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再会2

 

 

 

 

 

 翌日、Aは本当にBを連れてきた。


「な? ホンマに葉鳥やろ?」


 Aはそう言いながら、最大限に目を丸くするBの様子を楽しんでいるようだ。

 Bは少し日に焼けているのか地黒なのかちょっぴり褐色の肌に黄色に近いくすんだ金髪で、ハニーブラウンの瞳だった。まぁ容姿は相変わらず中の中といったところ。

 物凄く筋肉質なので鍛えていたのかと問えば、彼は少し前まで騎士団に入っていたとのことだった。

 ただ上司と揉めて脱落したらしいのだが。

 そこでAと出会ってそのまま用心棒兼店員として雇われたんだとか。

 そんな軽い身の上話なんかをしていると、急にAが真面目な顔をする。


「お前がここにおるんやったらこの近所に店建てようと思ってんけどどうやろ?」


 と言うAの言葉に、私は首を傾げた。


「どうやろ、って私に言われても。どっちにしろ私はそろそろここ出るからどこ行くかまだわかんないよ」


 先生達にやんわり引き止められているとは言え決まりは決まりだ。

 18歳になったら確実にここから出なければならない。


「ほなお前の働き先が決まるまで待つか」


 ……何故待つ必要があるのだろう?

 別に私が働くわけでもないのに。

 訝しげな顔で首を傾げていると、


「葉鳥が近くにおったほうが絶対オモロいしな」


 と、Aが笑った。

 いやちょっと待て、面白いというアホみたいな理由で近所に店建てるってどうなんだ。


「っていうか店ってそんなに簡単に建てられるもんなの?」


 そう問うと、Bが面白そうに笑いながら口を開いた。


「簡単にって、Aの実家豪商一家やで? そこら辺の下級貴族より金持ちや」


「豪商……?」


 詳しく聞いてみれば、Aの実家は一族揃ってお金持ちの商人集団なんだそうだ。

 今回店を出すのはAの社会勉強の一環らしい。

 さらには兄が跡を継ぐのでA自身は自由な金持ちとのこと。

 コイツ確か『前世』でも金持ちだったような……。


「Aが金持ちでBが元騎士で私が孤児って……なんか腑に落ちない……」


 私は前世で何か悪い事でもしたでしょうか?

 先生方にも嫌がられていた厄介な不良だったコイツ等の面倒を見てやったんだからもっと優遇されてもいいんじゃないでしょうか?

 別に不遇だとは思ってないけど……なんか腑に落ちない。

 不服過ぎて首を傾げたまま元に戻らない私を置いて、二人はその場を去っていった。

 仮店舗の準備があるらしい。

 ……腑に落ちない。赤松が私以下じゃないと腑に落ちない。

 なんかこう……性別が変わっちゃってるとかじゃなきゃ腑に落ちない……!


 首を傾げたままとぼとぼと院内に戻れば、どこか嬉しそうな顔をした先生が私を迎えてくれた。

 この初老のおば様先生はここの院長、ヴァルツァー先生だ。


「トリーナ! いい働き先が見付かったわ!」


 おぉ、ついに私も働き先が見付かるのか。

 前世と思われる記憶を取り戻した今の私ならなんでも出来る気がする。


「トーン子爵家の使用人なのだけどね」


 子爵という単語を聞いた瞬間、私はあからさまに顔を歪めてしまった。

 前言撤回だ。貴族に関わる仕事は出来れば遠慮したい。

 孤児差別しそうな人が居るところでの仕事は出来れば避けて通りたい。


「あらそんなに嫌そうな顔をしなくても大丈夫よ、トーン様のお屋敷ならこの院の出身者も居るし実力主義者だから差別もしないわ!」


 ……さすがです先生としか言いようのない的確な言葉だった。彼女は昔から私の心を読むのがとってもお上手なのだ。何故なら私が本心を口に出さない子どもだったから。

 何か反論をせねばと思ったのだが、私に口を開く隙を与えまいと先生が話し出した。


「それにトーン様は音楽家を育てるのがお上手な方なのよ。貴女はピアノが得意だし何ならピアノだけじゃなくお料理も得意だからきっと気に入ってもらえると思うの。あの方は特技がある子がお好きだからね」


「えっと……」


「それにそれにあのお屋敷で働いていればいいとこに嫁げると評判なのよ! 私も可愛いトリーナを下手な場所で働かせたくはないし変な男の元に嫁がせるなんてもってのほかなのよね」


 口を挟む隙すらない……!


