれば、恵理は嬉しそうに「召し上がれ」と料理を勧める。

 しばらく恵理の料理に舌鼓を打った二人だったが、ウェントスがある事に気付き、恵理に尋ねた。

「なぁ、ばぁさん……なんでココにいるっすか?」

「ジルに聞いたのよ。今、フランが此方でお世話になっているって……」

 先日メキシコで会ったフランの叔父を思い出し、なるほどとウェントスは納得する。

「なぁなぁ、ジルって誰?」

 こそっと聞いてくるククリにウェントスは「ジルバート・ボージョン」と呟いた。

「フラン様の父ちゃんの弟。ばぁさんの息子……アンティークを扱う貿易商、ボージョン商会の現社長っす」

「ボージョン、商会?」

 最近どこかで読んだことあるような言葉の綴りに、ククリは首を傾げる。

「たっしか、帆船モチーフのロゴが目印っすよね……ん?」

 ウェントスも最近見た覚えのあるロゴマークを思い出し、首を傾げた。

「……」

 二人は顔を見合わせ「今日の荷物っ!」と声を揃えた。

「ばぁさん、ジルのおっさんって……」

 嫌な予感がして恐る恐る尋ねるウェントスに、恵理はあっさり答える。

「日本風に言えば、見鬼ってところかしら」

「ケンキ?」

 初めて聞く言葉に?マークを飛ばすククリに、「鬼を見るって書くのよ」と恵理は丁寧に教える。

「九十九神になってしまった品物を、その九十九神が求めている人に引き渡すことができるの。危険な物は、対応できる人に渡してくるから、私のところにもよく商品を持ってきたわ」

「つーことは、あのおっさんの仕業っすか!」

「どうしたの?」

 急に叫び出したウェントスに恵理は驚きつつ尋ねた。

 今日の午後の話をするククリとウェントスに、恵理は神妙に頭を下げた。

「あの子が申し訳ない事を……ごめんなさいね」

 頭を下げる恵理に、ククリもウェントスも慌てて、気にしていない事を伝える。

「しっかし、またなんでそんな能力が……」

「あら、あの子の能力は父親譲りなのよ」

 ポツリと呟いたウェントスに恵理は、喜々として、数十年前の自分の恋物語を語って聞かせる。

 いつの間にか梅の姿は店の中から無く、一晩中語り明かされる恵理の惚気話にククリとウェントスは付き合わされる羽目になるのだった。

 そして、翌日。朝日が目にしみる中、カエデヒルズに戻った二人は、屋上の稲荷神社での朝会の列に加わる。稲荷寿司を備え、お参りをすると、千住の癒しの力により、徹夜の疲れが取れたククリとウェントス。

(セバスのおっちゃんの元気の源って……)

 密かに心の中で乾いた笑いを浮かべたウェントスだった。

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