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過去を紡ぐ風

 クリスマスの頃になると、サイラスの腕の怪我は(ほとん)ど治り、日常生活も普通に送れるようになった。

 ウェントスは旅立つ準備を始めたが、引き留められるがままに年を越す。今春に結婚するセシリアの結婚式まで逗留するよう勧められ、特に当てもない身の上ということもあり、そのまま居候を続けた。

 優しい両親と、街場に嫁いだ姉家族に、二人の妹。差し詰め自分は、親戚の兄といったところかと思い、あまりにもベタすぎるかと苦笑した。この微温湯(ぬるま)の様な心地よさに戸惑いつつも、家族のような雰囲気に浸り続ける。いつかは旅立ち、終わらせなければならない関係性なれど、今だけは満喫しようと身を委ねていた。

「幸せつーのは、壊れるためにあるなのぉ☆」

 馬たちの世話をしているウェントスの後ろで、きゃるんと紫色の蛇は楽しげに告げる。

「トストスは、弱っちーから、らっぴ、心配なのぉ☆」

「それ、ぜーんぜん、まーったく、心配してねぇっすよね?」

「きゅぅ?」

 愛らしく首を傾げた紫色の蛇は、人の気配を感じて、ウェントスの中に潜り込む。

「トストス、忘れちゃダメなのぉ☆ 不幸と幸せは背中合わせなのぉ☆」

「へぇへぇ」

 ウェントスが返事を返しながら馬小屋を出ると、夕食の準備ができたとセシリアが呼びに来るのが見えた。

 さて、長い冬の間、セシリアとクリスティは二人で白い花嫁衣装を作っていた。

「当日はね、真新しい純白のドレスに身を包み、母さんやキャロル姉が使ったヴェールを被るのよ」

 夢見るようにクリスティが語る。

 当の本人であるセシリアは、ちょっと困ったような顔をして微笑む。

「スコットの家に代々伝わるネックレスを付けるように言われているの」

 古くから伝わるおまじない、サムシング・フォー(四つの何か)。

 サムシング・オールド(何か古いもの)、サムシング・ニュー(何か新しいもの)、サムシング・ボロー(何か借りたもの)、サムシング・ブルー(何か青いもの)。当日、四つの何かを身に付けた花嫁は、必ず幸せな生活を送れるという約束の印。

「へぇ」

 ふわーっと欠伸をしながら、手の中の細い編み針を器用に操るウェントスに、クリスティは「ちゃんと聞きなさいよ」と文句を言った。

「聞いてるっすよ……オレっちも、新しいドレスに使うレースを編まされてるわけっすからね」

 暖炉の前で胡坐をかき、ヒョイっヒョイっと編み針を操るウェントスの前にの籠には、木綿の糸を花の形に編んで繋がったレースが長々と繋がっていた。

「器用ねぇー。アンタってば、意外な特技があったのね」

「本当に……こんなに繊細で細やかなレース見たことないわ」

「あー、むかーし、知り合いに教えて貰ったっす」

 目の前の二人に本当の事を言っても信じてもらえないだろうと、ウェントスは乾いた笑みを浮かべながら誤魔化した。なんせ、過去、修道女や貴族のお嬢様だった頃に覚えたモノなのだ。

「この図案なんて、すっごく素敵じゃない!」

 洋裁の仕事を請け負っているクリスティは、見たこともない図案のレースに興味津々。早々に今日の分を仕上げて、ウェントスの手元を覗きこむ。

(そりゃ、見たことなくて当然っす)

