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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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捨て身の一芝居

 

 

 

 

 

 作戦会議をしよう、と旦那様の仕事部屋へと連れてこられた。

 そこでまず、この国の公爵についての説明をされる。

 なんでも、この国には公爵と名乗れる人物が五名居るらしい。

 王族と関連した家柄……だとかで、私にはよく分からない世界の話だが、とにかくとても偉いわけだ。

 当然、彼等が何かを言い出せば、私なんていう下層に生きる人間はおろか、旦那様だってどうすることも出来ない。

 今回、私に目を付けたのはその五人居る公爵の中の一人。

 既に三人だか四人だか子供が居るのに未だ女遊びをやめていないらしい公爵が、美少女天使という評判を聞き付けて探りを入れ始めたんだそうだ。

 そこはぜひとも美少女なんかじゃないと伝えて欲しいところ。


 しかしその公爵、煌びやか令嬢の父親とはあまり仲がよろしくないらしい。

 そこで、彼等と同等の立場に居ながら対立しかけている煌びやか令嬢一家を利用しようというわけだ。

 いや、利用と言ってしまうと聞こえが悪い。

 協力を願おうというわけだ。

 女好きだという公爵に声を掛けられる前に、煌びやか令嬢のパパの傘下に入れば手も足も出まい、と。

 しかし煌びやか令嬢のパパの傘下に入ると言えど、このお屋敷からは離れたくない。

 ありがたいことに、旦那様も奥方様も私を手放したくないと言ってくれる。

 ここは何としてでもこのお屋敷に留まりながら彼女の家族の協力を得たいのだ。

 ただ、煌びやか令嬢は何度か私を彼女の家へ拉致しようとした前科があるからな。

 これを期に、と言わんばかりに連れて行かれかねないっていうか……。


「で、だ。トリーナ。公爵令嬢はね、恋愛小説がお好きなのだよ」


 と、旦那様が言う。

 突然どうした。


「恋愛小説?」


 首を傾げる私と奥方様。


「そう、恋愛小説に夢中な、恋に恋する乙女、それこそがかの公爵令嬢」


 ふむ、なるほど。それっぽかった。

 だからこそ私が歌った曲の詩に夢中になったのだろう。


「それとこれとに何の関係が……」


「恋愛小説にありがちなシチュエーションを演じるんだよ」


 名案だろう! と言いたげに胸を張っている旦那様をしばし無言で見つめる。

 演じる……というのは、やはり私が、ということだろうか。


「今令嬢達に人気の小説は、身分差を題材にした純愛ストーリーだ」


「身分差……ですか」


 私がそう呟くと、旦那様はこくこくと頷く。

 そこで、急に奥方様が口を開いた。


「なるほど! 伯爵様ね! トリーナは、伯爵様に恋心を抱いているのだけど、身分差があって切ない恋をしているの、と!」


 ……突然どうした。

 伯爵様って、もしかして……いやもしかしなくても赤松だろ……


「この家に出入りしている伯爵様と使用人の恋。この家から出てしまえば、唯一の接点が消えてなくなってしまう……」


「あらあらなんて切ない恋物語なの!」


 おいおいおい夫婦で勝手に盛り上がってんじゃないよ……


「……そ、そんなので公爵令嬢が動いてくれますかね……普通に『このお屋敷での仕事は続けたいし、王都に留まることになったら困るから協力してくれないか』と頼んだ方がいいのでは……?」


「いやだそれじゃ面白くないじゃないトリーナ!」


 え、いやいや奥方様? 面白さを求めないでいただけます?

