不機嫌な一日
今更ですが、私は関西出身ではありません。関西弁は耳コピ。間違ってたら申し訳ない。
「ただいまー……あ? お! 葉鳥やー! 腹減ったー何か作ってー!」
「俺もー。オムライスがええなぁ」
「ええなぁメイドさんのオムライス! ケチャップでハートとか書いてな! 葉鳥作ってー!」
「それええやん、俺もー」
というAとBの言葉を聞いてから約20分ほど無言で調理タイムに入った。
「……食え」
ドン、と少し大きめの音を立ててしまいつつも、要求されたオムライスを二人の前に出す。
「……え、俺のクソって書いてある……Bのは?」
「……アホや」
AとBが出来上がったオムライスを見て小さな声でそう呟いている。
「今日の葉鳥、死ぬほど機嫌悪いで」
そんな会話から遡ること数時間。その日、私はとても機嫌が悪かった。
それは煌びやか令嬢に楽譜を寄越せと言われた翌日のこと。
私は朝早くから動き始めた。恐らくまだ誰も起きていなかっただろう。
一日中お屋敷から離れるので、一応ロゼには居所を教えたが、他は誰にも教えなかった。
万が一また煌びやか令嬢がお屋敷に乱入してきたら、と思ってお屋敷から逃げ出したわけだし、誰かから煌びやか令嬢に私の居所が漏れるのを恐れたから。
あのお屋敷内に悪意を持って私の居所をバラすような人が居ると思っているわけではないが、彼女が権力を振りかざした瞬間バレるなんてこともありえる。
ロゼにしか教えなかったのはある種の時間稼ぎだった。ロゼに聞かないと本当に誰も知らないわけだし煌びやか令嬢がそこに辿り着くまでは時間稼ぎが出来るだろう、と。
しかしこれではロゼの負担だけが大きくなってしまうので帰り際にロゼへお土産を持って帰ろうと思っている。
しかしまぁ煌びやか令嬢も昨日の今日で来るとは思えないけど。
楽譜書くのに三日掛かるって言ったし。それを煌びやか令嬢が信じてくれる事を祈る。
そんなこんなで漸くお日様が昇り始めた頃、私は静かな街の中を歩いていた。
吹き抜ける風はどこか冷たくて心地良い。
この世界にも多少あやふやだが四季があって、今は日本で言うところの秋に近い。
日本に比べて暑さ寒さが然程厳しくないのでぼんやりとしているけど。
さて、私が今目指している場所はAの店だ。
なぜなら私が自分の部屋と練習部屋以外で一日中過せる場所は孤児院かAの店しかないから。
孤児院でも良いが、万が一煌びやか令嬢に乱入されたらと思うと気が引ける。
面倒事に巻き込まれるならA達を引きずり込んだほうがいいし。
そんなことを考えている間にAの店に辿り着き、意気揚々とドアを叩いてみたが反応はない。
もしかしたら眠っているかもしれない、とドアを殴るように叩いたがうんともすんとも言わない。
唐突に、しかもこんな時間に来たのだから仕方ないとは言えなんか腹立たしい。
しかしドアを壊して中に入るわけにもいかないので私はドアの前に座り込んだ。
店の中で物音がしたらもう一度殴るようにドアを叩こう、そう思いながら。
それからどれくらい経っただろう。
店の中からは物音一つせず静かなまま。
街の人々もそろそろ起き出してきた。
もう一度ドアを殴ってやろうか、なんて思っていた時、正面から見知った人物がこちらへ歩いてきていた。
「……何してんねん葉鳥」
赤松だ。
伯爵って暇なのかな。
「見ての通りAの店に来たんだけど」
「AもBもおらんで。仕入れやって」
……まさかの不在である。
ドア壊さなくてよかった。
「マジか」
「あと1時間もすれば戻ると思うけどな。ほら鍵開けるで」
いやお前が鍵持ってんのかよ、というツッコミを飲み込みながら私は赤松の後に続いて店に入った。ドアが開くならもうなんでもいい。
「なんや葉鳥、何かあったん?」
赤松は店に入るなりそう問い掛けてきた。
「なんで?」
「顔に『機嫌悪い』って書いてあるで」
顔に出ていたらしい。
「……昨日公爵令嬢が来た」
カウンター前の隅っこの席、ほぼ私専用席になりつつある席に座りながら言う。
