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過去を渡る風

 クリスティは丘の向こうから来る荷馬車を見て歓声をあげた。

 急いで畑へと駆け出すと収穫している母親に叫ぶ。

「母さん! 父さんが帰ってきたわっ!」

 呼びかけられた壮年の女性は、落ち着きのない娘に苦笑をしながら、収穫物の入った籠を手にした。

「クリスティ。もう年頃なんだから、少し落着きなさい」

「はぁい」

 母親の言葉に気まり悪げにクリスティは首をすくめるも、目をキラキラさせて「でも、父さんが帰って来たのよ」と声を弾ませた。

 父親は隣町で開催された市で、畑の収穫物や森で狩った動物の毛皮などを売りに行った。帰りがけに隣町に嫁いだ姉夫婦の様子も見てくると言っていたので、たくさんの土産話を持って帰って来てくれるのだろうと、クリスティは今朝から何度も丘の向こうに目を凝らしていたのだ。

 待ち望んでいた父親の帰りにクリスティは母親の言葉も忘れ、落着きなく庭を走り出した。

「クリスティッ!」

 母親が鋭い声もあげるも、クリスティの足を止めることはできなかった。

 庭の大木によじ登ったクリスティは、近付いてくる荷馬車の姿に目を凝らす。二頭立ての幌馬車の御者台には人影が二つ見え、クリスティは首を傾げた。

「クゥリ、父さんが帰って来たって?」

 クリスティの声に促され、家から出て来たセシリアは大木の枝に腰かける妹の姿に苦笑した。

「あ、セシー姉さん! あっちの丘に父さんの馬車が見えるの!」

「クゥリ、子供じゃないんだから、木登りはどうかと思うわ」

 セシリアは無駄だと思いながらも注意するが、クリスティは御者台の人影に気を取られて聞いていなかった。

「……でも、父さんの他に誰かいるみたいなんだよね」

「そうなの? スコットかしら? ねぇ、スコットってば、父さんと一緒に市に行くって言ってた?」

「知らないわよ……」

 婚約者の姿を想像し、そわそわとしだしたセシリア。そんな姉の姿に呆れた声をあげたクリスティだったが、荷馬車の御者台に座っている人物の姿がはっきりと見え出すと慌てて木から降り出した。

「セシー姉さんっ! 大変! 大変っ!」

「どうしたのよ?」

「怪我が父さんで、隣が大男よ」

 慌てたように早口で出てきた言葉に意味が分からず、セシリアは不可思議そうに首を傾げる。

「落着いてよ、クゥリ……」

「落着いてなんていられないわよっ!」

「クリスティ! 走るんじゃありませんっ!」

 スカートの前を持ち上げて走り出したクリスティに、畑から戻ってきた母親の叱り声は届かなかった。

「まったく、あの子は何時になったら落ち着くのかしら?」

 疲れたように呟いた母親は、籠を玄関前の階段に置くと、フーッと溜息を吐く。

「当分無理ね……ところで母さん、父さんが帰りに誰か連れてくるって聞いてる?」

 セシリアの言葉に母親も首を傾げる。

「聞いていないわよ?」

「そうよねぇ。クゥリの見間違えかしら?」

 ガラガラガラと大きな音を立てて荷馬車が近付いてくると、敷地に入ってすぐのところでクリスティが馬車を呼びとめた。

 御者台に座っていたのは、腕を怪我しているのか布で肩から下げた状態の父と見知らぬ青年。クリスティは長身の青年に気押されながらも、気丈に睨みつけ「あんた誰?」と唸るような声を出した。

