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・細かいことは気にしないでください
イワンが迷宮についたのはだいぶ日が高くなってからだった。
チェムニツァの街は迷宮を中心に発展してきた。街の中心部に石壁で囲んだ広い広場があり、その真ん中にぽつんと迷宮への入口が口をあけているのだ。迷宮の入口には厳めしい鎧に身を包んだ騎士が兵士たちを連れて警備にあたっており、その周りにはパーティ編成中の冒険者たちが十数人うろうろしていた。
いつもはもっと早く迷宮に潜るため、パーティメンバーも厳選できるのだが、今日はやむを得ないだろう。各パーティの前には小さな黒板があって、目的地、必要人数などが書いてある。イワンは冒険者たちの周囲をぐるっと回って低階層行きのパーティを見つけて参加することができた。パーティ編成が良ければ中階層にも潜っているのだが、パーティの実力が分からない以上、安全が最優先だ。
「イワンだ、剣を使う」
イワンは簡潔に自己紹介を行い、他のメンバーも口々に自分の武器を述べていく。他のメンバーは剣士が男女1人ずつ、短剣と身のこなしで戦う男盗賊が1人、小さな複合弓を持っている女弓手が1人だ。リーダーは男剣士でドミトリというらしい。魔法使いも神官も無し、まぁ居るほうが珍しい。今日は女冒険者が居るが、この仕事に男女は関係ない。全身を皮鎧や金属製の胸当てで武装して、髪を適当に縛り、薄汚れた顔をしているとそもそも男女を見分けるのも難しいぐらいだ。
「じゃあ盗賊が索敵しつつ、敵を発見したら盗賊の合図で弓手が先制攻撃、剣士が一斉に斬りかかって一匹ずつ確実に仕留める。あとは都度指示する」
ドミトリが基本的な作戦を説明すると、全員ゆっくり頷いた。魔法がない以上、そんなに戦闘のパターンは多くないのだ。打ち合わせを終えて立ち上がろうとするとドミトリが何かを見かけて不愉快そうに吐き捨てた。
「……ちっ、『加護もち』が来やがった」
~ ~ ~
迷宮広場に入ってきたそのパーティは奇妙な構成をしていた。
黒い髪に黒い服を着込んだ長身の剣士風の男が1人に年若い女性が4人。女性たちは全員赤い首輪、奴隷のしるしをつけている。
「もう、ご主人さまったら、こんなに遅くなっちゃったじゃないですか!」
「悪い悪い」
長い金髪を後ろで束ね、尖った耳をだしたスレンダーな女奴隷が黒髪の剣士に文句をいう。魔法の発動体の杖を持っているからおそらくエルフの魔法使いだろう。
「だって昨日、シルファがご主人さまを離さないから悪いんだぜ?」
赤い髪を両側に三つ編みで垂らしたの背の小さな女奴隷が言い返した。ドワーフの戦士か。
「あら、ティカだって朝から何かしてたじゃないですの」
メイスを持って神官服を着込んだ豊満な体つきの青髪の女奴隷が横合いから口をはさむ。人間族の神官だな。
あと、子供のように見える獣人族の盗賊に、人間族の弓手が話に加わってぐちゃぐちゃ何か言い合いをしている。
周囲の冒険者たちの敵視の視線を気にせず、そのパーティは迷宮の入口に向かうと、迷宮案内人に多額の銀貨を払って深層階にワープしていった。
~ ~ ~
「くそっ、俺もそのうち金を貯めて……」
ドミトリが悔しそうに呟いた。
あきらめろ、あれは別の生き物だ。イワンは思う。
この世界には数千から数万人に1人、「加護もち」が産まれることがある。彼ら、彼女らは何らかの特技を生まれつき持っているのだ。それは想像を絶する剣術だったり、恐るべき魔術だったり、技術の知識だったりする。
今通りかかったのは神剣のクロタ。よく恥ずかしげもなくこんな名前が名乗れるものだが……たった3か月前、彼はこの迷宮の街、チェムニツァにたどり着くと、たった1人で低層階を突破。中層階で狩り続けて金を貯め、今の奴隷たちを買い集めたのだ。この迷宮にはクロタのようなパーティが彼を含めて全部で3つ居る。パーティのリーダーは全員が「加護もち」の男女で、それぞれ独自に活動している。街の神官や宿屋の看板娘などを美人な順番にパーティに引き込んで、女ハーレムや男ハーレムを作っているそうだ。
これら「加護もち」のパーティはそれぞれ深層階を攻略中であり、迷宮の謎を解くのは「加護もち」パーティのうち誰かだと噂されている。
そう、我々一般冒険者ではない。
冒険者、特にこの迷宮の街にたむろしているのは、周辺の農村の余剰人口である。50年ぐらいまえに医聖と呼ばれた女の「加護もち」が降臨した。彼女はさまざまな薬草や簡易な治療魔法を紹介し、防疫や消毒の概念を広め、産褥熱を撲滅し、子供を病から救った。結果として、農村の人口は数十年で3~4倍になった。
農村の土地は有限である、子供に分け与える土地はどんどん細分化され、農村は貧困にあえいでいる。農村で余った人口は都市に流れ込むが、都市もそれほど多く仕事があるわけではない。そして食い詰めた男女は迷宮に潜るのだ。イワンもそういう食い詰め農民の一人である。
~ ~ ~
迷宮の中は、暗く、生臭い。石畳はじっとりと濡れ、空気は淀んで薄い瘴気が含まれている。
「来たぞ」
盗賊がゴブリン3匹を見つけ、たいまつを前方に投げた。とおくでぼんやりと見える妖魔の影をめがけて、弓手が次々に矢を放つ。
ギャッ! ギャギャッ!
1匹が倒れ、のこりの2匹が怒りに燃えて襲い掛かってきた。盗賊は素早くパーティの後ろに隠れ、イワンと残り2人の剣士が前に立った。
「おおっ!!」
イワンが雄叫びとともに1匹のゴブリンの頭部に長剣を叩きつける。
ゴチュ……
嫌な音とともに、ゴブリンの頭部が潰れ、動かなくなった。
ザシュッ!
残った1匹も剣士たちに斬られ倒れ伏した。
さっそく短剣を出してゴブリンの体内を探る。
「ん、黄石があった」
「おおっ!」
ゴブリンから取得できる戦利品は粗悪な作りのゴブリンナイフと、たまに入手できるこの黄石だ。魔術の材料になり、ある程度の値段で売ることができる。これで少なくとも赤字はないだろう。
~ ~ ~
イワンのパーティは延々と進み、中層階への入口に近づいてきた。
中層階への入口を見てリーダーのドミトリが言い出す。
「なぁ、このパーティなら中層にも行けるんじゃないか?」
事実、低層での戦いはほぼ無傷に進んでいた。中層でも戦えなくはないだろう。しかし。
「断る、せっかく低層で安定しているのに行く必要はない」
イワンは断った。ドミトリが食い下がってくる。
「なぁ、イワン。戦力ならさっきから見る限り十分だろ?少ない敵とだけ戦えば……」
「どうしてもというならパーティから追放してくれ」
「……わかった、やめておくよ」
神官がいない以上、一撃を喰らったら戦闘能力は一気に落ち込む。いざという時の秘薬を1個だけ持っているが、こんなものを使ったら大赤字だ。
そして1~2人が負傷した状態で戦えるほど中層は甘くない。
低層階の魔物、ゴブリンやジャイアントバット、一角ウサギなどを狩りながら、迷宮の出口まで引き返すことになった。