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Episode1. ― 日々。

 布団は重たい。重たくって、不似合いな程に綺羅びやか。

なのに落ち着けない。寒い。



 どうして、どうしてだろう。あまり…寝付けない。

寒くって、胸の底まで凍ってしまいそう。眠い訳でもないのに、布団から顔を出したくない。


 首筋から胸元を経て……手首に至るまでの筋が、冷たく痛むんだ。最近は…寝間着を着込んでいる。いや、布団の中で服を着るなんて不潔だから、わざわざ冬の寝間着を引っ張り出してもらった。

寝間着の――身体に引っ付く感覚には、未だ慣れない……農民は別として、私達は就寝中に服を着ないから……。



 ……――っ!?


……違う…廷臣の足音だ。もう…※そんな時間か。皆が目を覚ましたのだろう……。

私は過敏だ。臆病だ。そうなんだ。それでいい……。もう知らない…。いい…。


(※ ラドノルサ人は基本的に二相睡眠(数時間寝て、数時間起きて、数時間寝る。)を行う。現在は第一睡眠と第二睡眠の狭間。)


 ……最近、調子が良くなってきたと思っていたが――涙が止まらない……寒くって…少し痛い…変わりなどない……。














 ……どうしても、私は生にしがみつくのだ。

祖父が魔王を死に至らしめた時、生の執着など無かったであろう。あの牙城で、巣窟の奥底で、恐るべき魔族の大王に……刃を向けたのだから。


 たが、私は……内から胃袋を喰らい蝕む魔だ、寄生虫だ。それでいて、死を思わぬのだ。

馬鹿らしい。笑いたいよ。笑いたい。












 「主様、主様?」…と、嫌な声が響いて――ふと…私の肌に…忌々しい(・・・・)陽光(・・)を感じた……。あの窓……目を覚まさざるを得ない、朝だ(・・)


……ぁぁああああああ…ぁぁぁ……。


嫌だ。寝ていたい。ぶかぶかした寝間着を纏わせて、重い布団の中で寝ていたい。

ずっと。ずっと。


 「主様、昼の御食事の有無についての確認をば……。」

この声は――イリトナ。私の宰領(補佐役)…。イヤな男(・・・・)

……一介の小隊管区長官(ただの下級貴族)に過ぎないが、アクェラシュの姓を同じくする者だ。我が所領の民政を取り仕切るのは――基本的に彼…イリトナである。


 「…食欲が無い…すまないが、食べられない……。」

精一杯、声帯に力を入れたつもりだったが、その声は普段とさほど変わらなかった。


「……承知致しました。本日は――午後にホルサナ様が御見舞いに参られますので、それまでには御起床ください。」


 ……はぁぁぁあああ……ぁぁ……。


 嫌いだ。この主人にはそんな気力もないと分かっていながら、この廷臣は私に重労働を強いるのだ。

昨日は民会への参加…一昨日は陳情者の対処……そして連日の書類作業。書類、作業。何か理由を付けて私を目覚めさせようと――それをする力はあるのに、私のサインが無ければ実行できないなんて笑いものだ。

…官僚主義は嫌いだ。封建主義やら部族やらの蛮族共は、ただ集まるだけで良いのだろう?




 ……にしても…〝ホルサナ〟…サナか……。

先日……我が弟のサナから、私の体調を心配する旨の…少し重々しい書簡が届いた。

まるで旅先の子を心配する母親のようで、わざわざ私の所へお見舞いに来てくれるとも……書かれていた。



 サナは……私と違って、祖父の勇敢さを強く受け継いだらしかった。誇らしいような、羨ましいような。妬ましさを思った事など無いが、普通はそう思うものなのだろう。

幼少の頃、あの苛めっ子が私に石を投げた時、そいつに巧妙な罠を張って仕返ししてくれたのは、サナだった。

 何をしたのか分からないが、苛めっ子の左脚は、叫び声を経てズタズタに……。


……。


 ……私は罪悪感に囚われて、半年程…寝込んでしまった。その苛めっ子の…穴だらけの脚を思い出す度……――彼は(・・)傷がもとで(・・・・・)感染症(・・・)に罹り(・・・)亡くなった(・・・・・・)

私が殺してしまったようなものだと、今でも…ふと思うし、当時は痛恨の思いだった。でも…そんな時に……私を救ってくれたのが…やはりサナだった。



 やっぱり……頑張って起きようと思う。ただ、少しの間だけ…このままで居させて欲しい。

そこの扉を開ければ、書類の束を抱えたイリトナの悪魔が待っている。まだ、戦う準備ができていない。


……いや、何を言っているんだ私は…。











 「兄様。

……寝過ぎです。」

「ふふっ――。」

「笑わないで。」

 不思議だ。サナと話していると……何だか、既視感を覚えて仕方がない…。

心を覗き込むような目つき……感情を感じられない平坦な声色……それでいて、表情は色鮮やか……。


 …まるで……母のようだ。


 「足取りが覚束ないようですが、運動など…何かなさっていますか?」


…運動……運動と言えば――。


…。


 ……何もしていないじゃないか…クソッタレ、あぁ……私はきっと…バツの悪そうな顔をしているだろうな……。

「寝返りを少々……。」

「まぁ…そうでございますか。」サナはそう言って、にっこりと微笑む。微笑むのに、声色は地平線を這うように一定で…何だか責め立てられているような気分になる。

まるで、針で胸を突きながら――抱き寄せて頭を撫でるような、そんな会話を……サナは常に繰り出してくるのだ。それが…妙に落ち着くというか……何と言うか…。


……分からない。上手く…心の中でも説明できない。


 「室内運動も宜しいですが……陽の光を浴びるなどは(・・)如何でしょうか。」

「などは…。」

「例えば…乗馬訓練や模擬戦闘など(・・)……。」

「など…。」

「ちょっとした散歩程度でも(・・・・)宜しいのです。」

「程度でも…。」

 陽の光だなんて鬱陶しくって鬱陶しくって…ほら、神話の太陽神ヴェヘッテだって本当に鬱陶しい存在なんだから、そうであるに違いないんだ。

 外に出たくない……せめて…せめて夜間に外で黄昏れる程度なら――あぁあぁ…それも無駄だった。夜の中庭、誰も私を照らさない。それは良かった。静寂を知りたくって、歩んで、歩んで……歩道の段差に腰を下ろしたのだから。



 ふと、耳にした。戸棚を開いて、何かを取り出し、それを閉じて、歩む。……そういった音(生活音)を――。




 ――夜中の庭に、一体……誰の姿が見えようか。

誰も居ない。私が一人…彷徨っているだけ。それでいて、客間の生活音が嫌でも響いてくるのだから、まるで…この世にただ一人佇んでいるような、酷い寂しさを感じてしまう。

…昼間でも夜間でも、やはり外には出たくない……。





「もちろん、それが難しい…事であるのは、重々理解しておりますから…。

ですので――如何でしょうか、今夜――。」


「――主様!」


今夜……と、サナが言いかけた時…あの口煩い宰領が水を差してきた。

 私は戸惑いながら、声の主――イリトナの姿を顧みると、何やら酷く焦っている様子……。

嫌な予感がする。この焦燥ぶりは以前にも(・・・・)――。


「ラドノッサ=ガランガン大隊管区より急報!遊牧民(ノマド)の越境です!」


……今年も(・・・)この(・・)時期が(・・・)来たか(・・・)


第一章 ― 天高く馬肥ゆる秋。

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