今を揺らぐ風
朝の連絡事項が告げられると、使用人たちの間にピンとした緊迫感が漂った。
その奇妙な雰囲気に、ククリとウェントスは首を傾げる。
「……荷物が届くだけだろ?」
「クリスマスの飾りっつーと、ツリーとかリースとかだろ?」
キョロキョロと辺りを見ながら呟く二人に、先輩メイドのシャーロッテが「そっか、二人は初めてだったわね」と、朝だというのに疲れたような声を出した。
「お金持ちのお嬢様を舐めちゃいけないわ。今日搬入される荷物は、クリスマス用の建材よ」
「へ? 建材?」
「部屋の中に『家を丸ごと』建てるのよ」
「……」
余りのスケールの違いに二人は黙り込んだ。シャーロッテは尚も続ける。
「レンガ造りの煙突のある家に暖炉。チェストやソファ、テーブルセットなども搬入されてくるわ。今年はノルディック柄のファブリックで揃えているらしいわね」
「さっき、『樅の木は後日到着』だとか言ってたけど……」
ククリが恐る恐る尋ねると、シャーロッテは当たり前と言わんばかりに答えた。
「勿論、楓の木と同じように部屋に植えるのよ」
「馬鹿じゃねぇの?」
思わず呟いたウェントスだったが、「何か?」とメイド長の梅が目を光らせるとピシッと姿勢をただした。
「ナンデモゴザイマセン」
「……それでは、皆さま。カエデ様が登校なさった後、搬入されますので、搬入口に集合してください」
梅の言葉に一同「はい!」と声を揃えた。
そして、現在。
「コレ、持ってっても構わねぇっすか?」
「えっと……検品が終わってるわね。この山とこっちの山、倉庫に運んで」
「ラジャー」
ひょいっと大きな木箱を持ちあげるウェントス。そのまま指示された場所へと運びいれる。
フォークリフトに乗ったメイドは、重い荷物を羽根のように軽々と持ち運ぶウェントスを信じられない目で見たが、呆けている暇は無い。慌てて別の荷物を運び出した。
一方、ククリは、検品が終わった段ボール箱を持ち上げた。中に入っているのはソファの傍に飾るサイドテーブル。箱を持ち上げると、カラカラっと何かが動く音がした。
「あ、あれ?」
慌てて中を確認する。持ち上げるだけで割れるような物ではないと分かってはいるが、割ってしまったとしたら大変だ。慎重に箱を開け、緩衝材で梱包してあるサイドテーブルを見てみるが、特に変わったところは見受けられなかった。
「どうしたの?」
ククリの様子にシャーロッテが近付く。ククリが持ち上げた時に音がした事を告げると、シャーロッテは「変ねぇ」と呟きながら、箱からサイドテーブルを出し、梱包を解いた。
現れたのは、ソファーの高さに合わせた収納付きの小さなテーブル。有名なデザイナーがデザインしたのであろうソレは、機能的でシンプルながら、計算された美しさを醸し出した。
梱包材を外していると、コロコロっと何かが転がり出した。
「あら?」
シャーロッテが追いかけて拾うと、それは20面体の組み細工。
「何かしら?」
「シャーロッテさん?」
じっくり見ようとしたシャーロッテだったが、ククリから声をかけられビクッと身体を震わせる。
「どーかしたんですかぁ?」
「ううん。何でもないわ」
慌ててエプロンのポケットにソレを入れると、ククリとともにサイドテーブルを梱包し直す。
「コレ、大丈夫みたいだから、倉庫に運んでおいてくれる?」
「はぃ!」
ニッコリ笑ってククリにお願いすれば、ククリは素直にサイドテーブルを運び出した。
シャーロッテはエプロンのポケットをソッと撫でると、そのままトイレへと籠る。
しばらくして、シャーロッテの姿が見えないと三十路がインカムで連絡を取ると、シャーロッテは「腹痛がする」と早退を申し出るのだった。
その会話を傍で聞いていたククリとウェントスは首を傾げる。
「なぁ、さっき……」
ちょうど休憩時間ということもあり、ククリはウェントスに先程のローテーブルの一件を話す。ククリの話を聞いたウェントスも気になり、シャーロッテの部屋に見舞がてら偵察に行こうと持ちかけた。
メイドたちは皆住み込みで働いている。個人個人の部屋として、バックヤードの一角に十二分に広いバストイレ付のワンルームが作り付けられており、その一室を貸与されていた。シャーロッテの部屋は二人の部屋の並びにあるので、そこへ移動しようとした時、フラフラと歩くシャーロッテの姿を二人は見た。
どうも異様な雰囲気のシャーロッテ。
「ねぇ、見て。二十面体から熊になったのよぉ」
フフッと笑ったシャーロッテは、隣にいる見えない誰かを見つめた。
「私たちで作ったのよね」
「……シャーロッテさん、誰と喋ってるっすか?」
