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再会3

 

 

 

 

 

「ヒヤヒヤさせないで頂戴!」


 私が赤松に対して腑に落ちないという発言をした直後、先生は赤松に思いっ切り頭を下げていた。

 そして私は先生にぐいぐいと引っ張られ強制的にその場を離れた。

 で、冒頭の台詞に戻るわけだが。


 トーン子爵のお屋敷の敷地内でお説教するわけにもいかない、と半ば逃げるように孤児院に戻って来て、食堂に座らされた。

 ここが日本ならば確実に正座をさせられているところだろう、なんて呑気なことを思いつつ、私は先生の言葉に耳を傾ける。


「トリーナ。貴女はあの方が誰なのか解っているんですか? トーン様を相手にした時はあんなに冷静で落ち着いていたと言うのに!」


 先生は心から怒っているようで、普段の穏やかさを消して声を荒らげる。

 しかしながらあの方と言われても、私としては「ただの赤松だったじゃん」という思いが消えてくれない。

 この世界で奴と遭遇したのはこれが始めてなのだから、奴が何者なのかは今のところ定かではない。

 だが奴は言っていた。自分は今伯爵だ、と。


「……伯爵……って言ってましたっけね」


 本人が伯爵だと言っていたのだから、奴は今伯爵なのだろう。それはなんとなく理解出来た。

 先生が物凄い勢いで頭を下げていたし、そもそも貴族なわけなので……やはり偉いのだろうか?

 正直な話、孤児の自分が貴族なんかと関わるとは思ってなかったので爵位というものが全くもってさっぱり解らないのだ。

 うーん、と首を捻っていると、突如食堂のドアが開いた。

 そして威勢のいい、溌溂とした女の子の声が響く。


「お久しぶりー! あ、先生だ。何? トリーナお説教されてるの? 何かしたの?」


 言葉だけを聞けば私を心配しているようだったが、彼女の瞳は見事に正反対の色を浮かべている。目は口ほどにものを言うとはまさにこのことだ。

 彼女の瞳には『おもしろそう』の文字が明確に浮かんでいるのだから。


「あらシュトフ、久しぶりね。お仕事のほうはどう?」


 先生はついさっきまでの私への怒りを瞬時に消して至極穏やかに問うた。

 溌溂とした彼女の名はシュトフ・ティーア。私と同い年で、私の一番の友人だ。

 そんな彼女は私より一足先に働き先を決め、数週間前にこの院を出た。


「最近やっと慣れてきてとても順調です! で? 何? どしたの?」


 そう言いながら、彼女は私の隣にあった椅子に腰を下ろす。


「私、働き先が決まったんだ」


 えへへ、と笑って見せると、シュトフは私の両手をガッシリと掴んで、それをぶんぶんと上下に振りながら喜んでくれる。

 まるで自分の事のように喜んでくれるから、私はちょっと照れくさくなって彼女から視線をそらした。

 ……が、その視線の先に居るのは先生で。

 先生の私を見る目がスーパー冷たい。完全に冷凍ビームなんだけど。私凍っちゃう。


「なるほど、トーン子爵家か。評判いいとこだしよかったね。……って喜ぶところで間違ってないよね……?」


 働き先が決まった事から挨拶に行って来たところまでを掻い摘んで話せば、彼女から返って来た言葉はそれだった。

 そう、挨拶に行って来た、までなら普通に喜んでくれて構わないはずだ。

 問題はその後だ。


「トリーナったら、あのキーファー伯爵を睨みつけたのよ……」


 と、あからさまな溜め息を零しながら呟く先生を見たシュトフが目を丸くする。


「キーファー伯爵!?」


「え、知ってんの?」


 私がキョトンとすれば、シュトフの目は更に丸くなる。落ちるよ、眼球。


「知ってるも何もこの辺一帯の領主でしょうよ」


 へー、と間の抜けた返事をすると、二人に思いっ切り睨まれた。


「で、その伯爵様を睨み付けたってどういうことなの?」


 と、シュトフは首を傾げる。心のどこかで私の味方になってくれるかもしれないと思っていた彼女は、その期待も虚しくどうやら先生側に付いてしまったようだ。


「いや別に睨まれたから睨み返したっていうか……」


「睨んだだけならトリーナの目付きが悪かっただけ、と頭を下げればなんとかなります。しかし貴女は彼に何か声を掛けたでしょう? 挙句の果てにはよく解らない事を言っていたし……」


 何か声を掛けた、といえばあれだな、名前呼んだ時の事だな。

 あれはただ赤松だろうな、とは思ってたけど一応確認の為、っていうか。

 よく解らない事ってのはあれだ、腑に落ちない! だな。

 だって腑に落ちないんだもん仕方ないでしょう、と言いたい所だが二人には説明のしようがないので黙るしかない。前世だとか異世界だとかなんて言ったって信じてもらえないだろうし。


「うわー、あの伯爵に睨まれただけじゃなく睨み返して会話までしちゃったの?」


 シュトフは怪訝そうに顔を顰めながら言う。私が何かいけないことでもしてしまったかのように。


「……どういう意味?」


 私は彼女のその表情の意味が分からず、ただただ首を傾げる。

 『あの伯爵』って何だろう。アイツに何か悪評でもあるのだろうか。


「結構広まってる話よ。若くして爵位を継いだ伯爵様は人を射殺すような眼力を持っていて、彼を前にした人は何も言えずにその場を去る、って」


「くっ……」


 大笑いしなかった私を褒めて欲しい。

 是非大絶賛して褒めて欲しい。

 何だその想像以上に見事な悪評!

