謎の贈り物
噂とは、一人歩きするものである。
さらには尾ひれが付くものである。
そして噂とは、余計な面倒事を呼び寄せることがある。
例の"トーン子爵家の天使"という迷惑極まりない噂は、この近辺では完全に広まりきっていた。
仕事中、チラリと外を覗き見ると、大体誰かが居る。
おそらく天使の奏でる音楽を聴こうと思っているのだろう。
残念ながら噂が広がってからというもの、私は宣伝を一旦中止したのだ。
それにより外に居たところで音楽など聞こえない。
買い出し当番の時、何食わぬ顔で外に出たら案の定噂話が聞こえてきた。
まず、天使はピアノと歌が得意らしい。それはまぁ間違ってないだろう。まぁまぁ得意だし。
次に、天使は小さくて可愛らしい少女らしい。ズレてるね。
そして、天使は外に出られないらしい。残念だったな、外なんか出たい放題だ。
さらに、天使は外の空気を吸うと声が出なくなるらしい。おうおう目の前で深呼吸でもしてやろうか。
噂話をしている人達が最終的に出した結論は、『天使とは、お金持ちのトーン子爵が金を積んで天界から連れてきた歌の上手い美少女』だった。
噂には尾ひれが付くものだと言うけれど、これは尾ひれどころか背びれも付いてるな。なんなら立派な足も生えているな。
どちらにせよ、目の前で噂話に興じている人達は貴族でもなさそうだし、そもそも男性だし講習には絶対に来ない人物達だ。
放っておこう。気にしない気にしない。気にしたら負けだ。
そんな噂が蔓延する中、私に贈り物が届いた。
お屋敷の玄関に綺麗な箱が積まれているなぁとは思っていたが、その箱は私宛に届いたものだったらしい。
しかしこの箱、物凄く綺麗である。
誰が見ても上質な素材で出来ているし、使用人の私に送られてくるような物とは到底思えない。
それなのに私宛だというのだ。
恐る恐る差出人を見ると、なんと煌びやか令嬢だった。
なるほど、だから箱の時点でこんなにゴージャスなのか。と、一旦は納得したが、何故彼女から私に贈り物が届いているのかという最大の謎にぶち当たる。
箱を目の前に、暫しきょとんとしていたのだが、いつまでもこの場に置いておくわけにもいかないだろうと思い、箱の一つに手を伸ばした。
「キキョウ様、どうしたんですか?」
丁度良いところに青い騎士さんが来た。
「……いえ、なんか私に贈り物だそうで」
目の前にあった箱を示しながら言うと、青い騎士さんは顔を顰めながらその箱を覗き込む。
「公爵令嬢からみたいなんですけど」
箱を睨みつけるように見ている青い騎士さんにそう言うと、彼は顔を顰めたままではあったけれど一つ頷いた。
「なるほど。キキョウ様のお部屋に運びましょうか?」
運びましょうか? と言いつつ既に箱を持ち上げているようだったので、遠慮なくお願いしますと言っておいた。
箱は三つあったので、私が一つ、青い騎士さんが二つ持ってくれている。
何が入っているのだろう。
匂いからして食べ物ではなさそうだ。
「しかし何故突然公爵令嬢からこんなものが送られて来たんでしょうかねぇ」
箱を抱え、自分の部屋を目指しつつ青い騎士さんに声を掛ける。
黙っていると、なんとなく気まずいし。
「俺にも解りかねますが……悪意は今のところ感じられませんね」
……まぁ、確かに。
その後、世間話をちょこちょこしているうちに、私の部屋へ辿り着いた。
「どこに置きましょう?」
箱を二つ抱えた青い騎士さんは、廊下でそう言った。
「とりあえず部屋の中にお願いしてもいいですか?」
ドアを開けながら振り返ると、箱を持ったまま立ち尽くしている青い騎士さんが視界に入る。
どうしたんだろう、と首を傾げていると、やっと動き出した青い騎士さんがスタスタと機敏な動きで部屋の中に入ってくる。
「じゃあテーブルの上にでも置いてくださ……い?」
私が言うより先に、テーブルの上に箱を置いた青い騎士さんは、何故だか口元を手で覆っている。
もしかして、私の部屋……臭い?