 青年は、まるで猫が毛を逆立てて威嚇しているようだと目を細めた。

「こらっ! クリスティ、失礼だろう!」

 父親が慌ててクリスティの口を塞ごうと腕を動かすが、怪我をした腕を動かしてしまい「痛っ」と顔をしかめる。

「父さんっ!」

 慌てて父親の顔を覗きこむクリスティ。父親は近付いてきたクリスティの鼻を(つま)む。

「い、いたぁーいっ!」

 ペシッと父親の手を叩き払い、ズササッと離れたクリスティ。

 父親は隣に座る青年に頭を下げた。

「躾のなってない娘で申し訳ない」

「いやぁ、見知らぬ男に愛想良くしろってぇのが無理だろ? オレっちは気にしてねぇっすよ」

 ヒラヒラヒラと手を振ると、青年はテンガロハットの縁を持ち上げ、ニヤリと笑った。

「胆が座ってる女傑に、たおやかな淑女、最後に残るはじゃじゃ馬のはねっかえり娘。オマエが末っ子のクリスティだろ」

「誰がじゃじゃ馬で、はねっかえりよっ!」

 反射的に噛みついた娘に父親は額を抑え、青年は愉快そうに腹を抱えて笑いだした。

「キャロルの姐さんに聞いてた通りだ」

「なんで、アンタが姉さんの名前を知ってるのよ?」

 青年の口から親しげに告げられた上の姉の名前に驚くクリスティに、父親は疲れたように「クリスティ、彼は私の客だ」と呟いた。

 ゆっくりと移動した馬車は、家の前で待ち構える二人の前で止まる。

「ウェントス、紹介するよ。私の妻のティナと、私の娘でキャロルの妹のセシリアとクリスティだ」

「ようこそ、ミスター。歓迎致しますわ」

 にっこりとティナが微笑むと、セシリアも軽くスカートを抓んで挨拶をした。クリスティはツンっとソッポを向き、両親の呆れた眼差しを一身に受けるのだった。

「ちーっと世話になるぜ」

 帽子の縁に手をかけ、爽やかに笑う青年。

 長身の青年は、近所のカウボーイたちに比べると細身だったが、弱弱しいわけではなく、精悍な印象を受けた。

「サイラス?」

 青年と夫との間の関係性がつかめず、どんな関係なのかと視線で問う妻に、サイラスは告げた。

「彼は、ウェントス。私やキャロルたちの恩人だ」

「恩人?」

 信じられないと声をあげる末の娘を注意すべく口を開いた母親だったが、客人の前ということもあり、そのまま閉じられた。

「あぁ、隣町でならず者たちが、いざこざを起こしてね……」

「ちょっとばかし、オイタが過ぎたんでね。ちょっくら、大人しくなってもらっただけさ」

 腰の拳銃をトントンと叩き、ニカッと悪戯っ子の様な笑みを浮かべる青年の姿に、どのように大人しくしたのかは押して測るべきだろう。

「野蛮人」

 ボソリと呟いたクリスティの言葉に、母親は青くなり、父親は頭を抱えた。

「クゥリ、失礼よ」

 小声で窘めるセシリアの言葉に、クリスティは反発する。

「だってそうでしょ? 銃に頼って大人しくさせるなんて、野蛮じゃない」

 言い捨てるとクリスティは家の中に駆け込んだ。

 背後から軽い口笛の音が聞こえ、やっぱりガンマンなんて野蛮な連中だと胸の内で叫びながら、二階に駆け上がり、自分のベッドの中に潜り込んだ。

「申し訳ない……」

「いんや、気にしてねぇっすよ」

 娘の態度に恐縮する夫妻にウェントスはカラリと笑って告げた。

「つーか、キャロルの姐さんの言ってた通りっすね」

「キャロルの?」

 ココにはいない長女の名を親しげに呼ぶ青年の姿に、彼女の母親はふんわりと笑う。

「あの子の事だから、ふざけた事を言っていたんでしょう? あまり本気にしないでくださいね?」

「自分の事を『女傑』と言ってのける女性は、キャロルの姐さんが初めてっす」

 キャロルらしいとティナは微笑み、「武勇伝をゆっくりと聞かせて下さいな」と家の中に案内しようとした。

「あー、おっさん」

 ウェントスは扉を開け、中に招こうとするティナの姿に申し訳なさそうな視線を送り尋ねた。

「馬の世話を先にしてやってもいいか?」

「あぁ、頼んでも良いかい?」

「イイって事よ。最初から、おっさんの腕代わりになってやるって言ってただろ?」

 そう言うが否や幌馬車を納屋に近付け、荷解きを始めたウェントス。片腕が不自由なサイラスに指示を仰ぎ、彼の指示した場所に荷物を置いていく。重い荷物も諸共せず、ヒョイっヒョイっと担ぎあげ、納屋に仕舞いこみ、納屋の隣に荷台を寄せ、二頭の馬を馬小屋に連れて行った。

 その手際の良さに、サイラスは目を丸くした。

「本当に良いのかい? キミだったら、スティーブの牧場からスカウトが来そうだよ」

「誰かに雇われるのは趣味じゃねぇっす。おっさんのことは、キャロルの姐さんから頼まれてっから、面倒みっけどよ……」

 馬の世話をしながら肩をすくめる青年の姿に、「それじゃ、キャロルには感謝しないとな」とサイラスは力なく笑う。

「おっさん、オレっちはオレっちの遣りたい事しかしねぇっすよ。たまたま暇だったから、ダチの家に遊びに来た。飯と宿を提供されたら、それなりの礼はしねぇとマズイっしょ?」

