再会
難しい設定無しのほのぼの世界にて、元不良達の日常を楽しむ小説になります。多分。
再会~巣立ちはほぼ序章のようなものです。
私は過去の記憶が殆どなかった。
どこで生まれたかも解らない、父と母の顔も解らない。
気付いた時にはメテオール孤児院という所に居た。
トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルという長ったらしい名前だけを持って。
幼少期の記憶は皆無と言って良いだろう。
それはもう見事に全くと言っても何の間違いもないほど何も覚えていない。
頑張って遡っても7年前くらいが限度で、7年前と言えばこの孤児院に入った頃だ。
要するに孤児院にくるまでの記憶が殆どないという状態だった。
ちなみに現在推定17歳なので生まれてから約10年間の記憶がないことになる。
まぁ記憶が抜け落ちているというだけで、今のところ特に不自由は無いので気にはしていないのだけれど。
ただ記憶はないのに、ピアノと料理が得意だった。
どこで覚えたのかは知らないけど、ずっと昔から触れていたような気がする。
そんな私の孤児院での役目は歌の伴奏と夕飯の調理だった。
伴奏は単なる遊びの一環なのでともかく、夕飯作りは物凄く褒められていた。
孤児院という場所柄、限られた食材しか手に入らないのに子供達は揃いも揃って食べ盛り。お腹が空いたと泣き出す子もちらほら居たとか居ないとか。
困り果てていた先生達を見て私が考案した貧乏料理……と言えば聞こえが悪いので嵩増し作戦と言い換えよう。それによって子供たちの空腹問題が解消されたのだ。
その頃にはピアノが弾けるから良い家の子説と貧乏料理が上手いから貧乏人説が鬩ぎあっていた。
私本人としては正直どっちでも良かった。どちらにせよ孤児は孤児で、自分の立ち位置が変わるわけではないのだから。
ここ数年は別に記憶なんてなくたって、今がそれなりに楽しければ良いか、そんな風に思っていた。
だって、夜になって皆が寝静まった後、父親や母親を思い出しては泣いてしまう子を見てしまったら、その子達より自分の方が楽だと思ったから。
私は父親も母親も覚えていない。覚えていないものを思い出すなんて事はないのだから。
と、まぁそんな風に考えていた日々もありました。
しかし、来ちゃうんですね、思い出してしまう時って。
それは18歳も目前となったある日の事。
私は子供達の相手をする為、孤児院の庭に出ていた。
通りに面した柵のそばで、走り回る子供達の様子を見守っていた時の事。
ふと柵の外を見ると、私と同い年くらいの男が歩いていた。身なりからして貴族ではなさそうだけど、衣服の生地なんかを見たところそこそこのお金持ちと見受けられる。
孤児院の前の道は人通りもわりとある通りになっているので、そこを誰かが歩いていてもいつもの事であり普通の事だ。何も不思議な事はない。だけど、何かが気になった。
――私は彼を知っている……?
何を見てそう思ったのか、その時は解らなかったが、彼も私を見て思う事があるのだろう。
私と同じように、何かを考えるようにじっとこちらを見ている。
声をかけてみようかと思っていた時、不意に彼が口を開いた。
「……葉鳥?」
私の目を真っ直ぐ見ながら、彼はそう言った。
そしてその声で、その名で、私の頭の中に一つの記憶が蘇った。
記憶は、ぶわ、という効果音が聞こえてきそうなほど一気に私の頭の中を駆け巡る。
彼と出会った学校という場所、彼と登校していた道、車、電線、コンビニ……この世界には無い数々のもの。私達が住んでいた日本という国。
あぁそうだ、コイツは……
「少年A……?」
私も男に声を掛けた。
そんな私の声に、彼の瞳はこれでもかと言うほど丸くなった。
私は思い出してしまったのだ。
そう、幼少期の記憶……ではなくて、それよりももっと前の『前世』というのだろうか……
とにかくこの世界ではない場所で生きていた時の記憶を。
「お前、え、は!? 葉鳥!? 何してんねんこんなところで!」
少年Aは混乱している。
……いや、私も混乱はしているけども。
私の事を『葉鳥』と呼ぶ彼と出会ったのは日本という国の大阪という場所だった。
