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使用人生活

 

 

 

 

 

 使用人や騎士が使うという食堂に通されると、それはもう可愛いメイドさん達に迎えられた。


 メイドさんと言ってもあのメイドカフェに居るようなぶりぶりのミニスカメイドじゃなく、クラシカルな感じのメイドさんだ。

 紺色のワンピースに、白いエプロン。エプロンには若干のフリルが付いているものの控え目でとてもお洒落だった。

 そして白い襟元に皆色違いのリボンを付けている。ちなみに私のリボンは緑色だった。

 可愛い。正直とても可愛い。

 ただ着るのと見るのでは大違いなのだ。何故私がこれを着ているのか……。


「わーあなたが新入りさんね! 騎士さん達まだだけど先にあたし達の自己紹介しちゃおうよ!」


 と、黄色いリボンの子がはしゃいでいる。


「あたしリーリエ・フィオーレ! 15歳だよ! リリって呼んでねー!」


 黄色いリボンの子はリーリエというらしい。

 若さが眩しい元気っ子のようで、可愛らしい笑顔を振りまきながらぴょこぴょこと小さく跳ねている。

 絵に描いたような綺麗な金髪に、緑色の瞳で美人というより可愛い部類の顔をしていた。


「わたくしはキルシュ・ブルーメ。ルーシュとお呼びになってね」


 橙色のリボンの子はキルシュ。

 小首を傾げながらふわりと微笑んでいる。見た感じはおっとり系のようだ。

 光りの当たり具合でピンクに見える淡い赤毛にこげ茶色の瞳というカラーリングの美少女系。この世界の人達は地球と比べると髪色の種類が豊富なようだが、ピンク髪は初めて見た。


「私はローゼ・フロース。ロゼと呼ばれているわ。さっきも言ったけど使用人同士では敬語禁止よ。ほら、リリは15歳で貴女より年下だけど先輩でしょう? 結構ややこしくなっちゃうのよね」


 今まで私の軽い世話をしてくれていた紫色のリボンのお姉様はローゼ。

 どこか落ち着いた雰囲気を纏っているので、おそらくメイドの中では最年長のようだ。

 薔薇色の髪にリリより濃い緑色の瞳をしている。メイド服で解りにくいが、結構なナイスバディと見た。


「そうそう! 余所余所しい態度取ったら負けなんだからね!」


 と、リリは言う。

 年下だけど先輩というのは確かにややこしいといえばややこしいけど……まぁ敬語使わなくていいならいいか。

 でも聞いたとこによるとルーシュは20歳でロゼなんて25歳だって言ってるんだけど……本人達がいいって言ってるんだしいいか。いいのか? ……いいか。

 逆に全員敬語で統一したほうが良かったのでは、と思ったが、そこはこの職場が寛大な人の集まりなのだろうということでとりあえず納得することにした。


「ただ私達使用人以外には許可が出るまで敬語を使うのよ」


 そう釘を刺してくれたロゼに、私はうんうんと頷いて見せた。

 私も自己紹介をしたほうがいいのだろうか、と思っていたところ、食堂のドアが開く。

 そして騎士二人が姿を現した。


「あー二人ともこっちに来てくださーい!」


 リリがぴょんぴょんと軽く跳ねながら手招きをして騎士達を呼ぶ。

 そしてそのまま二人を私が着いている席の正面に座らせた。


「本当はもう一人執事が居るのだけど彼は長期休暇中だから、これで全員ね。はい、じゃあ自己紹介してもらおうかしら?」


 ロゼに言われて、私はほんの少しだけ緊張しつつそっと立ち上がった。


「今日からここで働く事になったトリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルと申します。18歳です。よろしくお願いします」


 そう言い終えた私はペコリと頭を下げる。

 今回は全然噛まずに自分の名前を言えた……と謎の達成感を感じていると、リリとルーシュが私のあだ名に付いて討論していた。

 トリー? とかリーナ? とか、こそこそとそんな言葉が聞こえてきている。

 そして、そんな二人を完全スルーしたロゼが騎士さん達に自己紹介を促した。

 さすがロゼお姉様だ。リリとルーシュはどちらかというと自由人なのかもしれない。


 さきに口を開いたのは赤を基調とした騎士服を着た方だった。


「俺はイービス・フォイアー。ヨロシク」


 明るいオレンジに近い茶髪に真っ赤な瞳。彼は爽やかな笑顔でこちらを見ている。

 イケメンです。ええイケメンです。

 ちょっとチャラそうな印象だったので必要以上に関わるのはやめておこうと心に誓う。何故なら私はチャラめのイケメンが苦手だから。

 リリ達の名前を覚えた事で私の記憶力の許容範囲を超えた、ということで彼は今後赤い騎士さんと呼ぼう。

 もう一人は青を基調とした騎士服を着ている。

 彼は一向に口を開こうとしなかったが赤い騎士さんに促されて渋々呟いた。


「……ファルケ・ヴァッサー」


 と、名前だけを。

 青く光るダークグレーの髪に、深い海のような青い瞳だった。

 いやぁ、しかし残念な事にイケメンだ。

 こっちも必要以上に関わるのはやめておこう。どこからどう見てもチャラくはなさそうだが、私はチャラくないイケメンも苦手なのだ。というか、そもそもイケメンと関わるのが心底苦手なだけなのだが。

