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再会4

 

 

 

 

 

 Bの案内で辿り着いたAの店とやらは、トーン子爵家の屋敷からそう離れていない場所にあった。

 外観はレンガ造りのこじんまりとした建物で、玄関脇には可愛らしい紫色の花が咲いた低木が植えられている。野郎共で経営する店としてはいささか可愛すぎる気がしないでもないが入り辛く見えるよりはマシだろうか。

 そして仮店舗だと言っていたが案外綺麗で、そのまま店舗にしてしまえばいいのにと思う。


「おー、葉鳥こっちこっち!」


 どこか嬉しそうににこにこと笑っているAに急かされるように、Aの目の前のカウンター席へと足を進める。

 Aの家は豪商一家だと聞いていたし、やたらとゴージャスだったらどうしようかと思っていたのだが、そんな事はなくテーブルも椅子もどこにでもありそうな簡素なものだった。

 案外居心地はいい。


「結構ええとこやろ!」


 Aはとても楽しそうだ。


「うん」


 そう答えてから改めてじっくり周囲を見てみると、店内にはカウンター席とテーブル席があって、狭くもなく広くもないといったところ。

 Aが言うには、従業員は今のところAとBの二人だそうなので、あまりに広すぎると手が回らなくなるかもしれないからこのくらいが丁度いいらしい。

 ふとカウンターの向こうに目を向けると、そこには大小様々な酒のボトルが所狭しと並べてある。


「酒がメインなの?」


「せや。イメージはRPGとかによくある酒場やな! この世界、騎士とか居てるしファンタジックな感じでええやろ!」


 残念ながら私はRPGをやったことなかったのであまりピンと来ないのだが、ファンタジックな世界という点には同意出来る。この世界には騎士が居て、貴族が居て、さらに王都には王様や王子様やお姫様がいるというのだから、元日本人の私達にとってはとても非現実的で童話の世界のようなのだ。

 ふうん、と適当な相槌を打っていると、背後でガチャリとドアが開く音がする。

 もう客が入るのかと思えば、入ってきたのは見知った顔だった。


「お、ちゃんと来れたんやな、赤松」


 と、Bが言う。

 そう、入ってきたのは赤松だ。

 何度見ても煌びやかな服を着ていて、やはり貴族なのだなと思い知らされる。


「今日は元々そない仕事なかったしな」


 赤松はそう言いながらドサリと音を立てて私の隣に座った。

 そんな赤松と私を交互に見て、AとBの二人はドヤ顔でこっちを見ているわけだが……。


「さっきぶりだな、赤松」


 と、私が言えば、赤松は特に表情を変えることもなく、あぁ、と返してくる。


「は? お前等会ったことあったんか!」


 さっきまでドヤ顔だった二人は同じように目を引ん剥いて驚いている。

 私達が初対面だと思っていたのだろう。それもそうだ。そもそもAに初めて会った時、私がA以外に会った事がないと言ったのだから。 


「残念だったな。午前中に偶然会ったんだよ」


「コイツ生意気にも俺の事睨みつけてきてん」


 カウンターに頬杖をつきながらクツクツと笑う赤松に若干腹が立つ。


「アンタが先に睨んできたからだろ」


 隣に並ぶ、昔とは少し変わってしまった赤松の顔をもう一度睨みつける。

 すると赤松は「こっちに生まれて初めて他人に睨まれたわ」と、私から目を逸らしてどこか遠くを見るような目で言った。



「とりあえず乾杯でもしよか」


 Aはそう言いながら全員の前にグラスを置いた。

 それに注がれているのはどうやら葡萄酒のようだ。

 日本ではお酒は二十歳になってからだったが、こっちでは15歳くらいから大丈夫なはずだし、飲んでも問題ない。問題はないのだが。


「私、お酒飲むの初めてだ」


 さすがに孤児院でお酒を飲む事はなかった。


「マジか! ほな遠慮なく飲め飲め」


 Aは私のグラスになみなみと葡萄酒を注いだ。

 全員のグラスに葡萄酒が注がれたのを確認してから、皆でグラスを手にし、それを高く掲げる。


「俺達四人の再会を祝って」


 というAの言葉で、私達四人はグラスをカチン、と合わせた。

 かんぱーい! なんて言いながら。


 この再会が本当に心から祝えるようなもんなのかということは正直に言ってしまえば謎だった。

 何故なら私の記憶上、コイツ等と関わっている間はクラスで浮いた存在になるわ――ヤンキーに囲まれた転校生がクラスに馴染めるわけがなかった――他校のヤンキーに絡まれるわ――返り討ちにした――その他諸々碌な事がなかった気しかしないので、どうも素直に祝う気分にはなれないのだ。

