神様、メイドになる
「おかえりなさいませご主人様」
銀髪のツインテールによく似あった白黒のメイド服。スカートのフリルから伸びるスラリと細い足。
屈託のない笑顔は、心に元気を与える栄養剤。悔しいがこれほどメイド服が似合う人は中々いないだろう。まぁ、人ではないんだが。
「りんりん凄くいいね!」
りんりんとは鈴の源氏名のようなもので、お客様に自己紹介などをする際に使う仮の名前だ。
鈴のメイド姿を見て褒めるのは、この店のレジェンドメイド『まいまい』
メイド歴20年のベテランで、仮に高校生から始めたとしても年齢は…………まぁ邪推はやめておこう。
まいまい先輩のようなレジェンドメイドの元であれば、少しは真っ当になるだろうと安心した俺は、出されたコーヒーを口にしてホッと一息ついた。
優雅な時間を過ごしていると鈴がこちらに近づいてきた。
「……なんだ、りんりんよ」
「……なんで私だけが働いているのよ」
「……ふっ」
カップに手を伸ばし、口元へ運ぶ。
カップから大人な香りはビターで味も苦かった。
「俺が……バイトに落ちたからだよ」
そう。俺はキッチンの応募に落ちてしまったのだ。
と言うのも、最近はストーカーなどのリスクを懸念して、女性しか雇わないメイド喫茶も珍しくなく。例に漏れず俺も書類選考で落とされていた。
しかし、ここで鈴がバイトを辞めてしまっては振り出しに戻る。
危惧した俺は、スマホを取り出し鈴に向けた。
「妹の働く姿をしっかりと納めないと!」
カメラに反応してクルリと回りポーズを取る鈴。
「ああ、すごくいい! このまま妹が一生懸命働いている姿も納められればなぁ」
「任せて! お兄ちゃんの為にりんりんしっかり働くから!」
傍目から見れば、働かない兄の為に稼ぐ妹の姿。
周りの客も、俺に悲惨な視線を向ける。
(大丈夫。これも全部願いの為……ぐすん)
「りんりんのお兄さん、すごいね……」
まいまいの引き攣った顔。
全く違う意味合いで捉えた鈴は「そうなの! お兄ちゃんはすごいの!」と返した。
その一言に、俺の心は深くえぐられた。
カランカランと扉が開く。
緊張した様子の男性二人組が足を止め、視線を泳がせていた。
「りんりん、お声かけして」とまいまい先輩。
「どしたん?」
友達に声をかけるみたいな軽さで、鈴が笑顔を向ける。
「えっと……初めてで、その……」
男性客の手がハンカチをきゅっと握る。
「へー、立ちっぱなしも疲れるし、とりあえず座ったら?」
……沈黙。
場が凍りついた瞬間、まいまい先輩がすかさず前に出る。
華やかな笑顔と完璧なお辞儀で「おかえりなさいませ、ご主人様!」
鈴はキッチンへ引きずられていった。
「りんりん! ご主人様お嬢様には敬語で接さなきゃダメ!」
「敬語ってよくわかんない」
……なるほど。
採用面接で「はい」「まぁーそうです」しか言わなかったのに受かった理由、今ようやく腑に落ちた。
(まいまい先輩、教育係のバトンは全力でお渡しします)
鈴の暴走は止まらなかった。
配膳された料理に堂々と手を伸ばし、ひと口パクリ。
「ちょっ……え? これって……」と客が目を丸くする。
「安心してください! 毒見です!」
満面の笑顔で断言。
……毒なんて入ってるわけがないのに、鈴の笑顔に胸を撃たれ、ついでに食べかけの部分から口をつける始末。
次はオムライス。
「何かいてほしいの?」と聞いたかと思えば──リクエストの「♡」を完全スルー。
皿いっぱいにケチャップを走らせ、数分後。
「……これは……最後の晩餐!?」
精緻な人物画、机、食器。どう見てもアート作品。
「私の芸術も捨てたもんじゃないでしょう?」と胸を張る鈴に、客たちがスマホを取り出し、オムライスの注文が殺到した。
……いや、俺の想定してた「社会勉強」とは完全に違う方向に行ってるんだが。
鈴のオムライスイラストがSNSで拡散され、芋づる式に客が来るもんだから、まいまい先輩も「もう、りんりんの好きにしちゃって!」と完全に店を乗っ取られている。
店内にはりんりんコールが響き渡り、調子付いた鈴。
「今日来てくれたみんなの為にもとっておきを見せてあげる!」
神の姿に変身し、それを見た客も店員もまいまい先輩も跪いた。
天を仰ぐように祈りを捧げる者。涙を流して「奇跡じゃ」と吐露する者。「りんりんはメイド界のレジェンドだわ」と戯言を垂れるまいまい先輩。
流石に度が過ぎると判断した俺は、鈴の手を取り強引に店の外に出た。
「やりすぎだ!」と注意する間もなく、店の客たちが俺を追いかけてきた。
「りんりんを誘拐したぞ!」「過激派オタクは死刑!」「家に帰してほしいぜよ!」
俺が鈴を拉致したと感じがいした様だ。
「鈴は俺の妹だ!」と弁明するも「りんりんはみんなの妹だ!」と訳の分からない事を言い返し理解されない。
「お前が引き起こした事態だろ! 何とかしろ!」
「えぇ、良い信仰者なのに……」
完全に神視点で物を見ている。
良くない…………良くない状況だが、それ以上の追われている状況の方が良くない!
俺は惜しみなく鈴に名の見込む。
「お願いします。しがない兄を救うと思って、何とかして頂けませんか?」
鈴は後ろの信者たちを惜しい表情見つめるも「まぁ、お兄ちゃんがそう言うなら」と信者たちに神格で記憶操作し、事なきを得た。




