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Lightning Love

作者: 森の ゆう

世界は、初めから二つに引き裂かれている。

 僕たちが生きる色彩豊かな「陽」の世界。そして、その同じ場所に重なり合いながら、決して交わることのない、透明な「陰」の世界。

 木下航がその残酷な真実を知ったのは、二十八歳の夏、激しい雷雨に閉じ込められた古びた神社の境内だった。

 バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨が、都会の喧騒を塗りつぶしていく。社殿の軒下で雨をやり過ごしていた航は、ふと、隣に立つ人影に気づいた。

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 紺色のワンピースを纏い、真っ直ぐに雨を見つめている。だが、彼女の姿は陽炎のように揺らぎ、時折背景の木々が透けて見えた。周囲で雨宿りをする人々は、彼女に肩が触れそうな距離にいながら、誰もその存在に気づいていない。

「……見えているの?」

 不意に、少女がこちらを向いた。その声は、耳に届く音というより、脳の奥で直接震える微かな振動のようだった。

「君は、誰だ」

 航が問いかけた瞬間、天を裂くような巨大な白光が世界を灼いた。

 ――カッ、と。

 至近距離への落雷。凄まじい熱量と電気が大気を震わせたその刹那、奇跡が起きた。

 透き通っていた彼女の姿が、鮮明な色彩を帯びてこの世界に固定されたのだ。濡れた髪の質感、震える睫毛、そして驚きに見開かれた瞳の輝き。

「熱い……」

 彼女が呟き、航の手を握った。その指先からは、火傷しそうなほどの熱と、柔らかな肌のぬくもりが伝わってきた。しかし、遅れてやってきた轟音が空気を震わせ、閃光の余韻が消えると、彼女の手はふっと抵抗を失い、航の指をすり抜けて透明に戻った。

「私は志乃しの。あちら側の世界に取り残された、迷子なの」

 それが、二人の恋の始まりだった。

 それ以来、航は雨が降るたびに神社へ通うようになった。

 志乃は常にそこにいた。透明なまま、航の隣で微笑んでいる。しかし、雷が鳴らない限り、航は彼女の姿をはっきりと見ることも、その声を聞くこともできない。二人は、いつ落ちるとも知れない稲妻を待ちわびる、異常な恋人同士となった。

 晴天の日は地獄だった。航は隣にいるはずの志乃に向かって、独り言のように語りかける。彼女が何かを答えてくれている気配はする。だが、その想いは世界の境界線に阻まれ、決して届かない。

「触れたい。君の声を、本当の耳で聞きたいんだ」

 航の願いは、次第に狂気を帯びていく。雷が鳴る数秒間だけのために、彼は人生のすべてを捧げるようになった。

 八月の終わり、街を巨大な台風が飲み込もうとしていた。

 テレビの予報は、記録的な落雷の危険を呼びかけていた。人々が窓を閉め切り、怯える夜。航は志乃をこちら側の世界へ引き寄せるため、禁じられた境界を解く「導体」を手に、社殿の最も高い場所へと登った。

 激しい風が吹き荒れ、木々が悲鳴を上げている。

「航くん、ダメ! 下りて!」

 雷光が走るたび、志乃の姿が鮮烈に浮かび上がり、悲痛な叫びを上げる。

「志乃! 君のいない色彩なんて、僕には意味がないんだ!」

 航は突き出した鉄の棒を握りしめ、天を睨んだ。

 空が割れた。巨大な光の柱が、航を目掛けて振り下ろされる。

 その瞬間、世界は静止した。

 肉体を灼くような激痛と、全身の細胞が沸騰するほどのエネルギー。航の意識が「陽」から「陰」へと引き裂かれそうになったその時、志乃が彼に抱きついた。

「一人で行かせない。一緒に行くわ、どこまでも」

 二人の体が強烈な電光に包まれ、一つに溶け合う。

 稲妻の熱量が、二つの世界を隔てる壁を焼き切った。0.3秒、いや、もっと長い永遠のような光の中で、航は志乃の唇の温もりを知った。それは、この世のどんな色彩よりも鮮やかで、どんな音楽よりも美しい旋律だった。

 ……翌朝。

 神社には、折れた大木と、焦げた鉄棒だけが残されていた。航の姿は、どこにもなかった。

 警察の捜索も虚しく、彼は神隠しに遭ったかのように消えてしまった。

 だが、それ以来、その神社では不思議な噂が囁かれるようになる。

 激しい雷雨が降る夜、社殿の軒下を覗くと、寄り添って笑う二人の男女の姿が見えるのだという。

 彼らはもう、雷を待つ必要はない。稲妻が焼き切った境界の跡、二つの世界の「隙間」で、彼らは永遠に触れ合い、語り合い続けている。

 空が光るたび、二人の笑い声が雷鳴に混じって届く。

 それは、この世界で最も美しく、最も残酷で、そして最も幸福な、鳴神の祝福だった。

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