 さっきまで味方だと思ってたんだけど、どうしてだろう、敵にしか見えなくなってきた。


「面白いとか面白くないとかそういう問題じゃなくてですね……」


「まぁまぁトリーナ。その話は極力伯爵の耳に入らないようにするから」


「いや、噂が形を変えて妙な噂になった状態のものがあの伯爵の耳に入ったほうが困るので、実行するとなれば私から言っておきます」


 厄介な事になれば後々面倒だからな。

 奴にはしっかりと説明しておかなければ。


「トリーナもあの伯爵と仲が良いみたいだからね、問題なさそうだ。だから、解ったね?」


 有無を言わせない圧力を感じました。


 そんな会議から数日後、私は講習を開く事になった。

 天使の噂のせいか、いつもより人が多い。

 もちろん煌びやか令嬢の姿もある。

 彼女に貰ったドレスと髪飾りを身に付けているので、遠めに見ても機嫌が良さそうだ。


「キキョウ様、講習の後に公爵令嬢とお茶会だそうですが……」


 例に漏れず、この講習の護衛をしてくれている青い騎士さんが言う。


「お茶会と言っても、私の練習部屋でお話するだけですよ。このドレスも、一応手紙ではお礼をしましたが直接はまだですし」


「俺はその時間、別の仕事があるのですが……早」


「あ、はい。大丈夫ですよ。公爵令嬢側の侍女さんがいらっしゃるとのことですし」


 そんな話をしていたところで、講習の開始時間になった。

 講習では数曲を演奏し、ラスト一曲は煌びやか令嬢お気に入りの曲にした。歌わないと後で怒られそうだったし。

 そして結果的には特に何の問題もなく講習を終えた。

 参加してくれた殆どの令嬢達が用意した歌詞を持ち帰ってくれている。

 そんな中、一人の令嬢の声がした。


「天使と聞いていたけれど、そんなことありませんでしたわね」


 と、こそこそと。

 是非ともその事を『天使だ』と噂している人達に言い触らしてほしい。

 普通なんだよ私は。普通!


「覚えましたよ……キキョウ様、今失礼な事を言った令嬢の顔、覚えましたからね……」


「覚えなくても結構です」


 怖いからやめようね青い騎士さん。

 覚えたところで何するんだよ、と思いつつそれを問うととんでもない答えが返ってきそうだったのでスルーする。

 そんな時、私の目の前にちょこちょこと可愛らしい令嬢が歩いてくる。

 見たところ12、3歳だろうか。


「天使先生! 今日はありがとうございました! 私、また来ます!」


 私の手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振っている。


「私、天使先生じゃなくトリーナって言うんですけども……」


 訂正を試みるが、彼女は心酔しきった様子でこちらを見ているばかり。

 握手をしたことで満足したのか、全ての歌詞を手にして去っていった。

 ……まぁ、喜んでくれたようだし良かった。


「キキョウ様は天使ではなく女神だと……」


 と、青い騎士さんが不満げに呟く。

 私はその言葉をスルーさせていただこうと思っていたのだが、思わぬ伏兵がそれを拾う。


「女神……ね。あなた、このお屋敷の騎士でしたかしら?」


 煌びやか令嬢だ。


「ええ」


 青い騎士さんは、相手が公爵令嬢だろうとお構いなしに女嫌いを発揮するようだ。

 一切目を合わせようとしない。


「私もそう思うわ。あなたとは気が合いそうね」


「じゃ、じゃあ行きましょうか公……クライスお嬢様」


 二人が妙な話をし始めてはいけないので、早いところ切り上げてもらおう。

 そして公爵令嬢と呼びかけたが、過去にクライスお嬢様と呼べと言われたことを思い出した。

 危ない危ない。

 今日は彼女の機嫌を損ねてはならないのだ。

 別の仕事があるという青い騎士さんと別れ、私達は練習部屋を目指した。


 練習部屋に着くと、煌びやか令嬢はソファに腰を下ろす。

 彼女が連れてきた侍女さんがお茶の用意をしてくれるんだとか。

 その間、私はこのドレスのお礼を言う。


「クライスお嬢様、このドレス、ありがとうございました。本当に頂いてよかったのでしょうか……」


「よく似合っているわ。私がオーダーしたんだもの、当然よね。……あ、別に私がいいと言ったんだから素直に貰っておけばいいのよ。手紙にも書いたでしょう? お、お下がりなんだから……」


