落ちこぼれの思い出
『姉様はね、異能が全然使えない落ちこぼれって母様が言ってました。なんで姉様は異能が使えないんですか? 馬鹿なんですか?』
『ああ、こいつは馬鹿なんだよ。異能の家に生まれたのに、全く異能が使えないなんて……。とんだ欠陥品だ!』
誰もいない放課後の教室。私は一人、自席に座っていた。……誰がいい始めたか忘れちゃったけど、落ちこぼれは一番最後に教室に出ろって言われたんだよね。
馬鹿らしいけど、それが習慣になってしまった。
教室の窓から外を眺める。小学校の放課後のグラウンドは今日も生徒たちが元気いっぱいで遊んでいた。
「ふぅ……、落ちこぼれ……か……」
ため息は好きじゃない、けど、そういう時もある。
いつ言われたか忘れるほど昔に言われた妹と兄の言葉。同じような事を言われすぎてもうよくわからない。
私は家が大嫌いだった。帰りたくない、居場所がない。でもそれは学園にいても同じだった。
私は七里ヶ浜スミレ。
優秀な兄と妹の間に挟まれて生まれた何の取り柄もない出来損ない。それが私。
「――なんでみんなから嫌われるんだろう……」
私はポツリと呟く。学園では仮面を被らないといけない。七大名家、七里ヶ浜家の娘であっても、私は落ちこぼれの存在。
確かに運動も勉強もそんなに出来ない。異能検査では、全く才能がないと言われた。
でも、自分の身体の中で渦巻く妙な力を感じることができる。その力がなにかよくわからない。
私は誰もいない教室でその力を意識する。ちょっとだけ自由な私を解放する。
淡い光が私の手のひらから湧き出た。何の特殊な力も持たないその光。学園の先生に見せた事があるけど、異能でもなんでもないと言われ、馬鹿にされた。
……でも、不思議なんだ。この力を使うと、異能が消せるんだよ。
誰にも言っていない私の秘密。秘密は自分の胸の中だけに収めた方がい。
だって、馬鹿にされちゃうから。
「――おい、花純ここにいたのか?」
「わぁ!? ……静流、様……」
と、その時、教室に入ってきた男子生徒の声で我に返った。
年若いながらも端正な顔立ちの優等生。学園生徒の憧れの的。七大名家序列一位――西園寺家長男の静流様。
同じ学年の彼だけと、私は数回も話した事がある。もう5年前の7歳の頃の話だけど、彼は私を落ちこぼれと言わずに優しかった。
だから、あの時、ちょっとだけの期待と淡い好意というものが湧き上がったんだ。
でも、妹の花純と間違えて話していたらしいって後から知った。花純と静流様は私を笑いながらその話をしていた……。
妹のカスミとは深い付き合いがあるみたいで、母は花純を西園寺家の婚約者にしたいみたいだ。
「今日はデパートを見たいって言ってただろ? 婚約者なんだから……? 花純、じゃない?」
「は、はい、姉の……スミレです……」
「落ちこぼれの方か」
胸にナイフが刺さったような気がした。静流様の何気ない一言。悪意も敵意もなく、ただ事実を述べているだけの言葉。
それが、ひどく痛かった。
「こんな所で何をしている? ん? なんだ、この光は?」
「あっ」
あの不思議な光を出したままだった。私はとっさに消したけど、静流様は怪訝な顔で私を見ていた。
静流様が私に近づこうとした時、教室に入ってくる妹の花純の声が聞こえた。
「静流様! ここにいたんですか! 探しましたよ……って、姉様、何しているのですか……」
妹の花純が私を睨みつけてきた。静かな怒りを感じる。もしかして、花純は勘違いしている?
