地は天に恋をする
「護国には『天地の竜』という昔話がある」
それは私の一方的な話が終わり、こんなこと言われても困らせるだけなのに、と自己嫌悪に陥った後リーリアス王子が言った言葉だった。
「天地?」
「昔、竜は今のように翼を持った姿ではなかった。大地の上を駆ける為に足の筋肉が発達した竜と、雲の上を泳いで生活をするために手足が短く、蛇のように胴の長い竜に分かれていたのだ。それぞれは地竜、天竜と呼ばれていた」
だから何、とは言えなかった。私を抱きしめたまま静かに語るリーリアス王子の声は真剣で、同時に体に響くような心地良さがあって、彼の言葉を遮ることはしたくなかった。
「ある日、地竜は天竜を見つけたんだ」
天を泳ぐ竜と地を駆ける竜。決して混じることのない両者だったが、ある時空を見上げていた地竜は雲間を駆ける美しい竜の姿を見た。そして忽ち恋に落ちた。けれど相手は手の届かない遥彼方で生きる天竜。いくらその想いを叫んでも天には届かず、美しい鱗に触れることさえ出来はしない。だから地竜は願った。空を飛ぶ為の、天竜の傍に行く為の翼が欲しいと。翼を求め、天竜を求め続けてついに地竜の願いが叶った。
「それが、今の竜の姿?」
「そう。大地を駆ける足と空を飛ぶ翼を持つ竜。今の俺達だ。地竜は求め続け、願い続けて翼を手に入れた。恋する天竜の傍に行く為の翼を。俺は初めてこの話を聞いた時、ばかばかしい話だと思ったんだ」
「えっ、どうして?」
すると彼は私を閉じ込めていた腕を緩めた。自然と私達は体を離し、互いの顔を正面から見る。
「幾ら好きな相手だからと言って願っただけで翼が生えるなど、とんだ子供だましだと。けど、今ならそうじゃないって分かる」
リーリアス王子の目はどこまでも真っ直ぐで、宝石のような美しいその目に映っているのが自分だと思うと信じられない気分だ。
「愛しい相手を想う気持ちがどれだけ苦しく、どれだけ強いものか。愛しいものの為ならどんな奇跡だって起こせるんだ。カノン。お前は、地竜のように求めて求めて求め続ければ、いつか俺のものになってくれるのか?」
リーリアス王子のもの。それはつまり、彼の恋人。将来の伴侶。私が……簡単に拒絶してしまったもの。
「お前が俺のものになるのならどれほどの永い時間だって耐えてみせる。身分を気にするのなら血族を抜けても構わない」
それは王族を止めるという事? そこまでしておかしいよ。そんなことする必要なんてない、私にそんな価値なんて無い。だって私は――
(要らない子なのに……)