 今オーダーしたって言ったよね? とは言わないほうがいいのだろう。

 私が言葉を飲み込んだところでで侍女さんがお茶を持ってきてくれたので、暫くはドレスやお茶、お茶菓子について雑談していた。

 その雑談がある程度落ち着くと、煌びやか令嬢が小さな声で「あ」と零す。


「そういえば、天使の噂の件を聞いた私のお父様が、貴女に一目会ってみたいと言っているのよ」


 手紙にも王都に招かれる事があれば、と書いたでしょう? と嬉しそうに首を傾げている。

 ついにその話題か、と、私は小さく深呼吸をして本題に入った。


「その事なのですが……、実は別の公爵様からお話がきそうなのです」


 そう言って、私は一旦立ち上がった。

 机の引き出しに入れておいた手紙を取りに行くために。

 これは前日旦那様に渡されたものだった。

 子爵宛の手紙で、例の女好き公爵が天使について問うている内容だ。

 さらにはその天使を買おうとしていることを匂わせるような文章も見受けられた。

 それを見た煌びやか令嬢は、解りやすい程に顔を歪める。


「あの女好き公爵……」


 今まで聞いた事もないような、地を這うような声でそう呟く。

 手紙を読み終えたのか、彼女はふと視線を上げて私の目を見据える。


「この話、性質が悪いわね。子爵は、なんと言っているのかしら?」


 煌びやか令嬢は眉間に深い皺を作りながらそう言う。

 なんだか人が変わってしまった気がしないでもない。


「ありがたいことに、このお屋敷に居て欲しいと言ってくれています」


 そう答えた。

 この時、あの赤松と恋仲だのなんだのという作戦を使わずにすむんじゃないかと思った。

 ……この時まではね。


「私も、このお屋敷でのお仕事も、講習だって続けていきたいですし……ほら、さっきの講習の終りに私に声を掛けてきてくれたご令嬢だって次を楽しみにしてくれていましたし」


 使えるものは何でも使っていきたい。

 さっきの、私を天使先生と呼んだ可愛い令嬢も申し訳ないが使わせてもらおう。


「何を悠長な事を言っているの? あの女好き公爵に目を付けられたのよ? そんな事を言っている場合ではないわ」


 ……見事に一刀両断されました。


「しかしその公爵様は美少女天使だと思っているわけだし、私の事を見てもガッカリするだけなのでは……」


 という私の問いに、煌びやか令嬢は暫し考え込む様子を見せる。

 そしてなぜだか私の事を舐めるように上から下まで見ている。怖い。


「危ないわ。トリーナ、貴女歳はお幾つ?」


「えっと、18です」


「あら、私と同じなのね。もっと若いのかと思っていたわ」


「え、同い年だったんですか!?」


 煌びやか令嬢は目を丸くする私を見てクスクスと笑う。

 気を悪くした様子は見受けられなかった。助かった……。


「あの女好き公爵ね、少女が好きなのよ。噂では幼女も好きだと言われているわ」


 まさかのロリコンである。


「……ということは、さっきの『危ない』というのは、私が少女に見えるということでよろしいでしょうか?」


「そういうことになるわね。貴女小さいもの。ちゃんと食べているの? あぁ、元孤児だと言っていたわね……孤児院ではあまり物が食べられなかったのかしら?」


 ……私は少女に見えるのか。

 中学の頃、あの三人は私を老け顔の姐御と言っていたので意外だったわ。


「小さいって……、背が伸びなかっただけですよ。幸いあの孤児院は比較的恵まれていたのでご飯はちゃんと食べてました」


 という私の言葉に、あらそう? と呟いた煌びやか令嬢は、不意に私の方に手を伸ばしてきた。


「……ふーん、そう。なるほど、肉付きはまぁ大人の女性と言っても過言ではないわね」


 ……え、おっぱい揉まれた。

 彼女の突拍子もない行動にぽかーんとしていると、


「ということは、もっと危険じゃない。少女に手を出すとなると問題があるけど、少女に見える大人の女性なら何も問題はないわ。貴女なんてどうぞ美味しく頂いてくださいと言っているようなものじゃない。首元にプレゼント用のリボンが見えるようよ」


 そんな風に言い放たれたらもう反論の余地はない。

 大人しく旦那様が言っていた作戦に出るしかなかった。


「でも、でも……私はこのお屋敷から離れたくないのです」


 ふと視線を落とし、落ち込んだ風を装う。


「何を言っているの、我が公爵家付きの楽師になったほうがいいわ。この屋敷からは出ることになるけれど、そうすればあの女好き公爵だって簡単に手を出そうとはしなくなる……」


 そう言っていた煌びやか令嬢の手を取った。

 それを顔の前まで持ってきて、きゅっと握る。


「……私、このお屋敷によくいらっしゃる……伯爵様が好きなんです」


 もう、なるようになるだろ……。そう思うしかなかった。





 

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