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それなら私はこの家を出ます 〜あとは妹に全部任せればいいと思いますね   作者: 野良うさぎ(うさこ)


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2/7

少女は少年と出会う

「蓮夜……様ですか……。私は七里ヶ浜スミレと申します。あの、この街で私に関わると面倒になります」


 彼は自分の事を蓮夜と名乗った。


 デパートの屋上にある神社でちょっとだけお祈りをした後、私たちは二階の台湾喫茶店に入った。困った、私はお金を持っていない。その事を彼にいうと、『いいからついて来い』とだけ言い放った。


 蓮夜様はタピオカティーなるものを2つ頼み、席に座る。


 私は居心地が悪かった。こんな風に買い食いは許されていない。というよりもお金を持っていないから、お店に入るっていう選択肢がなかった。


「飲まないのか? このチェーン店のお茶はうまい」

「で、では……失礼します」


 私はタピオカティーを一口飲んだ。思わず「ごほっ、ごほっ」と咳き込んでしまった。

「お、おい、大丈夫か? タピオカが喉に詰まったのか? 泣いているのか?」


 蓮夜様がオロオロと困ってしまった。でも、私もどうしていいかわからない。だって、涙が止まらなかった。


「違うんです……、違うんです。……美味しすぎて、こんなに美味しいものを飲んだ事なくて……。びっくりして涙が勝手に……すみません」


「謝る必要ない。……とにかくゆっくり飲め」


 私はコクリと頷いた。


 ***



「その力を誰にも見せた事がないのか?」


「一度だけ学校の先生に見せましたけど、馬鹿にされて終わりました……」


「そうか……、なら、その力は誰にも見せない方がいいだろうな。それは『龍の巫女』だけが使える力だ」


 私が落ち着いてきたのを見計らって、蓮夜様は私の力に付いて話し始めた。


「龍の巫女って何ですか? 一体どうして私が……」


「……『龍の巫女』は百年に一人しか現れない。その巫女は龍と婚姻を結ぶとされている。だから、人間は龍の巫女を利用して、龍の力を得ようとする。それは悲劇の元なんだ……」


「そうですか……。。あんまり難しい事は私にはわからないですね。とにかく、この力を見せなければ大丈夫ですね」


「……ああ、そうだな、使わなければバレない。まあそんな事はどうでもいい。俺はこの街が詳しくない。スミレが案内してくれ」


「え、ええ?? そ、そんな事って。それに、案内って、ちょ、ちょっとまってください。私は」


「ここには観覧車があるのだろ? 最後にあれを乗ってみたいんだ」


 蓮夜様は見た目は私よりも数個年上に見える。大人っぽい雰囲気なのに、突然そんな事いい出したから驚いちゃった。


 私は緊張しながらも台場の街を蓮夜様に案内することにした――





 蓮夜様は不思議な人だった。言い方が冷たく聞こえるようでも、全然違う。心というものが伴っていた。

 それに、飄々として頼りがいがあった。



 高層ビルと昔ながらの屋敷が並び立つ台場特殊異界地区の景色は綺麗だった。異界のあやかしが生まれる場所。特殊異界地区。異能の名家が収めている日本の治外法権。

 

 私はそんな場所で生まれ育った。


「ここが海浜地区で一番有名なファストフードです。異能学園の生徒たちがたむろしているわ」


「流石に俺がいた場所にもマックはある……。あっちの大きな建物は?」


「あっちの建物はダイバーシティーです。向こうの道路を超えて歩道橋を渡ればすぐです。ガンダムが有名ですよ。それか、反対側の遊園地に出て、観覧車の方に――」


「……ダイバーシティーに行くぞ」


「は、はい、ではこっちです」



 こんな感じで会話をするのって、何年ぶりだろう? 物心ついた時には妹と比べられて、家族からは疎まれた。気がついたら私だけ仲間はずれにされていた。


 こんな風に喋れるなんて夢見たい。夢じゃないよね?

 私は自分のほっぺたをつねった。


「痛い……」


「なにしているんだ? 都会の子ではそんな遊びが流行っているのか?」


 蓮夜様が自分のほっぺたをつねっていた。端正な顔立ちなのにほっぺたが引っ張られて面白い顔になっていた。


「ふふっ……」


「ふんっ、やっと笑ったな」


 私ははっとなって自分の顔を触った。笑ったんだ。なんか、笑うとすごくスッキリして、心が気持ちよくなれたんだ。


 そっか、私、笑えたんだ……。なんだか嬉しくなってきた。



「おい、あそこの階段は急だ。スミレは絶対に転ぶぞ。俺の手を掴め」


 そう言いながら蓮夜は手を出してきた。


「え、あ、あの……」


 まだ12歳のわたしは、異性を意識した事なんてない。なのに、ちょっと恥ずかしくて声がうわずってしまった。


「安心しろ、子供をあやすようなことだ」と言いながら私の手を掴んできた。

 蓮夜様の手が温かかった。血が通っている。こんな風に人と触れ合うのって、初めてかもしれない?