「住み込みでの使用人だけれど週に二日はお休みを与えられるし門限さえ守れば外出は自由でしょう、ピアノの実力も伸ばせるでしょう、そうそうここからは徒歩圏内だしここにだっていつでも遊びに来てもらえるでしょう、あぁそれから制服も可愛いと人気なの」


「は、はぁ……」


「だから私承諾しちゃったのね。来週から来てくれても構わないと仰っていたわ!」


 私の意志は!?

 ちょ、え!?


「ちょ、ちょっと待ってくだ」


「何か?」


 私が言葉を紡ぎ終える前に、先生の瞳がギラリと光った。

 あ、この目は私に拒否権がない時の目だ。

 最早私が選べる選択肢の中に拒否という言葉はなくなったも同然なのだ。


「いえ、精一杯働かせていただきたいと思います」


 それ以外何と言えただろうか。


 そのまた翌日、私は先生に連れられて新しい職場に挨拶をしに行く事になった。

 先生に「ここよ」と言われ立ち止まり、見上げた先にはお屋敷以上お城未満、想像を遥かに超える大きさの建物が聳え立っていた。

 私は子爵と聞いて微かに侮っていたのだ。爵位についてはそこまで詳しくないけど子爵ってそんなに上じゃなかった気がしていたから。


「こっちがトーン様のお屋敷でそっちの離れが使用人と騎士が入るお部屋だそうよ」


 ということは私は今後、あの離れに住み込む事になるのだろう。

 レンガ造りの素敵な建物で窓を見る限り三階建てらしい。そしてお屋敷とは渡り廊下で繋がっているようだ。

 私の意志に関係なく決められた職場だったがこんなに素敵な建物で生活出来るなら別に良いか、と思ってしまうゲンキンな私が居たりして。

 門の中に入ると、綺麗な女性が出迎えてくれた。

 この人も使用人ということだが……どう見てもメイドさんである。

 可愛いなぁと思っていたけど……ちょっと待ってこれ私も着る事になるの……? うわぁ不良トリオに見られたら100%バカにされる……!


