過去を抜ける風
街に住む歳の離れた長姉から送られてきた大量の布。一枚布から、試用感のある古着まで、色とりどりの布地が木箱の中に詰まっていた。
小奇麗だが若干の着古した感のあるドレスは、街に住む金持ちのお嬢様のお下がりだろう。ホツレがある綺麗めのドレスは、娼館の女性たちが着ていたモノか?
一緒に箱の中に入っていた姉からの手紙に目を通すと、いつも通り街場の様子や姉夫婦の近況とともに、ドレスのリメイクやパッチワークの敷布を作成するよう依頼の文面が綴られていた。
「どんな風に仕立てなおそうかな」
ワクワクと送られてきたドレスを検分する。
破れが大きいモノで、使用感の強い物は、綺麗な部分を切り取ってパッチワーク用として纏める。時間のある時に、綺麗に切り抜き、端切れを合わせて綺麗な模様に組み替えるのだ。
ホツレが少ないモノや、リメイク出来そうなドレスは、修復して姉に送り返す。姉の店は、街で人気の雑貨屋だ。クリスティの直したドレスは、姉の店を経て、街場に住む女性たちの手に渡っていく。
「こっちのドレスは、少しフリルを足して、子供向けに仕立て直そうかな」
クリスティが手にしたのは、スカートの裾に汚れが目立つ細身のドレス。汚れのひどい所を詰めるだけでは、丈が短くなりすぎてしまうが、クリスティが編んだフリルを付け、少々見幅を詰め、紐で結ぶデザインにすれば、幼い女の子が喜びそうなドレスに早変わりする。
楽しげに構想を練るクリスティ。実は、彼女は、姉から頼まれる針仕事を楽しみにしていたのだ。
「結婚できなかったら、キャロル姉のところで雇ってよ」
昔、半ば本気でクリスティが言った時、キャロルはフフッと楽しげに笑うと「いいわよ」と答えて、現在の仕事をクリスティに任せた。
「売り子さんは勿論だけど、取引のある職人さんが沢山いるのよ。妹だからって、なぁんにも出来ない子を雇う訳にいかないじゃない?」
そう言われ、押しつけられた仕事。大市が開かれ、人の出入りも多い街場では、針子が足りなかったこともあり、キャロルはクリスティを腕のいい針子へと育て上げた。
姉の言葉を生真面目に受け取ったクリスティは「将来の為」と、せっせと針仕事に明け暮れていた。姉から『手間賃』として送られるお金は、半分を父に渡し、残ったお金は将来の為にと蓄える。
「精が出るこって」
暇さえあれば、針仕事をしているクリスティ。彼女は部屋に籠り、仕事に明け暮れていた。
そこまで根を詰めて頑張る事は無いのにと、ウェントスは肩をすくめる。
「キャロルの秘蔵っ子だからな」
「聞いてるっすよ」
サイラスの楽しげな言葉に、ウェントスは応えた。
「じゃじゃ馬妹が直したドレスが、すぐに売れるってのは、あの姐さんの御自慢っすからね」
「あぁ、私たちの自慢の娘だよ」
自慢げに告げるサイラスに、ウェントスは軽く首を振った。
「おっさん、それ……キャロルの姐さんに対しても言ってたっすね」
「そうだったかな?」
結局は、サイラスにとって三人の娘全員が『自慢の娘』なのだと気付いたウェントスは、軽く首を振って、両手を天に向け、肩をすくめる。
「……腕、診せて貰ってもイイっすか?」
ウェントスは、彼の腕の傷を診る。丸く穴が開き、それを埋めるように、こんもりと肉が浮き上がった傷口。それは、瘡蓋で覆われており、とても痛々しかった。
医者も医療品の少ない辺境の地。傷を治す方法と言ったら、綺麗な水で傷口を洗って、あとは自然治癒力に任せるしかなかった。
ウェントスは、傷に効く薬草を煮詰めて練って作った軟膏を傷口に塗り、包帯を巻いた。
「痛みは、どうっすか?」
「動かすと、少し……でも、我慢できる範囲だよ」
「なら、大丈夫っすね」
ウェントスはニカッと笑う。
(オレっちが、完全体だったら、すぐに治せたかもしれねぇっすけど……無い物ねだりをしたって始まらねぇっす)
過去の自分は、『化粧』や『治療』といった方便を使い、怪我や傷を瞬く間に消し去る事が出来た。だが、今のウェントスにできる事と言ったら、死にそうな怪我を少し回復させられるぐらいで、全快させることなど夢のまた夢。
「ありがとう。キミが居てくれて本当に助かるよ」
ウェントスの能力など知らないサイラスは、医者の少ない辺境で、ちゃんとした治療を受けられる現状に感謝していた。そのことにウェントスは罪悪感を覚えてしまう。