彼とは『中学三年生』という一年間をクラスメイトとして共に過した。
今現在居るのは日本ではなくモーントという国で、大阪でもなくノーヴァという町で、この町に、というかこの国に中学校なんてシステムは無い。
誰がなんと言おうとこの世界ではない、別の世界で過した記憶が蘇ってしまったのだ。
この記憶は何なんだろう、と考えるとやはり前世と考えるのがベスト……と言うべきだろうか。死んだ記憶はないのだが。
というか彼と過した一年間の記憶だけがしっかりと蘇り、それを軸にその前後をほんのり思い出した程度で、他の記憶はわりとあやふやだ。
「何ってまぁ孤児やってんだけど。時間あるなら入る? お茶くらいなら出せるよ」
積もる話もある……というか色々聞きたい事もあることだし、是非寄って行ってほしい。
「お、おう。ほな入るわ……ホンマに葉鳥や……」
ちなみに現在日本語で喋ってるわけではないのだけど、何故か私の耳には彼の言葉が関西弁として流れてきている。
脳が勝手に補正でもしているんだろうか。いや、補正しているんだろう。だってこの世界に方言なんてものは存在していない。
そんな事を考えていると、今まで遊んでいた子供達がわらわらと集まってきた。
「ねぇねぇリーナそれ誰ぇ?」
「リーナの友達ー?」
それ、とはもちろん少年Aのことだ。
足に纏わり付いてくる子供達の頭をぐい、と押して離れさせながら「私の下僕……間違えた知り合い。ちょっとコイツとお話してくるから皆で遊んでおいで」と、流すように答える。
「はーい!」
素直で可愛い子供達はキャッキャキャッキャとはしゃぎながら走り去っていった。
「お前今下僕て……」
ふと少年Aを見遣ると、なにやら不服そうな顔をしている。
「そんな事言ったっけ?」
そんな風にしらばっくれてやれば「ホンマに葉鳥やな……! 全然変わってへん!」と少年Aは悔しそうな顔をした。そんな彼に対して、私はふふん、と鼻で笑ってやる。すると少年Aも釣られるようにクスクスと笑い出した。
一頻り笑った私達はとりあえず食堂に入り、少年Aを座らせてお茶を出す。
「お前今リーナって名前なん?」
お茶を一口啜った少年Aがぽつりと問い掛けてきた。私がさっきの子供たちにリーナと呼ばれていたのを聞いていたのだろう。
私も同じように一口啜り、ゆったりと口を開いた。
「いや、えーっと、トリーナ・キキョウ……なんだっけ?あぁ、トリーナ・キキョウ・ブラットフォーゲルだ」
「長っ! っちゅーか俺の名前覚えてへんとかなら納得いくけど自分の名前覚えてへんって大丈夫なん?」
思った通りのツッコミを頂きました。
私だって長いって思ってるよ! でも仕方無いでしょ、この孤児院に来た時に持っていた唯一の持ち物にこんな名前が書いてあったんだから。
確かそれは薄汚れたタオルのようなものだったはずで、今もロッカーの中に保存されている。
誰がその名を付けたのかは知る術も無いし今ではもう知りたいとも思っていない。
「アンタの名前ならちゃんと覚えてたじゃない。少年Aって」
「いやそれ名前っちゅーかあだ名やろ……。まぁええわ。俺今オッドって名前やねん」
まぁ確かにあだ名だけど……そう思いつつ『前世』と思われる記憶を漁ってみる。
……けれど、少年Aの名前は全く思い出せなかった。知らないんじゃないかな。
っていうかよくよく考えたらコイツ、名乗らなかったはずだ。
中学三年生の四月下旬という中途半端な時期に転入してきた私に対して、いじめる気満々のニタニタとした嫌な視線を浴びせてきた不良だったのだ、コイツは。出会った当初は仲良くなる気なんて全くなかったので、こちらから名前を聞くなんてこともしなかった。
「ふーん。少年A……いや、もう少年って歳でもなさそうだな。Aでいいか。で、Aはこの辺に住んでるの?」
「なるほど覚える気あれへんのやな。まぁええわ。ここからちょっと先のところに住んでんで。今日は下見でこの辺うろついててん。店出そうと思ってな」
そう答えつつ「まぁお前に今更名前で呼ばれるんもくすぐったいしええけど」とAは呟く。
そんなことより一つだけ気になる言葉があった。