「お久しぶりです先生。貴女が来週から来てくれる子ね、初めまして」


 彼女は先生に挨拶をした後、私にもペコリと頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。


「初めまして、おそらく来週からこちらで働かせていただきます」


「あ、自己紹介は働き始める時でいいわよ。先に聞いちゃったら皆にズルいって怒られちゃうもの」


 私の言葉を遮りながら、ふふ、と口元を手で覆って笑う彼女はとても綺麗だった。

 そんな彼女に案内されて、私と先生は応接室に通された。

 なんともいえない緊張感に包まれたその部屋にトーン子爵が入ってきたのはそのすぐ後だった。

 私達がソファに座っていると、さっきの彼女が開けたドアから先生と同世代と思われる初老の男性が入ってきた。

 こんな時の礼儀なんかを聞いていなかったのだが、うっかり日本人時代の記憶が戻ってしまった私は彼が入ってくるなり立ち上がってしまった。


「初めまして、トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルと申します」


 しっかりと頭を下げると、初老の男性から、ほう、という呟きが聞こえる。


「君がトリーナだね。いい瞳をしている。どうぞ、座りなさい」


 トーン子爵という人はとてもダンディでした。


 目の前ではここで働くに当っての規約だったりお給料の話だったりといった本格的な話が繰り広げられている。

 他にもトーン子爵のことは旦那様と呼ぶことだとか奥様の事は奥方様と呼ぶことだとか日常的な決まりごとも教えられた。

 今聞いただけでは覚えられないだろうから先輩に話を聞いて覚えるように、というトーン子爵、いや旦那様の言葉で諸々の説明は一旦終わった。

 ちなみに私が口を挟む隙などなかった。それはもう髪の毛一本分ほどもなかった。おかしいな、働くのは私なのだが……。


「ところで、トリーナはピアノが弾けるそうだね」


 と、唐突に声を掛けられた。


「はい、一応。少々ブランクはありますが」


 そう答えた私に、隣に居た先生がほんの少しだけ首を傾げる。

 毎日伴奏で弾いてたじゃない、と言いたいのだろう。

 しかし私は思い出したのだ。

 私がピアノを弾けていたのは日本で習っていたからなのだ、と。

 中学三年生の時の一年間以外は薄くぼんやりとしか思い出せないが、私は確かに日本でピアノを習っていた。それも幼い頃から。


「少し今の実力を見てみたいのだが構わんかな?」


 嫌です、と言える状況でもなかったのでとりあえず頷いた。

 通された部屋にあったのはグランドピアノだった。

 久々のグランドピアノに若干テンションが上がるわけだが、さて何を弾こうか。

 少し実力を見たいと言っていたし長い曲を弾くわけにもいかないだろう。というわけで、私は適当に思い出した曲を弾く事にした。

 日本に居た頃好きだった曲。

 楽譜を見なくても弾ける曲。

 歌詞を見なくても歌える曲。

 そこから辿り着いたのはJ-POPだった。

 日本語で歌うわけにもいかなかったので咄嗟にこっちの言葉に直して小さな声で口ずさみながら。

 一曲弾き終えて顔を上げると、トーン子爵は目を丸くして拍手をしてくれた。


「君はピアノも歌も出来るのだね。気に入ったよ。その詩は君が考えたものかね? 恋の詩だったようだね?」


 畳み掛けるように問いかけられたので、私はこくこくと頷いてしまう。

 なんだろう、彼の視線が急に熱くなってきているのだが……。

 っていうか日本の歌ですなんて言えなかったので自分が考えた事にしてしまったんだけど。


「珍しい、実にいいね。これは若い令嬢達に人気が出るかもしれない。トリーナさえ良ければ月に一度令嬢向けの講習を開いて欲しい」


「こ、講習?」


 あまりに唐突な話で何のことやら理解出来ない私はキョトンとするばかりだった。


「いやね、私はこの屋敷で皆が音楽に触れる機会を作っているのだよ。音楽は良いものだと知ってもらうためにね。ただ令嬢受けする講習がなくてね」


 そういえば先生がトーン子爵は音楽家を育てるのが上手いとか言っていたような……でも私なんかが講習など……


「講習を引き受けてくれればその分の給料は上乗せしよう」


「えっと」


「やりましょう」


 私が悩んで言葉を詰まらせていると、先生が横から勝手に快諾しやがった。

 やるのは私なんだぞ!

 ……給料の上乗せは嬉しいけど!

 出来る事ならやってみたいけど、私なんかが出来るかどうかわからないんだぞ!


「トリーナの顔に『やってみたい』って書いてあったもの。大丈夫よ、やってみなさいな」


 先生は本当に私の心の中を読むのがお上手だった。


 そんなこんなで私は正式にこのお屋敷で働く事になった。働き出すのは来週からだ。

 来たついでに採寸を済ませたのでその頃には制服も出来上がっているとのこと。

 あぁ……メイド服みたいな制服か……、なんて項垂れる。

 ものの見事に俯いていた私の視線の先にそれはそれは上質な靴が入り込んできて、その場でぴたりと止まった。

 何事かと顔を上げれば、目の前には背の高い男がいる。

 赤い髪のその男は、赤に近い茶色の瞳で私を見下ろしている。顔は中の上……まぁそこそこいい感じか。

 何やら睨みつけられているので私も同様に睨みつける。ここで目を逸らしてしまえば私の負けだ。


 ……っていうかあれだろ、お前あれだろ。


「……アンタそんなに背高かったっけ、赤松」


「……お前が縮んだんとちゃう? 葉鳥」


 あぁ、Aの言っていた通り、不良トリオは本当に揃ってたんだなぁ。

 そう思ったら無性に溜め息が零れそうになった。


「こらトリーナ」


 私達の睨み合いを制止する小さな声が聞こえた。

 そういえば先生が隣に居たんだった。

 あぁすみません、と先生に謝れば「謝るのは私にじゃないでしょう」と、そう言われた。

 先生以外に謝るような相手はいないはずだけど。他に誰がいるだろう? と首を傾げていると、先生にそっと小突かれる。


「トリーナが目上の人にそんな態度を取るのは珍しいわね……」


 という先生の言葉に、耳を疑いたくなった。


「めうえ……目上……?」


 私はふと赤松の姿をもう一度見る。

 頭のてっぺんからつま先までじっくりと。

 よくよく見てみると服も靴も装飾品もとても上質な素材で出来ているようだ。

 うん? なんだ、これはまさか先生が言う目上の人ってコイツか?


「俺今伯爵やで」


「……腑に落ちない!」


 Aは金持ちでBは元騎士で赤松は貴族とか!

 別に不遇だと思ってるわけじゃないけど!

 腑に落ちない!!!





 

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