 ……まぁ、この世界で薄っすらと感じていた寂しさが、ほんの少しだけ解消されるかもしれないから、今のところは祝っておくことにするけれども。


 乾杯の後、しばらくは昔話に花を咲かせていた。もちろん四人が同じ場所で同じ時間を過していた時の話だ。

 一頻り昔話を楽しんで、私達は互いの今の現状についてに話を切り替える。


「一応自己紹介でもするか? 全員名前とかも変わってんねやろ? 俺今オッドって名前やねん。前も言うたけど実家は豪商一家」


 そんなAの言葉をキッカケに、現在の自己紹介が始まった。

 そういえばここに来る前、シュトフが豪商一家の次男といえばオッドみたいなリアクションをしていたし結構有名な一家だったりするのかもしれない。


「俺今イーヴンっちゅー名前や。騎士団に入ったけど副団長と喧嘩して辞めてしもてん。っちゅーわけで今はこの店の店員やな!」


 あっはっは! と豪快に笑っているBだが、騎士団に入るにはとても過酷な訓練が必要だとどこかで聞いたことがある。

 その訓練に耐えたくせに上司と喧嘩して退団するとはなんとも勿体無い男である。

 まぁでもそれがあったから今こうして再会できているのだけど。


「俺は伯爵。名前はロート」


 赤松の自己紹介は腹立たしいほど簡潔だった。

 なので私が少しだけ掘り下げてやることにした。


「若くして爵位を継いだ伯爵様は人を射殺すような眼力で、その伯爵を前にした人は皆尻尾を巻いて逃げ出す、みたいな話聞いたんだけどあれ本当?」


 と。

 するとAとBは笑い出し、赤松は頭を抱えた。


「元々こんな目付きやねんからしゃーないやろ……」


 三人の反応を見るに、どうやらこの話は本当のようだ。

 孤児院出身のシュトフが知っているくらいなのだから、やはりこの悪評は赤松自身の耳にも入っていたのだろう。

 不服そうに口を尖らせる赤松の様子がとても面白い。


 そして次の自己紹介は私の番だ。


「私はえーっと……トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルっていうアホみたいに長い名前で現在孤児。数日後からは子爵家使用人になる」


 Aは初めて会った時に名乗ったから私の名前を知っていたが、知らなかった残りの二人からはお決まりの「名前長っ!」というツッコミを頂いた。私も長いと思っている。たまに噛むし。さらにたまに忘れるし。自分の名前なのに、だ。


「っちゅーか働き先決まったん?」


 Aに問われて思い出した。そのことを話そうとしていたことと、話し忘れていたことを。


「そうそう。つい最近正式に決まったよ」


 そう言って笑うと、Aはほなもっと飲めと言いながら私のグラスに葡萄酒を追加してきた。どうやら祝ってくれているようだ。

 この後孤児院で夕飯を作らなければならないのだが……と思いつつ、まぁ折角なので飲もう。


「使用人かー……ほな賭けは全員負けやな」


 Bがぽつりと零した。賭けとは何事かと首を傾げていると、三人が各々自分の財布を取り出し始めた。

 そして何故だかテーブルの真ん中にコインが集められる。


「俺絶対葉鳥は王女やと思っとったわ」


 と、Aが言う。そしてそれに続くようにBが口を開く。


「俺は女王様やと思っとった。如何わしいほうの女王様」


 如何わしい女王様って何だよ風俗嬢的なやつか。


「俺魔女」


 と、赤松はいたって真面目な顔で言った。ちなみにこの世界に魔女など存在していないはずである。

 なにやら彼等は私に出会う少し前に再会していて、この世界のどこかに絶対私がいると予想していたそうだ。

 そしてどんな身分として生まれているかで賭けていたんだとか。

 要するに私がいないところで私を玩具にしていやがったのだ。なんとも失礼な男共だ。


「「「まさか孤児とは」」」


「声を揃えるなやかましい。私だって腑に落ちないわよ。あの『中学三年生』の時アンタ等の面倒見てやってたってのにアンタ等が上に立ってるみたいに見えるし」


 使用人として働く事になったし、まぁBとは同等と言っても良さそうな立場にはなるけど、Aは豪商……つまりお金持ちで赤松なんて貴族なのだから腑に落ちない。

 私は葡萄酒をぐい、と煽った。


「あっはっは! 賭けは俺等の負け、葉鳥の一人勝ちっちゅーこっちゃな!」


 Bは楽しそうにそう言った。私は知らぬ間に玩具にされていただけで何も賭けた覚えはない。

 何を言ってるんだろう、と首を傾げれば、集められたコインが私の前に置かれた。


「は? 何」


「就職祝いと思って貰っとき」


 と、Aが笑う。

 Bも赤松も頷いた。


「……か、返せって言われても絶対返さないからな」


 コイツ等に祝われるなんて、と、何となく照れくさかったけど、私は素直に受け取った。

 就職祝いだと言われたら無碍にも出来ないし。三人の厚意が、実は結構嬉しかったから。コイツ等も成長したんだなぁ、なんて。


「ところで全員名前変わってるけど、今まで通りの呼び方でいい?」


 今更呼び方を変えるのも気持ち悪いだろう。別にさっき聞いたばかりの名前を覚えていないというわけではなく。多分。…あれ……? 忘れ……いや、そもそもコイツ等にトリーナと呼ばれるのは正直違和感しか発生しない。やはり名前は今までどおりの呼び方呼ばれ方がいいに違いない。