 今から数百年前のヨーロッパの一地方の修道院で考案され、廃れて行ったものなのだ。新大陸で知っている者が居れば御同類ぐらいだろうと、ウェントスは苦笑する。

「ねぇ、ウェントス。これの編み方教えて!」

「覚えられるなら、いいっすよー。コレは、こぉしてぇ……」

 ヒョイっと慣れた手つきで編むウェントス。真剣な眼差しで見ていたクリスティは、その指の早さに「もっとゆっくり」と悲鳴をあげる。

「教える気無いんでしょっ!」

「真剣に見てねぇんぢゃ、覚えらんねーっすよぉ?」

「くぅっ! ずぇったい覚えてやるから、見てなさいっ!」

 子猫のじゃれあいの様な二人の姿に、セシリアは何処か羨ましそうな、諦めたような笑みを貼り付けた。

「覚えたわ! こうやるんでしょ?」

 しばらくウェントスの手元を凝視していたクリスティは、得意げに編み針を動かしてレースを編む。

「おっ! なかなかっすねぇ」

「ふふーん♪ あたしにかかれば簡単……いやぁっ! 目が飛んだっ!」

「油断大敵って奴っすな♪」

「私、そろそろ寝るわね」

 二人がキャイキャイ騒いでいると、セシリアは、道具を片付け始めた。

「なんか、風邪気味みたい……悪いけど、先に寝るわね」

「お? 大丈夫っすか?」

 顔色の悪いセシリアを見たウェントスは、心配そうに彼女の顔を見上げた。ウェントスの赤い瞳に見詰められたセシリアは、「心配しないで」と淡い笑みを貼り付けた。

「セシー、片付けだったら、あたしがしとくから、早く休んで」

 セシリアが片付けていた道具を一緒に片付け始めたクリスティ。

「じゃぁ、クゥリに甘えちゃおうかな。よろしくね」

 複雑な眼差しを妹に向けたセシリアは手を止め、「おやすみなさい」とリビングを出る。

 自分と妹が二人で使っている部屋に入ったセシリアは溜息を零す。

 暖炉の前で仲良くじゃれあう二人の姿に、胸の中で嫌なモノが湧き出してくる。自由な妹が羨ましかった。どうして、もっと早く出会えなかったのだろうと悲しさが募る。

「好き、なの……」

 困った父親を頬っておけなくて、手伝いを申し出てくれた優しさが好ましかった。口では文句を言いながらも、最後は折れてくれる優しさが嬉しかった。自分が知らない色んな事をさり気無く教えてくれたり、熊や狼といった恐ろしい獣やならず者たちから護ってくれたり、さり気無くエスコートをしてくれたりと、心惹かれて行った出来事をあげればキリがない。

 それでも、自分には婚約者が居るのだと、この想いは蓋をして忘れなければと自分に言い聞かせていた。

「……出来っこないのに」

 初めは毛嫌いしていたクリスティが、ウェントスと仲が良くなる様子を見て、己の中に生まれたどす黒い感情に戸惑った。

 あの子に取られるくらいならと何度も思って、そのたびに、そんな事を考えてはいけないと、自分を戒めた。

「方法がありますよ?」

 部屋の外から声が聞こえ、その声に驚き、ビクリと身体を震わせたセシリア。窓の方を見ると、キチンと締めたはずの鎧戸が開いていた。風にあおられ、パタンパタンと鎧戸が動く。

 目を凝らして外を見つめれば、そこには一人の男が立っていた。

 外からの冷たい風がセシリアの体温を奪っていく。

「……誰?」

「私、サリエルと申します。お嬢さん、私と契約をしてみませんか?」

 黒と白の翼が男の後ろに広がった。

 強い風が吹き荒び、ガタガタっと鎧戸が音を立てる。

 シンと静まりかえった部屋の中、薪の弾ける音がした。

「大丈夫かな?」

 リビングを出て行った姉を心配そうに見送るクリスティに、ウェントスは「心配してても治んないっすよ」と言って、頭を軽く叩く。

「人の頭叩かないでよっ!」

 クリスティは、ベシリと頭に乗ったウェントスの手を払いのけようとするが、ウェントスはヒョイっと避けて、そのままキッチンに向かった。

 ティーポットの中に乾燥させた数種類のハーブを入れる。ウェントスが選んだハーブは、身体を温め、発汗を促す効能を持つものだ。

「風邪の引き始めには、コレっすねぇ」

 呟きながら暖炉にかけてある鍋からお湯を汲み、ティーポットの中に入れた。

「何作ってるの?」

 キッチンに戻るウェントスの後を追いかけたクリスティは、興味津々とウェントスの手元を覗く。

「ハーブには、身体の調子を整える作用があるっす」

「へぇ……」

 ウェントスは取りだした木のマグカップの中に、蒸らしたハーブティを注ぎ、飲みやすいように蜂蜜と檸檬汁を加える。

「ほぃ」

「ん?」

 差し出された木のマグカップを不思議そうに見るクリスティに、「オマエんじゃねーすよ?」とウェントスは釘を刺した。

「風邪気味のお嬢さんに。コレ飲めば、身体が温まって、風邪なんか吹っ飛ぶっすよ」

「あたしを使いッパシリにさせるつもり?」

 ムッと睨むクリスティに「わかってないっすねぇー」と馬鹿にしたような声を出す。

「結婚を控えたレディの部屋に、オレっちのような紳士が入るわけにいかねぇっすよね」

「……アンタに、そんな配慮が出来たんだ?」

「あのぉ? なぁんか、オレっちのこと誤解してねぇっすか?」

「ううん。別に……コレ、セシーに渡してくるわ」

 マグカップを受け取ると、クリスティは奥の部屋に向かって歩き出した。リビングを出る時、ウェントスの方に振り返る。

「セシーの為に、ありがと」

「おぅ、こぼさずに持ってくっすよー」

「分かってるわよっ!」

 パタパタと部屋に向かうクリスティ。

 それを見送ったウェントスは、青く染めた糸と生成りの糸とを器用に編み上げて行く。青と白の薔薇の連なりが、ウェントスの手元から零れ落ちる。

「サムシング・ブルー(何か青いもの)は、人目に触れぬところに……って言ってたっすよねぇ」

 昔懐かしい記憶を辿る。あの時の自分は、四つの何かを身にまとっても、幸せな生活は送れなかったが、花嫁を手に入れた男にとっては、限りなく完全に近い幸福な時間だったのだろう。

「流石に、この姿でも追いかけて来るようなヤツぢゃねぇことを祈るっす」

 ボソリと呟いた。


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