 もっとも、私が苦手だろうがなんだろうが、この青い騎士さんのほうも私に関わる気はなさそうなのだけど。目も合わせないし。

 何故私がこうもイケメンに苦手意識を持っているのかと言えば、私は日本にいた時に学習したのだ。イケメンと関わると碌な事がない、と。

 イケメンと関わることによって引き起こされる一番解りやすい問題は女の嫉妬だ。

 はっきりと思い出すのは私の脳が拒否反応を起こすので無理に思い出しはしないが、中三の頃とても面倒だった事を覚えている。

 クラスで一番のイケメンに関わった時、クラスの大半の女子に射殺すような視線を放たれた、とかそんな。

 あの時の二の舞は勘弁して欲しい。


「メテオール孤児院から来たんだっけ?」


 ふと蘇った記憶にぞわぞわと鳥肌を立てている私に、赤い騎士さんが問い掛けてきた。


「はい」


 私は素直に頷く。

 そんな私達を見ていたロゼがふと口を開いた。


「そう、私の後輩なの。だからお手柔らかにね」


 とのこと。

 そういえば孤児院出身者も居るって先生が言ってたような……と、今更思い出したのだが、私の先輩はロゼだったのか。

 ロゼの言葉を聞いた赤い騎士さんは、クスクスと笑って立ち上がった。


「はいはい。んじゃ、俺等は仕事に戻るぞ。じゃあまたね、トリーナちゃん」


 赤い騎士さんは人懐っこそうな笑顔を浮かべて手を振りながらその場を離れていった。

 青い騎士さんも続くように立ち上がったので仕事に戻るのだろう。姿が見えなくなるまで観察していたが、彼と目が合うことは一切なかったのだった。


 騎士さん達が去った後、すぐにリリがびしっと右手を上げながら口を開いた。


「トリーにしよっか!」


 一瞬何の事かと思ったが、どうやら私のあだ名らしい。

 ニッコリ笑って、うんいいよ、と答えれば彼女は私の両手を握ってぶんぶんと上下に振った。

 どうやら嬉しかったようだ。


「じゃあトリーね。改めてよろしく」


「よろしくね、トリー」


 ロゼもルーシュも、リリが握ったままの私の手に手を重ねてくれる。

 正直少し緊張していたけど、この子達とならやっていける気がした。


「あ、トリー。イービスは女誑しだから気を付けるのよ」


 と、ロゼは少しだけ顔を顰めながら言う。

 イービス……イービスってどっちだっけ? なんて、内心そんなことを思いながら思いっ切り首を傾げると、リリがけらけらと笑い出した。


「赤い騎士服着てた奴だよ!」


「赤い騎士さんか。女誑しなんだ。まぁチャラそうだとは思ったけど……」


 私がそう零すと、三人はクスクスと笑う。


「女と認識したらとりあえず口説くような男だもの、彼。あぁ、確かロゼは引っ掛かりかけていたわね」


 ルーシュが右手で口元を覆いながら言えば、ロゼの顔がみるみる赤く染まっていった。


「ルーシュ!! あ、あれはほら、あの時は私も男に対して免疫がなかったから!」


 そんなロゼの言葉に、ルーシュはあらそうだったかしら? と言って笑っている。

 この子見かけによらず毒舌なのかもしれない。そうだとすれば敵に回したくないタイプだ。


「でねでね、ヴァッサーさんは女嫌いなんだよ。名前呼ぶとすっっごい怖い顔で睨まれるから気を付けてね!」


 話の流れを見たところヴァッサーさんとはあの青い騎士さんのことだろう。

 女嫌いだと言われれば、あの目の合わなさも納得出来る。


「名前呼ぶもなにも覚えてないや……」


 そう呟くと、三人とも楽しそうに笑っていた。

 三人の話を要約すると、赤と青の騎士さん達は見たまま正反対の性格をしているようだ。


「あらリリ、わたくし達はお仕事に行かなければ」


「あ、ホントだ! じゃあトリー、お昼ご飯の時ね!」


 時計を見て目を丸くしたルーシュとリリはひらひらと紺色のスカートを翻しながら食堂から出て行った。


「あの子達は侍女も兼ねているからね。奥方様の身の回りのお世話もあるのよ。私は使用人オンリーの使用人長。トリーは使用人兼ピアノ講師だったわよね?」


「はい。……あ、うん、一応。午後に旦那様から講師についての説明を受ける予定」


 私のその言葉に、ロゼはうん、と一つ頷いてくれた。

 もう少し時間がある、とのことでこの屋敷内にいる人物の話を聞かせてくれた。


 まず最初は使用人ちゃん達の話だった。

 リリは男爵家の令嬢で、花嫁修業も兼ねてここにいるらしい。

 ああ見えて令嬢なのよ、というのはロゼの言葉だ。

 確かに令嬢には見えないほどの弾けっぷりだった。

 さらに彼女は見かけによらず現在身分違いの恋愛中なのだとか。何もかも見かけによらない。

 ルーシュも男爵家の娘さんらしいが、彼女は養女なんだそうだ。

 なかなか子供が出来なかった男爵家に養女として引き取られたもののそのすぐ数年後に男爵夫人に息子が出来て肩身が狭くなった結果このトーン子爵家に住み込みで働きに来た、とのことだった。