「ええで。今更A以外で呼ばれると反応出来そうにないっちゅーか……なんか俺等じゃなくなりそうで嫌や」


 Aにしては真剣そうな顔でそう呟いた。

 いつもへらへらしているくせに。

 そのせいで実は三人の新しい名前を既に忘れているから、とは言い出せなくなってしまった。……いや、覚えてるよ。覚えてるけどあやふやだし間違えそうだし。

 それに、Aが言う「俺等じゃなくなりそう」というのもなんとなく解る気がしたから。


 彼等の前では、葉鳥梗子でいたかった。


 記憶なんてものはとても不安定で、今はしっかり覚えていたとしても、今後も忘れずにいられるかなんてわからない。

 でもまだ忘れたくなかったのだ。きっと、四人とも。


「……そういえばさ、アンタ等の記憶ってどうなってるの?」


 今まで疑問に思っていた事を彼等に打ち明けた。

 前々から気になっていた前世と思われる『中学三年生』の記憶と、この世界での記憶の事だ。

 私は何故だか『中学三年生』の記憶と同時進行で20代の頃の記憶も曖昧だが残っていた。

 中学卒業後、ではなく、別の20代の社会人としての記憶。中三と20代の記憶がダブって見えるのだ。

 まぁ前世の記憶だし、どこかで何かが混同しているのかもしれない、と結論付けてはいるのだが。

 それから『中学三年生』の記憶はAに初めて会ったあの時、一瞬で思い出した。

 そして現世の記憶は生まれて約十年、孤児院に入る前までの記憶が全くない。


 皆の記憶がどうなっているのか知りたかった。


 皆同じように首を捻り、記憶を探っているようだったが、最初に口を開いたのはBだ。


「俺はあの中三の時だけハッキリ覚えとって、その前後はぼんやり……やな。あと葉鳥と同じで生まれて数年間の記憶ないねん。親の記憶とか。反抗期拗らせて騎士団に入ったってのは覚えてんねんけどぼんやりや。親の顔も。副団長との喧嘩はしっかり覚えとるけどな。そして今も許してへん」


 副団長のことは相当気に入らなかったのだろうな……。

 ちなみにBもこっちで最初に出会ったのはAだったらしく、その時に『中学三年生』の記憶を思い出したそうだ。

 大体は私と同じみたいだな。


 次に喋りだしたのはAだった。


「俺はお前等に会う前……子供ん頃、なんの拍子やったか忘れたけど中三の時の事は思い出しとったな。別に葉鳥達みたいにこっちの記憶が抜け落ちたりはしてへん」


 子供の頃に日本の記憶を思い出した事によって簡単な計算も出来るようになり便利だった、とのこと。

 Aの話が大体終わったところで赤松のほうを見ると、なにやら渋い顔をしていた。

 話したくないなら無理に話さなくても、と言いかけたが、あー……だの、うーん……だの、変な呻り声を上げながら一つだけ頷いてから徐に口を開いた。


「俺な、生まれた時から中三の時の記憶あってん。この国の記憶も全く抜け落ちてへん。妙に落ち着いた子どもらしゅうない子どもやったし若干気味悪がられとった」


「……元不良の記憶がある子どもなんて可愛くなかっただろうな」


 と、私が口を挟めば、赤松は苦笑を零した。


「まぁ言葉の理解力も高かったし計算も出来たし、ある程度年数経てば受け入れられたけどな。天才やって崇められた事もあるで」


 なんというか、覚えていたら覚えていたで大変だったのだろう。

 と、さっきと変わらず渋い顔をしている赤松を見ていると思う。

 私は覚えていなかったから、とても呑気にのびのびと育ってこられたのだ。

 ……それにしても。


「私とBは記憶力が乏しかったのかもね……」


 Aに会うまで思い出さなかったし、幼少期の記憶抜け落ちてるし。と言いながら渇いた笑いを零せば「覚えとったら覚えとったで大変そうやし良かったな、葉鳥」と、私と同じような笑みを浮かべながらBは言う。


「……お前、前向きだな」


 良かったのかもしれないとは思ったけどそんなに大っぴらには言えなかった。さすがに。


 その後、私達はお互い日本語で喋ったりもした。

 特に不自由無く喋れたし、日本語を書くことだって出来た。

 なにか内密に話したい時は日本語使えるな、なんて笑っていた。


「あ、私そろそろ戻らなきゃ」


 ふと外に視線を移すと、空がオレンジ色に染まりだしていることに気が付き、それから先生に夕飯準備までには戻ると言ってきたことを思い出した。


「ほな俺が送って行くわ」


 というBの申し出に、私は頷いた。

 なにを隠そうまだ道を覚えていないのだ。道案内をお願いしなければ確実に迷子になってしまう。


「俺も行く。方向同じやし」


 赤松も乗っかってきた。

 赤松の家は私がいる孤児院の少し先にあるのだそうだ。


「ほな葉鳥、またな。俺ここに住み込みやしいつ来てもええで」


 そんなAの言葉に笑顔で頷いておいた。



 この日から、あの中学三年生の頃に比べたら少しだけ大人になった私達のほのぼのした日常が始まる。


 ……はずだ。

 出来る事なら平凡にほのぼの過したい……。





 

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