 軽く告げたウェントスに、サイラスは「じゃぁ、私は友人を歓迎する準備をしよう」と唇の端を持ち上げる。

「恩人であり、友人でもあるキミに、秘蔵の酒を用意しておくよ」

「おっ! 話が分かるね」

 ウェントスはニンマリと笑い「期待してるっすよ」と馬小屋を出て行くサイラスの背に言葉をぶつけた。サイラスは任せろとばかりに片腕をあげる。

 その頃キッチンでは、ティナとセシリアが、ほんの少しだけ贅沢な夕食を作っていた。

「恩人って、どういうことかしら?」

 セシリアがシチューをかき混ぜながら呟くと、ティナは「さぁね」と答えながらドレッシングと野菜を混ぜ合わせた。

「父さんが恩人と言っていて、キャロルが気を許した相手ですからね。良い人だと思いますよ」

「父さんの腕の怪我って……やっぱり、そういうことなのかな?」

 オーブンの中を見たティナは「どうでしょうね」と返しながら、穏やかに笑う。

「どんなことであれ、父さんが無事に帰ってきたのよ。まずは、美味しい料理で『お疲れ様』って労ってあげないと、ね」

「そうよね」

 サラダボウルをテーブルに出し、カトラリーと取り皿を用意しながら、ふと二階の自分たちの部屋に視線を送るセシリア。

「ウェントスさん、悪い人には見えなかったんだけどな」

「……悪い悪くないは関係ないのよ」

 オーブンからは肉の焼けるこんがりとしたいい匂いが広がっていた。天板を取り出し、イイ色に焼けた肉を皿に盛り付けるティナ。

「いい匂いだな」

「夕飯の準備は出来ましたよ―――セシリア、ウェントスさんをお呼びして?」

 酒蔵に入っていく夫の姿に、ティナは木製のコップをテーブルの上に出す。

 母親から頼まれたセシリアは、ウェントスが居るであろう馬小屋に向かった。

 馬達の世話が終わったウェントスは、家から出て来たセシリアに夕食の準備が整った事を知らされ、空いた一人分の席を複雑な眼差しで眺めた。

 夕食が始まると、サイラスが隣町で起こった出来事を話し始めた。

 ならず者たちの傍若無人な振る舞いに腹を立てた住人達。折角の大市だというのに、彼らに邪魔されられ、厄介事に関わりたくないと商人達が引き揚げようとし、困り果てた街の有力者や保安官を助けたのが、たまたま街を訪れたウェントスだというのだ。

「キャロルがね、止せばいいのに、ならず者たちに捕まった娘さんを助けようとしてね……」

「あの子らしいけど……そんなならず者相手に、大丈夫だったのかしら?」

 心配そうなティナの様子に、サイラスは「心配いらない」とウェントスを見た。

「迷惑なならず者たちを、ウェントス君が、一網打尽にしてくれたからね」

「言い過ぎっす……オレっちは、キャロルの姐さんに借りがあったから、返しただけっす」

 肩をすくめ、サラリと流したウェントスの姿に、セシリアは尊敬のまなざしを送る。

「凄いですね」

「いや、だから……」

 困ったようにコップの中の酒をあおったウェントス。

 ティナは居ずまいを正すと、ウェントスに深々と頭を下げた。

「危ない所を、ありがとうございます」

「いやいやいや……おっさんの怪我は、オレっちのせいみたいなもんっすから……」

 気まり悪げにボソボソッと呟いたウェントスに、サイラスは慌てた。

「いや、ウェントス。この怪我は、キミのせいじゃない。私が出しゃばっただけだ」

 娘を助けようと乱戦に飛びこんで、足をひっぱってしまったと、逆に申し訳なさそうに告げるサイラス。

「キミが居なかったら、キャロルも私も命は無かったと思ってるんだよ」

「言い過ぎっす」

 困ったように呟いた青年は、チラリと空席を見た。

 視線の先をみたセシリアは二階で閉じこもって、夕食の席にもつこうともしない妹の事を思って苦笑した。

「クゥリ……クリスティの事は気にしないで。ちょっと拗ねてるだけ、だから」

「気にしてるわけじゃねぇさ」

 サイラスから秘蔵の酒を振舞われ、頬を緩めたウェントスは、何でもない様に応える。

「余所者が気に入らねぇって因縁つけられることも、生意気だって吹っ掛けられる事にもなれてっからさ……気まぐれな子猫ちゃんが爪を立てたくらいじゃ、どうってことねぇっすよ」

「こ、子猫」

 近所では男勝りだと一目置かれている妹の事を、あっさりと子猫と称した青年に驚くセシリアだったが、父と姉の恩人ならさもありなんと納得する。

 その夜、片付けなどを済ませて二階に上がったセシリアは、残しておいたパンに薄切り肉を挟んだ物をベッドの中で丸くなるクリスティに差し出した。

 差し出されたパンを気まり悪げに見つめていたクリスティだったが、背に腹は代えられず受け取るとモシャムシャ食べだす。

 ポツリポツリと父や姉がウェントスに助けられた話をするセシリアに、「あんな男の話聞きたくない」と不貞腐れてたクリスティだったが、話を聞いてしまえば、認識を改めるしかなかった。

「腕を怪我した父さんを助けるために、来て下さったんですって……ね、悪い人じゃないわよ」

「騙されてるのよ」

 それでも、素直に認められないクリスティは、残ったパンのかけらを口に放り込むと、またベッドの中に潜ったのだった。

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