#1 日記の代替を
日付を書き、その日にあった出来事と体調を記載する。
そんなカルテを紙に書き記す。
紙には換えがいくらでもある。パーツには換えはあるけれど、限りがある。そして、君には換えがない。
そう、覚えている。
記録を始めたのは6月。梅雨の終わり頃。
湿度70%前後の環境は、まだ紙の保存には不向きと言えた。
湿気を帯びた紙にわたしは記録を始める。
あなたの名前は姓と名の構造をしていない。
自身を寓話と括るあなたの、深緋の瞳孔を視認できなくなる。
空室だらけのこの館に、扉は二つ。
玄関と、あなたの部屋の扉のみ。
そうして書き始めた記録がカルテではなくなったのは3日前。
6.2畳の部屋から出る日のこと。
内開きの扉を止める金具を隠して置かれた段ボールから、120サイズのものを取り出す。
ナースバン90×70mm120枚入が8箱入る段ボール箱に、あなたは本を詰めていく。
105×148mm。128×182mm。135×188mm。148×210mm。
噛み合わない大きさで底を隠す。
148×210mm、135×188mm、148×210mmで詰めた本は、段ボールの厚みにより僅かに曲線を描いた。
積み上げるほどに増す傾きに、あなたは蓋をする。
わたしの進捗を聞かれる。
文具、家電、食器、調理器具。
本以外をわたしが担当していた。
緩衝材で包装し、衣服で隙間を埋めた段ボール箱は、あなたの詰めた箱より幾分か軽い。
3箱目を積み上げ、残りがデスク周りだけであることを告げる。
一言、短い返事をし、あなたはデスクへ向かう。
子供用の勉強机には引き出しが5つある。
文具。電子機器とコード。小物。娯楽品。
予め棲み分けられた固まりを半透明の袋に詰め、わたしの前に置いていく。
置かれた袋を拾い上げ、結び目を作り、仕舞う。
袋は空気を含み、互いに距離が生じた。
あなたは最後の引き出しを開ける。
そこには142枚の紙がある。
寓話『ミザリィ』のカルテ。
鍵は壊れていた。
鞄を持たないわたしにはもう持ちきれなくなってしまった束の、その1枚目をあなたは手にとる。
小さな声量で「空白ばかり」と漏らしていた。
二枚目を手にすることなく引き出しは閉まる。
あなたは素足でわたしの稼働範囲に入り込む。
深縹の虹彩に、オレンジの色彩が映りこむ。
深緋の瞳孔は半円を象っている。
あなたの瞬きを4度視認し、視覚を遮るように伸ばされたあなたの腕を掴む。
それ以上近づくことのなくなった手から徐々に力が抜ける。
掴む力を抑えると、あなたの腕は胴の横へと収まった。
口内が確認できる距離で、あなたは発する。
日記の代筆を。