「花純、お前の姉と間違えてしまったぞ。似ているんだよ。ふっ」
花純はにこやかな笑顔で静流の腕を取る。
「もう、こんな落ちこぼれと一緒にしないでくださいまし。七里ヶ浜家の恥なんです? 異能協会きっての七里ヶ浜家なのに、異能が使えないなんて……はぁ、本当に困りますね」
「ふっ、違いない」
そういいながら、花純は静流様の手を取って教室を出ていこうとした。花純は振り返り「――水遁術【水塊】」と詠唱をした。
水の塊が私に襲いかかる。水の塊の圧力で吹き飛ばされた。気管に水が入り咳き込む。全身がずぶ濡れ……。
「こんな術も返せないなんて……本当に落ちこぼれ。ちゃんと教室を拭いておいてね」
「花純、詠唱が速くなったな。そうだ、今日はデパートの――」
二人の楽しそうな声が遠くなっていく。
今日は、なんだかいつもよりも、とて悲しく感じる。そっか、淡い好意を抱いていた静流様からも馬鹿にさちゃったもんね。
「なんで……こうなったんだろう……」
今はまだ自分自身に襲いかかる悲しみは耐えきれる。
でも――これから先、私は耐えきれるのかな……。
***
「きゃー!! 司様よ! 七里ヶ浜家の美麗兄妹よ!」
「はぁん、見目麗しい。花純様もお人形さんみたいで可愛らしいわ」
「司様は妹君の事が大好きだな……。手を繋いでいるぞ」
「14歳にして鬼を討伐されたらしいわ。さすが、七里ヶ浜家の天才異能術師ですわね」
「あっ、まって、西園寺静流様よ! キラキラしすぎて目が痛いわ」
「やっぱり、将来は花純様と静流様が結婚されるのかしら? 正式に婚約はされてないようですけど……」
小学校の校舎を出る時に見えた景色。いつも通り過ぎて代わり映えがない。
私の二つ上の兄、司は見た目と妹の花純を溺愛している。……私の事は……存在しないものとして扱っている。
そもそも、私は兄とはほとんど顔を合わせない。というか、家族と顔を合わせることは滅多にない。
同じ家族、同じ両親、なのに、私は異能が使えないということで、下働きが住み込む時に使う、小さな納屋みたない部屋に住んでいる。
私は鉢合わせにならないように、校舎の裏口へと向かう。
兄は花純よりも攻撃的だ。鉢合わせしたら、とんでもない目にあう。
少し遠回りになるけど問題ない。そのまま海浜公園のベンチで勉強しててもいい。あっ、デパートの上にある小さな『龍神社』に行こう。あそこは誰もいないから居心地がいいんだ。
小学校を裏口から出て、歩いて十数分。街中を目立たないように歩き、デパートの屋上へと目指した。
私は趣味というものがない。でも、街を歩くのが好きだ。街を歩くと色んな閃きと好奇心に出会う事ができる。街は時間帯によって色んな表情を見せてくれるんだ。
ほら、今だって、神社が夕日に照らされ……て?
寂れた丘の上にに作られた神社。ほとんど人が来ることがない場所。
そこに夕日に照らされた誰かが立っていた。
何か願い事をしたのか、彼は胸を撫で下ろしていた。
そして、振り返る。少しだけ心臓が速くなったような気がした。
どんな風に表現していいかわかない。この街で血の通った人を初めて会えたような気がした。
「……学園の生徒、か? 見せものじゃない」
「あ、あの、すみません……、すぐ行きます」
夕日に照らされた彼は精悍な顔立ちをしていた。ちょっと年上に見えるけど、何か雰囲気が違う。
私の心臓がドクンと跳ねる。よくわからない衝撃が心に襲いかかる。
行かなきゃいけないに彼の瞳から目が離せなかった。
「……お前? なにか懐かしい匂いを感じるぞ。……? お前、もしかして――」
「す、すみません! すぐに行きます」
私は彼が怒ったかと思って走り出そうとした。が、手を掴まれた。私は誰かに触れられる――ぶたれるトラウマが脳裏に浮かび――咄嗟にあの力を発動させてしまった。
淡い光が私を守ろうとする――
「落ち着け、ちょっと待て」
「え?」
彼は私の手を強く掴んでいなかった。優しく引き止めただけだった。
「その光……、お前は……『龍の巫女』なのか?」
「龍の巫女?」
「……知らないか。まあいい構わん。お前、時間はあるか? あるなら、この街を案内してくれ」