「店とか出すんだ。あ、私そろそろ孤児院出なきゃなんないから雇ってくんない?」
そう、私ももうすぐ18歳。
この孤児院では16歳頃から外に働き口を見付けて出て行く決まりがある。
そして18歳になれば働き口があろうがなかろうが出て行かなければならないのだ。
そんな中、私は未だに働き口を見付けられていない。
というか例の貧乏料理の腕を手離したくないらしい先生達にやんわりと引き止められている状態だった。
「は? あー……もう従業員決まってしまってん。もうちょい気付くん早かったらなぁ……」
なんと、Aごときに断られてしまった。不服である。
「そりゃ残念」
「あ! 決まった従業員てアイツやで、少年B!」
不意にAの表情が明るくなったと思えば、また懐かしい名前が出てきた。
少年Bと言えばコイツとつるんでいた不良だ。
そしてAと同じように転入初日から嫌な視線を浴びせてきたうちの一人だった。
とは言えAもBも一年間で充分手懐けたのでそんなに悪い関係ではなかったはず。
目の前に居るコイツのように、再会しても友達のように接してくれるだろう。多分。
「……あーそう。少年Bも居るの」
お茶を啜りながら軽く流す。
そしてふと思い出す。彼等はいつも三人で居たはずだ、と。
先生すら扱いに困っていた面倒な不良トリオとして教室内に君臨していた。
AとBの上を行く面倒臭い不良、名前は確か……
「居る居る。ついでに赤松も。従業員ではないけどな」
そうだ、赤松だ。
喧嘩した相手を病院送りにした――実際は事故であり相手とも和解しているのだが――物凄い不良だという悪評のせいでいつの間にか学校で一番の不良として仕立て上げられていたあの男。
まぁ物凄い不良ほどではなくとも普通に不良だったので自業自得だが、そんな奴が居たのだ。
ソイツだけ名前を覚えているのは最初に座った席がソイツの隣で嫌でも覚えた、とかじゃなかったか。
なんというか、転入生紹介からの隣の席になり、先生の『おい赤松、転入生の教科書が届くまでお前が見せてやれよ』的なお決まりの台詞があって……みたいな。
あぁそうだったそうだった。じわじわと思い出してきた。懐かしいなぁ。なんて、そんな事を考えながら「……不良トリオ全員揃ってるのか」と、静かに頭を抱えながらそう呟く。
正直ちょっと鬱陶しいと思ったのは内緒だ。
……なんて、まぁ鬱陶しい事に代わりはないのだが、少しだけ懐かしくて、私はほんのちょっぴり嬉しくなった。
ひとりぼっちじゃなくなった気がして。
「俺等もさっき葉鳥と会った時みたいな感じで出会ってん。お互い顔も髪色や瞳の色も所々変わっとったんに、何でか解ってな」
と、Aは言う。
確かにそれもそうだ。
私自身の顔も変わっているはずだし、言われて見ればAの顔はこんな感じではなかった。
日本人特有の平べったい顔で、イケメンレベルは中の中……まぁとても平凡な顔だったと思う。
それが少し彫が深くなっていて日本人からは完全に離れてしまっている。
この世界でのイケメンレベルとしては相変わらず普通っぽいけど。
髪色は金に近い茶髪で、瞳の色は髪色よりも少し濃い茶色だった。
染めたわけでもカラコンというわけでもないとのこと。そもそもこの世界に髪を染める技術はないはずだしコンタクトなんて便利な物は存在しないはずだから。
ちなみに私も日本人離れした顔を手に入れた。肌の色なんかとても白い。
だがしかしAと同じように容姿は平凡だ。別に気にしてないけれど。
髪色は濃いアッシュグリーンで瞳の色は黒。そして面白いことに瞳は太陽の光りに当ると紫色に見えたりする。
「多分葉鳥もアイツ等に会ったらすぐ解ると思うで」
そう言いながら、Aは実に楽しそうにニコニコと笑う。
「会ってみたいような会いたくないような……」
そうやってごにょごにょと零してみるけど、Aはお構いなしで喋り続ける。
「会うべきやろ。Bは明日にでも連れてくるわ。赤松は無理やけど」
聞くところによると赤松はほいほい出てこられる奴ではないらしい。
しかし近い内に会うことになるだろう。
というか……会ってみたいと思っている自分が居る気がした。
この数年間、本当は少しだけ寂しかったのかもしれない。