風と竜
「……殿下は間違ってるよ」
そう口にした言葉は情けなくも震えていた。
分かったしまった。リーリアス王子がどこまでも本気で私を、こんな私を好きだと言ってくれていることを。だからもう、これ以上隠すことは出来ない。
私は腹を括って、先ほどの言葉の真意を計りかねている彼の顔を見た。
「私ね、この世界の人間じゃないの」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。私が生まれて育ったのは此処とは全く別の世界。国じゃないよ? 世界そのものが違うの。その証拠に私のいた世界に竜なんて生き物は存在しなかった」
「…………」
「訳分かんない事言ってると思うでしょう? でもね、私にとってはそれが真実なの。今はヘルケさんの所で働いているけど、元々は身分を証明することさえ出来ない、曖昧な存在なんだ。それにね、私多分だけど、……元の世界で要らない存在だったらこっちに来ちゃったみたい。だからダメだよ。私みたいな身分の怪しい、価値の無い人間を王子様なんて立派な人の傍に置いたら……」
「カノン!!」
突然の大声。びっくりして泣くことも忘れていたら、その隙にリーリアス王子の顔が間近に迫っていた。そして再び重なる唇。それは先程とは違い触れるだけの、優しくて温かい口付け。
「ど…して……」
ダメって言ったじゃない。けれど王子は私を遠ざける所かきつく抱きしめた。
「……俺が間違っていた」
あぁ、やっと気づいてくれたの? そうだよ。私なんかを大切な相手に選んじゃダメなんだよ。
「俺もカノンも勘違いしていたんだ」
「え?」
「カノンは要らないから此処に来たのではない。俺が必要としたから此処に居るんだ」
私は、要らないから元の世界からはじかれたのではないの?
「俺が求め続けたから、願い続けたからこの世界に来たんだ。俺の願いはもう叶っていたんだな」
君の言う通り要らないからではなく、君の願いを叶える為に私が此処に来たと言うのなら、私はちょっと救われる。それに、
――俺が地竜のように求めて求めて求め続ければ、いつか俺のものになってくれるのか?
君の願いがもう叶っていると言うのなら、私の答えは一つしかないじゃない。
「カノン。俺の風。お前が居なければ、俺の翼は意味など持たない。お前がいてくれなければ俺はただの地を這う竜だ。お前が居て初めて俺はこの世界の空を自由に飛び回ることが出来る」
心の底から唯ひたすらに私を求めてくれる言葉。誰かの代わりじゃなく、おまけでもなく私自身を見てくれるエメラルドグリーンの瞳。
「私……ここに居てもいいの?」
「カノンじゃなきゃ嫌だ」
それは元の世界で得られなかったもの。
私、この世界に来れて良かった。君がいるこの世界に来れて良かった。
(私を願って、願い続けてくれてありがとう)
私は君のものになる為に“此処”に来たのね。
そう思ったらストンと胸に落ちた一つの言葉。君はこの言葉を受け取ってくれる?
「ねぇ、リアスくん。私ね――……」