赤松は一旦厨房の方へ入って行った。
がちゃがちゃと音を立てているので、何かの準備をしているようだ。
「あー、講習ん時おったもんなぁ公爵令嬢。で? その足と何か関係あるん?」
……足? と首を傾げながら自分の足を見ると今も巻かれている包帯が目に入る。例の捻挫だ。
「あぁ、こっちは別件。講習の時歌った曲の楽譜寄越せって言いに来た。っていうかアンタ何してんの?」
「別件? 楽譜? 俺? あぁたこ焼き焼こうと思って準備。お前食いそびれたやろ?」
なんだろう、あの煌びやか令嬢の後に見たからか赤松が超良い子に見える。凄い無表情だけど。
そしてたこ焼き食べたい。
「楽譜寄越せって、わざわざお屋敷まで乗り込んできたのよあの令嬢。公爵令嬢って暇なの? アンタもだけど。たこ焼き早く」
「あの令嬢ならやりかねんな。プライド高いし、お前に弾いてくれって言えるタイプでもあらへん。まぁ少なくともあの令嬢は暇やろ。俺はこれも仕事の一環やし暇やないし。今焼いとるわ」
苛立ちに任せて愚痴ると、赤松はこっちを向くこともなく相槌を打つ。そして暇人呼ばわりされたことによって若干不服そうな声色になっていた。
「そもそも公爵って王都に居るもんなんじゃないの? なんでこんな辺鄙な街まで来るのよ」
ここから王都までは馬車で三日は掛かると聞いたことがある。
そこからわざわざ出向いてきたとでもいうのか。
「あの令嬢、確か隣町に住んどる。両親共に跡取り息子に掛かりっきりで娘は乳母と一緒に放り出したっちゅー話やったか」
公爵夫妻と息子は王都で暮らしていて娘だけ追い出したってことか。
……意味が解らん。眉間に皺を寄せて首を傾げていると「各家庭色々あるんやろな」という悟りきった赤松の声が耳に滑り込んできた。
「王都におった頃からわがまま放題で公爵夫妻も手に負えんようになったんやろ」
ふむ、ということは彼女は可哀想な子なのだろう。
想像してみたところ、親に見捨てられた寂しさがわがままに拍車を掛けていると見た。
年齢も私とあんまり変わらないくらいみたいだったし育ちと境遇を考えれば彼女のわがままは仕方ないと考えてもいい。
だがしかし、昨日の騎士だけは許せない。
「ねぇ赤松。あの公爵令嬢が連れてる騎士について……」
なにか知らない? と問おうと思ったのだが、その時勢いよくドアが開いた。
この店の主の手によって。
そして冒頭の会話に戻るわけだ。
仕入れから帰ってきたAは私を見つけるなり元気よく腹が減ったと言い始めた。
Bもそれに便乗して腹が減ったと言う。
さらに赤松でさえ気が付いた私の不機嫌オーラは見えていないようで、オムライスを作れと言い出した。
何だか無性に腹が立ったので、私は無言でオムライスを作ってケチャップでクソだのアホだの書いて差し出した、というわけだ。
私が厨房から私の指定席に戻る間、赤松が私の機嫌が悪い理由をAとBに説明してくれたようだ。
「あー公爵令嬢な。聞いた事あるわ。親に見捨てられて寂しいんちゃう? 今じゃ公爵家の別荘で男侍らせとるっちゅー話やったと思うで」
と、Aは言う。
「容姿だけはええもんな。あと金もあるし。何人か異常にのめり込んどるらしいな。昔の知り合いが異常者の目になっとるん見た時はゾッとしたわ」
と、Bが続く。
Bの昔の知り合い……か。
「……昔の知り合いって、騎士?」
「せやで。っちゅーかそもそも騎士以外の知り合いあんまり居てへんしな、俺。あ、葉鳥オムライス美味いで」
とりあえずオムライスに関する感想に軽く頷いて見せる。
「昨日さ、お屋敷に乗り込んできた公爵令嬢を連れてった騎士が居たんだけど、ソイツが青い騎士さんに何か言ってったんだよね」
青い騎士さんが確実に傷付いたような、嫌そうな顔をしていたから言われたくない事を言われたのは解りきっていた。
「ふーん。ほんで? それで葉鳥の機嫌が悪いん?」
と、Aが首を傾げる。