 言われて見れば確かに人を射殺すような目してたような気はするけど中学の頃から常にあんな不機嫌そうな顔してたっつーの!

 と、内心大笑いしている私だが、表面上ではなんとか笑わずに保っている。必死で耐えている。


「トリーナ、少しは反省しているのでしょうね?」


「はい反省してます。次に会った時にでも謝っておきます」


 私は思った事を素直に口にしただけなのだが、その返答は先生の意に反するものだったようだ。


「出来れば会わないように心がけなさい。伯爵様の視界には出来るだけ入らない事です。折角働き先が決まったというのにこの地から追放でもされたらどうするつもりなんですか!」


 そりゃあ私も出来る事なら会わないように心がけようとは思ってるよ、面倒臭そうだし。

 でもAが近い内に全員を集めようと計画していたし、嫌でも会うことにはなるだろう。


「ん? 追放?」


 そう言って首を傾げると、シュトフが今度こそ心配そうに「領地から領民を追放する権利持ってるからね、伯爵様」と言った。

 赤松に追放だとか言われたところでそんな権利など圧し折るつもりだけど……。

 なんて、そんな事言えるわけもなく。

 しかしまぁ、私や赤松達だけが知っている事で、先生やシュトフに心配を掛けたのは確かだ。

 ここは大人しく反省しておこう。


「先生ごめんなさい。心から反省します」


 私は二人に向かって頭を下げた。


 

「リーナ! リーナ! 門の外に怖そうな男の人が居る!」


 伯爵の件が一段落し、私と先生とシュトフの三人で談笑していた時、子供達がバタバタと飛び込んできた。

 門の外に怖そうな男の人、か。

 そういうのは今目の前にいる先生かせめて男の子に声を掛けて欲しいものだ。私じゃなく。

 しかしこの院内で一番迫力があるのは私だと子供達に認識されてしまっているようなので仕方ないのだろう。

 はいはい、と軽く返事をした私は重い腰を上げて外に出た。

 門の方向を見れば、確かに人影がある。やたらと図体のデカい、脳まで筋肉で出来ていそうな、っていうかあれBじゃん。怖そうな男の人とか言われてやんの。そこまで考えたところで堪え切れなかった笑いが少しだけ漏れる。


