土足厳禁。日本人ですから
私は上機嫌で家路に着いていた。
あの後、城門前から開放された私は黒竜様と翠竜様達がお城へ向かう姿も見ることが出来たのだ。お使いは随分遅くなってしまったけれど、お祭り前だし仕方が無いねぇ、と奥さんは笑って許してくれた。私がお使いに出ている間、馬屋の旦那さんも奥さんも仕事の手を休めて竜の姿を拝んでいたらしい。
私は馬屋近くの小さなレンガの家の前で足を止めた。実は此処、旦那さんの親戚が使っていた別宅で今は私が間借りしている。本当は本宅で一緒住んでもいいんだよ、と言ってくれたのだが遠慮した。とてもありがたい申し出だけれど、やっぱり他人の家庭に入るのは勇気が居るし、気を使ってしまう。一人暮らしの方が気軽で良かった。
鍵を開けて中に入ればそこは十畳一間のシンプルな家。風呂・トイレは仕切られて、一つの部屋にベッドルームとキッチン、リビングが一緒になっている。私は玄関で靴を脱いで家に上がった。
此処は欧米と一緒で基本的に靴を脱がない。けれど生粋の日本人の私にはどうにも落ち着かなくて、いつも靴は脱いでいる。これが本宅に住まない理由の一つでもある。上着は脱いでハンガーにかけ、荷物をベッドの上に置いた。
(いよいよ明日は新節祭かぁ)
うきうき気分で台所に立つ。今日の夕飯は奥さんからおすそ分けしてもらった鶏肉と野菜の煮込み。後は買い置きしているパンを焼いて、オレンジを切って、お茶を淹れれば準備は完了。面倒見の良い奥さんは大抵夕食のおかずを分けてくれるので大変助かっている。正直簡単な料理は出来るけど私の頭の中にはレパートリーが無いのだ。今日も料理上手な奥さんに感謝して夕食を食べ始めた。
(明日が新節祭ってことは、もうすぐ一年経つんだ)
私がこの世界に来たのは春節祭の時。この世界の一年の始まりは新節祭当日で、その三ヵ月後には春節祭がある。一つの季節が三ヶ月。節が五回あるため、此処の一年は十五ヶ月である。明日は私がこの世界に来て十二ヶ月目の日。地球生まれの私からすると一年経った感覚なのだ。
いくら私がファンタジー好きだからと言って、当然いきなりこの世界にトリップして喜んだ訳じゃない。目が覚めたらいきなりお祭騒ぎの知らない土地で、日本人らしき人はどこにもいなくて途方に暮れた。正直泣く余裕も無かったくらい。
頼れる人も縋るものもなくて、唖然とするしか無かった私を助けてくれたのが街を警備していたルードという名前の騎士さん。迷子と言うには年を取り過ぎた私を保護してくれたのだ。その後教会へ連れて行ってもらい馬屋の仕事を紹介してもらって、今に至っている。
(迷子、か)
思い出すのは迷子の少年、リアスくん。彼を王城前まで案内して、王族の方を初めて間近に見ることが出来たりと、今日は忙しい日だったなぁ。
(ま、いっか。明日は新節祭だから早く寝よーっと)
明日は早起きして、初の新節祭を存分に楽しむのだ。