そんな可能性に愕然としていたわけだが、ぎこちない動きで部屋から出て行こうとする青い騎士さんの姿を見てふと思った。
あぁ、そういえばこの人私の事好きかもしれないんだった、と。
部屋に入れるのはマズかっただろうか。
でも手伝うと言ってくれたのは青い騎士さんだしなぁ。
それを断れば私のほうが変に意識してるっぽくなっちゃうし。
しかし今はそんな事考えてる場合じゃない。
箱を開けてみなければ。
「ちょ、ちょっと待ってください青い騎士さん! 一人で中身見るの怖いんですけど!」
やべぇもんが入ってたらどうするよ!?
と、廊下に出ていた青い騎士さんを追って、私も廊下へ飛び出すと、顔を真っ赤にした彼がそこに立っていた。
うわぁ……。
青い騎士さんを部屋の中に引っ張り戻すという選択肢は、完全に消えた。
なんかごめんね、青い騎士さん。
でも最初に『部屋に運ぶ』と言い出したのは私じゃないし、私だけが悪いわけじゃないよね。
「そ、それではキキョウ様、俺は仕事に……あ、箱を一人で開けるのは怖いと言っていましたね」
「いや、一人で開けてみます。多分変な物は入ってないと思いますし」
「そ、そうですか……」
青い騎士さんがどことなくしょんぼりした様子を見せていた。
だけど、さっきの真っ赤な顔を見てしまったわけだし、もう一度部屋に入れるのはちょっと危ない気がする。
「はい、運んでくださってありがとうございました」
「いえ。もしも何かあれば、一番に俺を呼んでください」
いつもの調子を取り戻したらしい青い騎士さんが言う。
彼は一礼して、その場を去っていった。
部屋の中に戻った私は、とりあえず一番上の箱を恐る恐る開けてみた。
他より少しだけ小さいそれに入っていたのは、キラッキラした髪飾りだった。
それはもうキラッキラしている。
なんとなく……なんとなくだが、本物の宝石が付いているような気がする。
このキラッキラはガラスなんかじゃないような気がする。
マズい物を貰ってしまったのではないだろうか。
とりあえずこの箱は一旦元通りに閉めて、次の箱の中身を見よう。
髪飾りが入っていた箱を、そーっとベッドの上へと移動する。
床に置いて踏んづけてしまったり、蹴り飛ばしてしまったりしてはいけないから、柔らかいベッドの上へ。
次に開けてみた箱には、それはそれは綺麗なドレスが入っている。
パステルブルーの、とても上質な生地で作られたドレス。
以前、講習用に仕立ててもらったドレスも、良い生地を使って作ってもらったが、どうやらそれ以上の生地のようだ。
デザインはアンティークレースをあしらった、ふわりとしたもので、とても可愛らしい。
最後の箱に入っていたのもドレスだった。
落ち着いたローズピンクの、これまた上質な生地で、金銀の刺繍が施されている。
パステルブルーのドレスよりは大人っぽいデザインのようだ。
……何これ怖い。誰が着るの?
見たところ私のサイズっぽいんだけど、何で煌びやか令嬢が私の服のサイズ知ってるの?