「ふふ、あれ私の友達だから大丈夫。皆は遊んでおいで」


 子供達にはそう言ったのだが、イマイチ信用してもらえなかったらしく、全員が示し合わせたように怪訝そうな顔をしている。


「リーナの友達? あれが? 本当?」


「本当」


「でも怖そうな顔してる!」


「アイツはアホだから怖くないよ。大丈夫だって」


 そう言って皆の頭を撫でてやると、しぶしぶと言った様子でその場から離れていった。

 あぁ、この子達とももうすぐ離れ離れになってしまうのか、と思うと感慨深いものがある。

 小さな頃から弟や妹のように接してきたのだから。


「何してんの?」


「おわっ葉鳥!」


 門の前に立っていたBに声を掛けると、彼はぴくりと肩を揺らした。

 気配を消して近付いてくるとは卑怯な、みたいな事言われたけど私は普通に歩いてきただけであって気配なんか消していない。


「ここにいるってことは私に用事?」


 と、首を傾げると、そうやったと一言呟いて喋りだした。


「俺お前の事迎えに来てん」


「迎え?」


「Aの店が、まぁ仮店舗やけど準備整ってな。ほんで一回皆で集まろうか、っちゅー話でな」


「ふーん。解った、行く」


 特に異論もないし、異論どころか話したい事もあったので、私は特に悩む事もなく了承した。


「門限守れば文句言われる事はないけど一応先生に一声掛けて来る」


 ほぼ終わってはいたものの説教中だったのだ。突然いなくなったりしたら逃げたと思われてしまうかもしれない。


「おう。ほな俺はここで待っとくわ」


 軽く手を挙げることでそれに応え、私は急ぎ足気味で院内に戻る。

 すると待っていたと言わんばかりに子供達が集まってきた。


「大丈夫!? リーナ大丈夫!?」


 懐かれたもんだわ……なんて思いながら適当に返事をする。


「大丈夫大丈夫。私ちょっと出掛けてくるからね」


「リーナ、帰ってくる?」


 そう言った子の声は少しだけ震えていて、それにつられるかのようにその場に居た子達の瞳も不安げに揺れ始める。

 この子達が何故こんなにも不安を感じているのかが、私には分からない。


「リーナあの怖い男の人に連れて行かれちゃうの?」


 ……アイツはこの子達の目にどれだけ怖く映っているのだろうか。誘拐でもされるのかと思われているのではないかと私も不安になってきた。

 私、どこに連れて行かれちゃうんだろう……Aの店だけど……。


「やだやだリーナ行っちゃやだ」


 ちっちゃい子組が今にも泣きそうな顔をする中、彼等より少し大きく私より少し年下の子が口を開く。


「リーナちゃん、働き先決まったんでしょう?」


 と、悲しげな表情を隠すことなく曝け出したままそう言った。

 あぁ、それでか。そういえば皆にはまだ言ってなかったのだ。

 子供達の不安そうな表情の意味を理解した私は、出来るだけ優しい笑顔を作りながら言葉を選ぶ。


「うん。決まった。でもまだもうちょっとここに居るよ。あと……三日くらい」


 えへ、と笑って見せれば「どうしてもっと早く教えてくれないの!」と、非難の声が上がった。

 どうしてもこうしても働き先が決まったのもつい一昨日くらいの事であって、と言い訳を零しそうになったのだが、彼等はそんな言い訳を許してくれそうになかった。


「……ごめんね。皆と離れるのが寂しくてなかなか言い出せなかった」


 だから、素直に謝った。

 するとちっちゃい子達がぴーぴー泣きながら私にすがり付いてくる。

 言い訳しようが謝ろうがどちらにせよコイツ等がこうなる事に変わりはなかったんだろうなぁ。

 私はそんなことを思いながら、目の前で泣いている子供達の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「泣くな泣くな。休みは多いほうだと思うしちゃんと遊びに来るから」


 やっとの思いで宥めたところで、私はようやく食堂へと辿り着いた。

 一部始終を見ていたらしい先生とシュトフはこれまた目を丸くしている。


「トリーナにあんな友達居た?」


 と、シュトフは首を傾げる。


「あー、最近ね」


 当たり障りのない返答をすれば、次は先生が口を開く。


「どうも騎士様のようだけど……孤児院の外に出ようともしなかった貴女にいつの間にあんな友達が……?」


 私を引き篭もりみたいに言わないでください先生。いや、確かに滅多に孤児院から出なかったけども。


「元騎士だって言ってました。今はどっかの店の用心棒兼店員だとか」


 どうも彼女達の中でBの存在がどんどん怪しくなっている気がする。


「お名前は?」


「……はて?」


 先生の言葉に答えられず、私は固まった。

 答えられないもなにも、そういや私、アイツに名前聞いてない。


「名前も知らない友達?」


 私のその反応を見た二人は、眉間にとても見事な皺を作って怪訝そうな空気を垂れ流す。


「と、とにかくそんなに怪しい奴でもないし、夕飯準備までには戻りますから!」


 と言っても先生とシュトフは何故だか私の外出を許してくれない。

 あぁもう! BじゃなくAが迎えに来てくれればこんな厄介な事にはならなかったんじゃないの!? Bが厳つ過ぎるのがいけないんだ。そうだ、大体のことはBのせいなんだ。私は何も悪くない。


「ねぇトリーナ、じゃあ彼とどこに行くの?」


 シュトフが面白そうな顔を隠しもせずに問い掛けてきた。

 どうやら私が必死で外に出ようとする様子が珍しくて面白いらしい。しかも相手は男だ、彼女の興味を引くには充分すぎる材料だったのだろう。


「ん? えーっと……どっかの豪商一家の次男が出すって言う店の、仮店舗?」


 だったような気がする。

 正直記憶が曖昧だが。


「豪商一家の次男……って、オッドさん?」


「あー……うーん……そんな名前だったような……あ! アイツが覚えてるかもしれない!」


 門の外で立ちっぱなしのBを指せば、彼に聞いてみよう、とシュトフが立ち上がる。

 そして私は説得を試みようと二人を引き連れてBの元へと歩き出した。


「……何事?」


 二人を連れて歩いてきた私に、Bは案の定驚いている。


「アンタがあんまりにも怪しいから二人とも心配しちゃって」


「あ、あやし……!?」


 Bは自分が怪しまれていたことに対してショックを受けたらしく、目を丸くして口を魚のようにぱくぱくさせている。

 そのBのアホ面があまりにも面白かったので、隠れてこっそり笑っている間に二人とBは軽い自己紹介と怪しい者ではないという弁明をし始めた。

 私はどうする事も出来ないので三人の様子を伺っている。するとBの名前と、今から行く店の説明で一応二人は納得してくれたようだった。


「それじゃあ夕飯準備までには戻ります」


「わかりました。よろしくお願いします」


 先生はBに向かって頭を下げた。

 Bも恭しく頭を下げている。騎士の礼だそうだ。正直Bに恭しい態度だなんて似合わないのだけど、ちょっぴり様になっているあたり、結構位の高い騎士だったのかもしれない。


 二人で歩き出してすぐにBが口を開いた。


「俺ってそない怪しかったんやろか……」


 やっぱり気にしていたらしい。


「厳つ過ぎんだよ。多分」


 彼が怪しまれた原因の一つに私の引き篭もりっぷりも入っていた気がするのだが、それについては触れないでおこう。





 

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