「大げさっすよ。んじゃ、馬の世話をしてくるッす」
照れくさそうに笑ったウェントスは、そそくさと馬小屋に向かう。
「本当に良い人よね」
「そうだな」
リビングで畑で採れた豆を選り分けていたセシリアは思わず呟く。彼女は、父親の代わりに力仕事を一手に引き受け、傷の治療までしてくれている青年に、感謝の気持ちを持たずには居られなかった。
それなのに、一つ年下の妹は『ガンマン』というだけで、彼を毛嫌いしているのだ。仕事を理由に部屋に籠りきりのクリスティの姿を思い出し、ポツリと呟く。
「クゥリも、ガンマンってだけで毛嫌いしないで、素直に感謝すればいいのに……」
セシリアの言葉にサイラスは一瞬やるせない表情を浮かべたが、すぐに笑みを貼り付け、セシリアに告げる。
「豆は私がしよう。それくらい片腕でも出来るからな」
「え、あっ、ありがとう。じゃぁ、父さんお願いね。私は、母さんの手伝いに行ってくるわ」
スカートに付いた屑を払うと、セシリアはキッチンに向かう。
「ガンマン、か……」
それを一番近くで見ていた娘は、その事実を忘れてしまった。それの当事者であるもう一人の娘だけが、ガンマンに対する嫌悪感という形で、記憶を留めている。
遊びに行った先で起こった惨劇。狂ったガンマンが幼い友人と家族を射殺していった『事故』。それを目撃してしまった部屋に隠れていた娘たち。
逃げるように土地を離れ、転々として、やっとこの地に落ち着いた時には、一人は記憶が抜け落ち忘れていた。
「クリスティも……忘れてしまったら良かったのにな」
呟かれた言葉は、誰もいないリビングに零れて消えた。
数日後、サイラスの代わりに収穫物を街に運ぶ事になったウェントス。
朝日が出る前、まだ薄暗い時間に動きだした彼に、ゴソゴソと起きだしてきたクリスティは姉宛の荷物を託す。
彼女が持ってきた荷物を見て、ウェントスは呆れたように呟いた。
「キャロルの姐さんは、クリスマス終わってからでも構わねぇって言ってたぜ?」
「煩いわねっ! 早いのはイイことでしょ?」
夏から秋にかけて、せっせと作っておいたフリルが大活躍して、可愛らしくリメイクしたドレスが沢山出来たのだ。早く姉に見て貰いたいと、クリスティは荷馬車に木箱を乗せる。
「まぁ、いいけどよ……金は、どうする?」
「え?」
キョトンとするクリスティに呆れた眼差しを送るウェントス。
「胡散臭いオレっちに、大切な『賃金』を託されるの、イヤだろ?」
「え? あぁ……考えても見なかったわね」
「へ?」
あっさりとしたクリスティにウェントスは目を丸くする。
ウェントスの驚き具合に、クリスティは気まずいげな表情を浮かべて言い訳を始めた。
「そりゃね、最初は怪しいヤツだって思ってたし、父さんを上手く丸めこんだつもりでも、あたしは騙されないって思ってたのよ……」
じっと自分を見るウェントスの眼差しに、クリスティは焦りを覚え、早口で捲し立てた。
「セシーから、さんざん、アンタが良い人だって毎日聞かされたのよ。ほんのちょっとだけ、面白くないって言うか、なんで簡単に信じられるんだって、ますます怪しく思っちゃったわけで……」
「あー、オレっち、頭わりぃーから、簡単に言ってくれると助かるんだけどよ……」
自分でも何を言ってるか分からなくなり、色々言葉を並べ初めたクリスティ。その様子に、ウェントスは苦笑した。
「つまりは、その……疑って悪かったわね」
ソッポを向いてボソリと呟いた。
「アンタのこと、今は疑ったりしてないわ。だから、姉さんから受け取って来てくれる?」
下を向いて赤くなる少女の姿に、ウェントスは軽く帽子の縁を持ち上げ「りょーかいっ」と答えた。
「それとキャロル姉に伝言しておいて。クリスマスのプレゼントを買いに、近いうちに遊びに行くからって」
御者台に乗ったウェントスに少女は告げる。
「……だから、次は、あたしも乗せてきなさいよ」
「へぇへぇ。んぢゃ、行ってくるぜ」
ニヤリと笑ったウェントスは馬に鞭を入れる。動き出す幌馬車にクリスティは叫んだ。
「盗賊に気を付けなさいよっ!」
「盗賊が出たら、返り討ちにしてやるよ」
答えたウェントスの台詞は、車輪の音にかき消された。