最後に開けた箱の底に、一通の手紙が入っていた。
私宛だ。良かった、無言で送られて来たわけじゃないようだ。
『トリーナへ。最近講習を開いていないようだけれど、何をしているのかしら? 私に黙って開いているわけじゃないでしょうね?』
最初の一文から既に上から目線である。
『そうそう、貴女最近"天使"だとか呼ばれているそうじゃない? 王都でも話題になっているそうよ。もし王都に招かれるようなことがあれば私にも報告してちょうだい。私が王都を案内してあげる』
お前が天使を見たって話してたってこと、知ってるんだからな。
大体お前が天使説を広めたんだって知ってるんだからな。
『それから、もし講習を開いていない理由が、貧相なドレスしか持っていないから、だったらいけないからドレスを贈るわね。貴女が一生着る事の出来ないような高価なものだからって恐れなくてもよろしくてよ? 私のお下がりだから遠慮なく着ることね』
ほう、だからドレスだったのか。
っていうか、確かに高そうで戦慄したが、お下がりではないだろう。
彼女と私では身長差がそこそこあったはずだ。
もしも本当にお下がりだとしたら、私のサイズにピッタリなわけがないし、おそらく裾を引き摺ってしまうだろう。
私のサイズに合わせて手直ししたのかと考えたが、そもそも人が着た形跡なんてない。
あの子、嘘下手なんだな。
『間違っても私を呼ばずに講習を開こうなんて思わないことね。情報網なんていくらでもあるんだから、そんな事したらすぐに解るのよ? 受講者は私一人でも構わないから、出来るだけ早く講習を開きなさいね』
……要するに、煌びやか令嬢はツンデレ。
何か可哀想になってきたので、次の講習が決まったら一番に声をかけてあげよう。
私はそう思いながら、全ての箱を綺麗に仕舞った。
次に私が取った行動は、旦那様への報告だった。
あの箱は開けた形跡がなかったし、旦那様も中身は知らないはずだから。
箱を全部持っていくのは面倒なので、とりあえずツンデレレターだけを手に旦那様のもとへと急ぐ。
旦那様の仕事部屋に辿り着き、ドアをノックすると、旦那様の声がする。
「今、少しいいでしょうか?」
と、問うと「どうぞ」と一言だけ返ってくる。
「あの、公爵令嬢からの贈り物の件なんですが」
部屋に入って早々本題を切り出すと、旦那様はにこりと笑う。
「あの箱か。中身は服だったろう?」
解っていたらしい。
「はい。それと、この手紙でした」
両手でツンデレレターを差し出すと、旦那様はにこにこしながらそれを読み始める。
「ククク、そうか、お下がりか」
と、笑っている。
「お下がりには見えませんでしたけど……」
「そうだろうね。先日公爵家の使用人からトリーナのドレスを作っている仕立て屋の場所を尋ねられたんだよ」
仕立て屋の場所?
「おそらく仕立て屋にトリーナの服のサイズを聞いて、それで作ったはずだ。着てみたかい?」
そう問い掛けられたので、私は思い切り首を横に振って否定する。
「きっと君にピッタリだと思う」
クツクツと笑う旦那様。
余程ツンデレレターが面白いのだろう。
まぁ私も面白かったけども。
「それから、王都の件だけどね、何件か問い合わせが来ているのは確かだよ」
どこか悩んでいるような表情で、旦那様が言う。
困ったね、と呟いているので彼にとって何かよろしくない事象があるのだろう。
「幸い天使は外に出られないという噂も出回っているようだからね、引っ張り出される事はないだろうけど……」
外の空気を吸うと声が出なくなる説もあったな。
「私が王都に行くと何か問題が生じるのでしょうか?」
旦那様があまりに困った顔をしていたので、尋ねてみると、旦那様はゆるりと首を横に振る。
「いやいや。王都に行けば一流の楽師になることも可能だから、トリーナにとってはいいこととなるだろう」
いや、別に私は一流の楽師になろうなんて気、ちっともないんだけど。
「そうなるとこの屋敷に留まることは出来ないからね。うーん……悩みどころだ」
旦那様が何を言いたいのかさっぱり解らない私はただただ首を傾げるばかり。
しかし何か思い悩んでいる旦那様に、私の気持ちだけは伝えなければならない、そう思った。
「私、一流の楽師は目指してません。出来る事なら、まだこのお屋敷で働かせてほしいです」
もちろん、このお屋敷で不要になれば天使だのなんだのと言ってよそへ売り飛ばしてくれても構わないけど。
「ああ。こちらももちろんそのつもりだよ。私も大切な人を悲しませたくはないからね」
「え?」
「いや、こっちの話だ。とにかく、暫くは噂を利用させてもらうことにしよう。それも含めて……もう少し我慢してくれるかい?」
そんな旦那様の問い掛けに、私は勢いよく頷いて見せた。
旦那様の『それを含めて』のそれがどれの事なのかは解らなかったけど。
「それと、次の講習は来週あたりを予定しようか。公爵令嬢も悪気はないようだからね。嫌わないでいてあげようか、トリーナ」
「はい、そうですね。素直じゃない子の相手は慣れていますので」
「その中に、伯爵は含まれているのかい?」
私がくすくすと笑っていると、同じように笑いながら、旦那様がそう尋ねてきた。
「さぁ、どうでしょう?」
当然含まれているのだが、それは言わずに微笑むだけにしておいた。