 貴族の世界は複雑だなぁ。と、知りもしない貴族の世界に思いを馳せる。


「私はメテオール孤児院から来たの。生まれてすぐ孤児院に入ったわ。なんでも私にそっくりな女が如何わしい店に居るらしくてね、娼婦の娘みたいよ、私」


 ロゼはどこか遠くを見ながらそう言った。

 どうやらこっちはこっちで複雑だったようだ。


「私は10歳頃の時にあの孤児院に入ったんだけど、それ以前の記憶がないの。だから、私のお母さんはヴァルツァー先生」


「懐かしいわ、ヴァルツァー先生。私が子供の頃から居たわよ?」


 それから暫く孤児院の昔話に花を咲かせた。

 あれが懐かしいだとかこれは自分の頃はなかっただとか、それはもう盛り上がった。


「って、昔話してる場合じゃないのよ。旦那様の息子さん達の話もしなきゃ」


 話が脱線していたことに気が付いたロゼは少し慌てた様子で、真面目な顔を作って語りだす。

 トーン子爵家には息子が二人居るそうだ。

 兄はオルゲル・トーン、20歳で、弟はフレーテ・トーン、19歳。

 彼等は滅多に使用人達の前に姿を現さないとのことだった。

 この辺一帯でとても評判の良いトーン子爵の爵位を継ぐのは結構なプレッシャーらしく、兄は若干心を病んでいるという噂もちらほらあるとかないとか。

 弟はそんな兄に遭遇すれば八つ当たりを受けるので滅多に出て来ないそうだ。なんというか、可哀想に。

 私はまだ見たこともない兄弟に同情の念を抱いた。


「フレーテ様のお部屋に食事を運ぶのは私達使用人の仕事だからトリーにも回ってくるかもしれないわね。最近じゃ滅多に喋らなくなってしまったけれど悪い人ではないわ」


 私はなるほど、と呟きながらメモを取る。

 ロゼはそんなメモを覗き見ながら、私が『弟さん』と書いていた箇所をつんつんと指差した。


「オルゲル様もフレーテ様も私達の雇い主なわけだからさっきみたいに名前を覚えていないなんて言ってはダメよ?」


 ……なるほどなるほど。

 私はメモに大きく彼等の名前を書いた。こうでもしておかないと忘れる可能性が高い。


「それから、トリーが名前も覚えなかった騎士二人の説明もしておくわね」


 必死で名前をメモしている私を見ながらクスクスと悪戯っ子のように笑うロゼがとても可愛かった。


「赤い騎士、イービスは気さくな性格で近寄りやすいけど女誑しですぐ手を出そうとするから要注意よ。まぁ一応騎士だし役には立つのだけど」


 酷い言われようだな赤い騎士さん。

 ちなみにどっかの貴族の三男らしいのだが、本人が秘密にしていて教えてくれないんだとか。

 さらには三十路手前だがまだ遊んでいたいから結婚はしないそうだ。

 その辺の話は別に私には関係ないのでメモをとる必要はないだろう。


「青い騎士、ヴァッサーは女嫌いよ。なんでも彼が生まれてすぐに母親が亡くなって父親と兄二人に育てられてそのまま騎士寮に入って……っていう女に一切関わらずに生きてきた結果だそうだけど」


 女の子へどう接していいか解らない事が嫌悪に変わっていったんじゃない? というのがロゼの見解だそうだ。

 そしてリリの言った通り、名前を呼ぶと物凄く怒るらしい。

 どっちにしろ覚えていなければ怒られる事もない。というわけで、彼の名もメモはしなかった。


「騎士さん達と私が関わる事ってあるの?」


 という私の問いに、ロゼはこくりと頷いた。


「まぁ仕事によっては騎士達の手も借りなきゃいけない事も出てくるから……あぁ、トリーは講師もするんでしょう? じゃあ護衛として付いてくるはずだわ」


「護衛?」


「講習を聴きに来る方はほとんど貴族だから、何かあったときのために護衛が付くの。貴族が集まると面倒な事が起きちゃう可能性もあるってことじゃないかしら」


 ……なるほど。

 要するに私は完全に面倒な事を引き受けたってことか。

 講師もやりますなんて言わなきゃ良かっ……いや言ってないな、講師の件を引き受けたのは先生だったな。

 先生め……と、誰にも届かない恨み言を心の中で呟いたのだった。





 

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