「うん。だって私が絡まれてたわけだし私に攻撃してくるなら我慢出来るんだけど、ただ一緒に居ただけの青い騎士さんに言い逃げって腹立つでしょ。しかも相手が相手だけにこっちから仕返しするわけにもいかないじゃない? 腹立って腹立って」
私の言葉を聞いた三人が、頷きながら黙り込む。
煌びやか令嬢の攻撃対象は私だったんだし、私相手に何か言ってくるのならこんなに腹は立たなかった。
それなのに全然関係ないところから出てきたあの騎士が、これまた関係ない青い騎士さんを攻撃する。
喧嘩の相手を履き違えているし無関係な人を巻き込むような奴は許せない。
許せないのに何の仕返しも出来ない事に腹が立って仕方ない。
「……っていう愚痴を零してストレス発散しようと思った。だからここに来た」
どこかでストレス発散しなければ、公爵令嬢相手に問題を起こしかねない。
そんなことになれば旦那様達にも迷惑を掛けてしまうしそれは本意ではない。
「女は喋ってストレスを発散するってやつか。ほれたこ焼き」
赤松に焼いてもらったたこ焼きを食べ、その後は大人しく楽譜を書く作業に入った。
喋って食べてちょっとだけすっきりした気がする。たこ焼き超美味しい。
「葉鳥って楽譜書けるんやな」
私の手元を覗き込んできたBに言われた。
「まぁね。日本のとちょっと違うから面倒なんだけど。ん、そうだ。Bって彼女とか好きな人居る?」
「は!? な、なんでや! 何や急に!」
うん、居ないんだな。
別に深い意味はないから気にするな、そう言ってまた楽譜と睨めっこを始めた。
夜が近付いてきた頃、店の中はお客さんがちらほら入り始めていた。
「私そろそろ帰ろうかな」
と呟くと、その呟きを拾ってくれたAが頷く。
「せやな、人増える前にBに送ってもらえ」
「じゃあ遠慮なくB借りていくわ」
「お、おう、ほな俺行って来る」
私はBと二人で店の外に出る。
赤松は調理を手伝う為にまだ残るんだそうだ。
Bと軽い雑談を交わしながら歩けば、すぐにお屋敷に到着した。
Bは門の前でくるりと方向を変えようとしていたが、私がそれを阻止する。
「ちょっと玄関先で待ってな」
そう言って引き止める。早く帰らなければ、などと文句を言っていたが聞かないふりをして。
そして私はロゼを探して食堂へと滑り込んだ。今の時間なら夕飯を摂っているはずだから。
「ロゼーお土産あるからちょっと来てー!」
案の定夕飯を食べている最中だったロゼを発見し、誘い出す事に成功した。
「お土産? 何?」
そう言って首を傾げているロゼの手を引いて玄関先まで急ぎ足で向かう。
「あれがお土産」
あれ、とはもちろんBの事。
この前お風呂で話していた紹介したい相手だ、と言えば、ロゼの顔がほんのり赤く染まる。が、ロゼは早々に気付いてしまった。
「あれ? この前不審者と間違えられてた……」
「あ、気付いちゃった? でもほら、あれは皆の勘違いだしね。Bちょっとこっちおいで!」
私が呼ぶと、Bは不思議そうな顔をしながらこっちへ歩いてきた。
「ほら、背も高いし筋肉質だし見た目は強そうでしょ? まぁちょっとアホだし顔は普通なんだけどね」
そう言ってみると、ロゼはBのことをじっと見つめている。
「……葉鳥? これ、何、え?」
「アンタ彼女も好きな子も居ないんでしょ? 美人のお姉さんとか好きでしょ?」
ほら、とロゼの背を押し二人を近づけた。
だがしかし、Bが明らかに逃げ腰である。
「な、す、こ、心の準、準備とかがやな……あ、あああ、せや葉鳥、お前あれやで、公爵令嬢んとこの騎士には気を付けときや、マジでヤバいやつやからな」
いやいやテンパりすぎだろお前。
「解ってる解ってる。そんな事今はどうでもいいから」
「どどどどどうでもいいわけあらへんやろ、葉鳥のこと心配してんねんで! っちゅーわけで俺帰るわ、店もあるし。ほ、ほなな!」
あ、逃げた。
悪気はないと思うんだけどごめんね、とかそんな事を言おうとロゼの方を見ると、彼女はほんのりと笑っていた。
「……なるほど、可愛いわね」
……どうやらお気に召したようです。