 ふと、蓮夜様が何も言わなくなった。顔を見ると真っ赤に染まり上がっていた。


「あれ? 蓮夜様、顔がちょっと赤いような……」


「違う、これはガンダムが見られるから興奮しているだけだ。決して手を繋いで恥ずかしがっているわけではない」


「そ、そうですか」

「そうだ。信号が変わるぞ。気にせず歩け」


 信号が変わりそうな交差点、私たちは走りながら渡った。遠くで視線を感じた。振り返ると、妹の花純と静流様が私たちを見ていた。でも、気にしない。だって、今だけは自由を感じられるから。


 

 時間が過ぎるのが早かった。あっという間に日が落ち、辺りは暗くなる。蓮夜様が目をキラキラさせながらガンダムを観た後、デパートの中を探検した。独りで周った事があるのに、見る景色が全然違った。心が踊った。全部がキラキラして見えた。


 この冒険が終わる、そんな空気を感じる観覧車の中の私たち。

 ガラス張りの観覧車から外の景色を見る。街の光が綺麗に灯っていた。


「なるほどな、遊ぶっていうのは存外面白いものなのだな」


「そうですね……。私、誰かと遊んだの初めてかもしれません。楽しかったです」


 蓮夜様はちょっとだけ顔をそらして街の明かりを見ていた。

 そして、ちょっとだけ真剣な口調で私に言った。


「スミレはいつかこの街を出たいか?」


「そうですね……、私はこんな落ちこぼれでも七里ヶ浜家の娘です。家のための婚約をしないといけません……」


 蓮夜様は窓を見たままちょっとだけ黙ってしまった。

 嫌な沈黙じゃない。心地よい時間。私はいま、この空間が大好きなんだろうな。


 観覧車が一番上まで移動した。この街に住んでいるのに、観覧車に乗ったのがこれが初めて。すごく気持ちの良い景色だった。


 この景色を見ていると、自分が小さく思える。

 だから、突然だった。不意をつかれてしまった――


 蓮夜様がポケットから何かを取り出して、私に手渡した。


「……さっきのお店でずっと見ていただろ? 別にスミレのためじゃない。俺も欲しかったから買ってみただけだ」


 それは私が見ていたクラシカルな腕時計だった。


「で、でも……」


 蓮夜様は何も言わずに私の手に時計を巻いてくれた。そして、色違うの時計をもう一つ取り出して蓮夜様自身の手に巻き付けた。


「ふんっ、俺も欲しかったんだ。ペアだと安くなるって言われただけだ。いいかスミレ。こういうときは――素直に受け取って喜んでくれ。その方が嬉しい。そして、ただありがとう、とだけ言えばいい」


 私は蓮夜様をじっと見つめた。


 たったの数時間、一緒にいただけ。それでも私は蓮夜様が素敵な人だっていうのが分かった。それに、困ると早口になるクセも覚えちゃった。


 あの夕日の中、蓮夜様を見た時、自分の身体の奥が焼き付くような熱を感じたんだから。



「ありがとう蓮夜様。」



 だから、私は嬉しくて、嬉しくて、泣きたくないのに涙が出来てそうだった。


「な、泣くな。泣いたら俺はどうしていいかわからんだろ!?」


「……嬉しい涙ですよ。ふふっ、ありがとうございます」


「ああ……」


 たとえ嘘でも、私は嬉しかったんだ。

 私は涙で視界がにじむ中、時計を愛おしく見つめた。




 


「……もう行かなくてはならない」


 観覧車を降りた私たちは別れの時間が来た。観覧車の前では男の人が立っていた。蓮夜様の知り合いなのか、蓮夜様は「少しだけ待っててくれ」と言って軽く手をあげていた。


「スミレ」


「は、はい」


 蓮夜様が近づく。そして、私の頭を軽く撫でた。嫌な感覚じゃない。それは、とても優しくて――家族がするみたいで――愛情を……。


「……スミレが本当に助けが欲しかったら、俺を名を呼んでくれ」


「え……? は、はい、わかりました。あ、あの、蓮夜様?」


「俺も生き残るために全力を尽くす。スミレ、また会おう」


「あっ……」


 私はまともな返事が出来なかった。だって、連夜様、笑っていた。その笑顔に引き込まれそうで、心臓の鼓動が速くなって、自分の顔が真っ赤になっていうのがわかった。

 蓮夜様が立ち去る。私はその背中を見送る――

 勇気を出して私は一歩前に踏み込む。口を開く。


「れ、蓮夜様! あ、ありがとうございました! タ、タピオカ、美味しかったです! 一緒にいられて楽しかったです! 時計、一生大切にします! あ、あと……、いつか、また……会いましょう!!」


 蓮夜様が振り返ってくれた。蓮夜様は私の顔を見て、ちょっと驚いた表情に

 なっていた。

 私、うまく笑えたかな?




 そうして、私と蓮夜様の出会いは終わった。


 私に素敵な思い出が出来た。

 だから、この思い出があれば辛くても生きていける。そう思った。






 いつも通りの日々が過ぎていく。それでも、以前とは違った。私は前向きに生きる事が出来た。たかが異能が使えないだけ。他の事を努力すればいい。

 そう思って生きていくことにした。


「姉様、静流様と何かあったんですか?」


 珍しく花純が私に話しかけてきた。HR前の空き教室、花純に引っ張られて連れてこられた。でも、花純の話の要点が読めない。


「あの、どうしましたか? わたし、何か邪魔をしましたか?」


「……存在自体が邪魔でしょ。本当にムカつくわね。あなた、男に色目使うのだけはうまそうだから。最近調子乗っているでしょ? クラスの男子があなたを可愛いって言ってたからさ」


 花純の話は要領を得なかった。


「あの、静流様が何か?」


「そうそう、なんかあんたの事を聞いてくるのよ。マジでムカつくわ。私がどんだけ苦労してあいつの心を射止めたか分かってんの?」


「す、すみません……」


「もういいわ。ていうか、その髪燃やしてあげるわ。男子が喜ぶわよ。――火遁術……、――し、静流様!」



 花純が術を使おうとした時、空き教室に現れた静流様。静流様は手で花純の術を制した。


「花純、暴力は良くない。こんな所で二人で何をしているんだ?」


 花純が唇を噛んで顔を歪ませていた……。



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