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女神の加護と迷宮の街  作者: 神奈いです
冒険者イワンの1日
3/3

・細かいことは気にしないでください


「うぎゃあああ!!」


 迷宮の通路の遥かに向こうで人の悲鳴が聞こえ、静かになった。

 また誰かが死んだのだろう。


 チェムニツァの領主は周辺の農村から多くの人間を集めている。一部の成功した冒険者たちを引き合いに出して、成功すれば一生分の金が手に入るぞと。嘘ではない。実際に熟練した冒険者が中層や深層で狩ることができれば、数年で一生食うに困らない資金を得ることができる。問題はその確率だ。彼ら食い詰め農民に支給されるのはナイフと小さな木製のラウンドシールドが一つずつ。平均寿命は1か月を切る。

 それでも何人かに1人は十分な資金を貯め、剣士や盗賊、弓手などの武装を買うことができる。

 そしてその中から数十人に一人が中層や深層に潜れるほどに上達するのだ。


 結果、毎日何人もの若者が迷宮の魔物たちに食われ続けている。


 俺は食われない。


 俺は食われたりなんかしない!


 イワンはジャイアントバットを長剣で殴り殺しながら強く思う。


 金を貯める。貯めて少しずつ良い装備を買いそろえる。


 経験と装備を良くすれば少しずついい狩場に移ることができる。最近はごくたまに中層で狩りができるパーティに参加することができた。


 とにかく俺は死なない、そして丁度いい狩場を見つけて金を貯めて、農地を買って……俺を追い出した村のやつらを見返してやるんだ!



 ……イワン達が進むと、冒険者の遺体があった。ゴブリンにやられたのか、ひどく食い荒らされている。


 イワンにはそのボロボロの鎧に見覚えがあった。朝に宿屋で酷くせき込んでいた初老の冒険者だ。

「爺さん、お疲れ様でした……」


 イワンは爺さんのために祈りをささげると、懐をまさぐって、サイフを探し始めた。


 爺さん、食われたら負けだ。




「おい、死体はほっとこうぜ?」

「……せめて埋めてやりたい」


 爺さんの遺体を引きずって歩いているイワンを見て、リーダーのドミトリが迷惑そうに言う。


「いや、まぁ……いいや。好きにしな」


 迷宮の入口が見えてくる。

 イワンは改めて力をいれて爺さんの身体を地上に引き上げた。




   ~   ~   ~



 迷宮の入口、兵士が大声で叫ぶ。


「帰還した者は戦利品を買取所に提出するように!」

 見るとすでに買取所の周りは人だかりができていた。


 精算だ。

 ドミトリが全員から戦利品を集めて、買取所に並んだ。

「全部売却でいいか?」

「ああ、頼む」

「あと爺さんの持ってた金も山分けな、銅貨数枚だが」


 

 イワンは爺さんを埋葬しようと迷宮管理の騎士に問いかける。 

「騎士さま、迷宮で一人亡くなったのですが」

「はぁ……向こうに埋めろ」

 

 騎士はため息を一つつくと、迷宮の入口の裏手にある共同墓地を指差す。

 イワンがずるずると爺さんを引きずっていくと騎士は迷惑そうに吐き捨てた。


「ふん、冒険者のクズなど迷宮に放置しておけばスライムが食ってくれるものを!」


 イワンは聞こえないふりをしながら、迷宮の入口の裏手の土を長剣を使って掘った。

 30分ほどで人がギリギリ入るぐらいの深さになったので装備一式を脱がせた爺さんを放り込んで埋める。


 周りは同じような冒険者を埋めたのだろう、棒や墓碑がまばらに並んでいる。

 死んでここまで戻れる冒険者は幸運な方だ。基本は迷宮の土である。


「おーい、イワン、分け前配るぞー!」

 ドミトリが呼んでいる、イワンは声のする方に歩きはじめた。


 イワンが到着するとドミトリがお金を配り始めていた。

「黄石があったからな、1人銅貨14枚だ、端数は1枚だったから俺が貰う」

「異議なし」

 普段の稼ぎは1人当たり銅貨10枚程度だから、かなり良い結果だ。パーティメンバーは各自ニコニコしながら分け前を受け取った。



   ~   ~   ~


「あ、あの、ケンジ、一角ウサギの肉を残しておきたいのですが」

「ああ、いいよ?カミラの料理はおいしいから楽しみだな」


 イワンは買取所のほうを見やる。神剣ではない別の加護もちパーティが買取所に大量の素材を持ち込んでいる。男1人、女5人のパーティで中心にいるのが超魔のケンジだ。小さい身体にとてつもない量の魔力を秘めており、過去に国家間戦争に介入して攻城級魔術の数々で戦況をひっくり返したこともあるという。


 イワンはとても微妙な表情でそのパーティを見やっている。一角ウサギの肉は確かに美味しい方だ。比較的低層に居る魔獣のため、結構な量が供給されている。

 しかし、イワンは一角ウサギは食べないようにしている。



 あれは、人を食う。



「俺は人であり続けたい」

 自分のハーレムメンバーとイチャイチャしながら去っていくケンジを見おくりながら、イワンは独りごちた。



   ~   ~   ~



 イワンは宿屋に戻ると、銅貨3枚を払って少し豪華な夕食を取った。とはいっても豚のステーキ、ニンニクとオリーブオイルのパスタに安ワインがついただけだが。

 このパスタというのも「加護つき」が広めたらしい。もともと小麦を麺にして食べるという習慣は数十年前までなかったのだ。

 

 イワンは思う。「加護つき」たちは激しく世の中を変える。 

 それはいい方向でもあるし、悪い方向にも変わる。


 昔は、「加護つき」は数十年に1回、魔王を倒すためだけに降臨したそうだが、最近はあちらこちらで同時に大量発生している。まるで店じまい前の大安売りのようだ。

 そしてその増えた「加護つき」たちは急速に世の中を変えていく。


 「加護なし」はどうすればいい?


 イワンは世の中を変えるつもりはない。そんな力はない。


 イワンに出来ることは少ない。


 あぶれ農民として生まれた。

 

 冒険者として農地を得るために戦う。


 農民として農地で死にたい。



   ~   ~   ~


 

 イワンは自室に転がり込むと、薄暗がりの中で装備を外してベッドに潜り込んだ。


 今日の稼ぎは悪くなかった。


 明日は早めに起きて、せめて神官の居るパーティを探そう。

 

 冒険者としての生活は最低だし、いつ死んでもおかしくは無いのだが、イワンは希望を失ってはいなかった。

 半年の冒険者生活で金と経験が少しずつ溜まっており、それが自信につながっている。


 そして、イワンは眠りにおち、1日が終わった。

 イワンが冒険者を辞め、農地を買って念願の生活をするまで、このような日があと3891回ある。


 彼の運命(プログラム)はそうなっている。

  

 「加護もち」が乱さない限り。



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