ウェントスが尋ねるが、シャーロッテは耳に入っていないようで、スッと歩き出した。
「次は、何になるの?」
蕩けるような笑みで隣を見つめるシャーロッテ。
「分かったわ。やってみる……」
その時、非常階段に向かうシャーロッテの隣の空気がブレ、良く見知った女装青年の姿が現れた。
ククリとウェントスは目を擦る。
どう見ても、その姿はフランにしか見えなかったのだ。
シャーロッテの肩を抱き、耳元に唇を寄せ、何かを囁く。ペチャリと耳朶を食み、顎に這わせた指が官能的に動いた。
「なぁ、あれ……」
「どーみても、フラン様っすよね?」
「本物か?」
「どー見ても、モノホンっしょ」
「どうする?」
「ほっとくのが一番っす」
ウェントスが断言したところで、「まてまてまてっ」とククリは首を振った。
「あの、手に持ってるヤツ! アレ、なんかまずいよ」
面倒だとウェントスの目が告げるが、ククリは構わず走り出した。シャーロッテの手の中にある二十面体から鷹に変わった組み細工を奪い取ろうとする。
「な、なにするの!」
悲鳴をあげるシャーロッテ。鷹の組み細工は、コロンコロンと非常階段を転がった。
慌てて追いかけ、それを手にするククリ。
「返してっ!」
追いかけようとするシャーロッテを止めたウェントスは、様子のおかしいククリに眉をひそめる。
「どうし……」
「ローレンス! 生きてたんだね」
ククリにローレンスは告げる。自分を助けるために、鷹を魚に変えて欲しいとお願いされ、言われるがままに形を変え出す。
「ちょっ、何やって……」
だぁッと叫ぶと、ウェントスは階段を飛び下り、ククリの手から組み細工を叩き落とした。
ククリの目にローレンスが倒れる姿が飛び込んできて、ククリは悲鳴をあげる。
その隙にウェントスは組み細工を拾い上げる。
「どーなってるん……」
「ウェントス、それを魚にして欲しいの」
耳元でフランの声が響く。眉根を寄せ、声の方を見てみれば、フランとは似ても似つかぬ、エイリアンの様な姿の化け物が立っていた。
階段の上で「フラン様っ! ば、化け物だったなんて」とシャーロッテの涙にぬれた声とともに扉が開く音が響く。嗚咽とともに走り去る足音が聞こえた、ウェントスは気にせず、化け物をマジマジと見つめる。
化け物は、フランの口調でウェントスに命じる。
「聞こえなかったの? 魚にするのよ」
「へぇへぇ」
やる気なさそうな返事を返して、ウェントスは組み細工を鷹に戻す。
「あっれぇ?」
「ウェントスっ! 命令に従いなさいっ!」
「いや、ちょーっと待って欲しいっす。こっちが……」
化け物の言葉を無視して、形を熊に戻すと、化け物の身体が半透明に薄くなった。
「ここをこーして……ほら、元に戻ったっすよ♪」
二十面体に戻す。
化け物の姿はかき消え、しがみ付くように声だけが、ウェントスの耳元で騒ぎだす。
「アナタ、あたしの命令に従えないの?!」
「……フラン様っすよね? ガレーネだったら、話は違うけどよ……フラン様なら、大丈夫っす」
化け物は自分の人選ミスを悟り、慌ててガレーネの口調で命じる。
しかし、タネの分かった手品に引っかかるほど、お目出度い頭はしていなかったウェントスは、まるっと無視を決めつけた。
「ククリー、コレ、どーする?」
「……とりあえず、親父のトコ、いこっか……」
そして、二人は千住の元にソレを持っていき、すげなく追い返された。
二人は仕方がなく、カエデ邸のバックヤードにあるシェルター代わりの訓練施設に忍び込む。ここならば、どんなことがあっても壊れないということもあり、安心して二十面体に術を放つ。
「効かないね」
危うく自分の狐火で丸焼けになるところだったククリが疲れたように言えば、自分の風撃で腹に穴が開きそうだったウェントスも、「どーすべ?」と肩をすくめた。
どうやらこの二十面体は妖術を跳ね返すらしく、受けた術と同じモノを本人に返してきたのだ。それも分からず不用意に術を放った二人は、自分の妖術を自分で受ける羽目になり、前述の通り、焼き狐と風穴蛇にランクダウンする寸前だった。
「とりあえず、コレでヤってみっか」
打つ手なしと、ウェントスは溜息を零して、壁に収納された拳銃を持つ。
銃弾一発くらいなら死ぬことは無いと、無造作に二十面体を銃撃してみると、銃弾が当たったところにヒビが入り、澄んだ音ともに粉々に散らばった。
「最初から、こうすれば良かったんだ」
あまりにも呆気ない最後にククリがガックリと肩を落とす。
「そーすねー」
ダルダルとウェントスが答えた所で、インカムから三十路の「何処で遊んでいるのかしら?」という、冷たい炎で彩られた声が響き、二人は青ざめるのだった。