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完璧王子の完璧じゃない一面

掲載日:2025/09/02

 就寝前、私は自室でハーブティーを飲んでいた。

 リラックス効果のあるカモミールの香りを嗅いでも、リラックス出来そうになく、つい溜め息が出てしまう。


「メグ、私……やっぱり殿下に嫌われていると思う」

「あらあら、ローズマリーお嬢様、またですか?何度も申し上げておりますが、それは誤解ですよ。サミュエル殿下は、ローズマリーお嬢様を大切に思っておられます。ただ、恥ずかしがっておられるだけですよ」


 幼い頃から仕えている侍女のメグが、追加のハーブティーを注ぎながら、慰めてくれる。

 侍女のメグとは、私が十二歳の時から、この遣り取りをしている。

 因みに今、私ことローズマリーは、十六歳。


「仮に百歩譲って今までそうだったとしても、今回は本当に嫌われていると確信してしまったのよ。政略結婚でも良い関係になれればと、私なりに努力してきたつもりだけど、駄目ね」


 サミュエル殿下に初めて会ったのは、私が十二歳の時。

 七月の晴れた日だった。

 私は王太子の婚約者候補として、両親と宮殿へ参上した。


 約束の時間より少し早いからと、宮殿内の庭園を散歩した。

 庭園には、色とりどりの薔薇が咲いて、とても美しく、甘い香りがしていたと記憶している。


 約束の時間になり、案内係に庭園の四阿へ案内された。


「マルセイ王国国王が嫡子、サミュエル・メディッツです」


 金色の髪と青い瞳は、王家の特徴的な外見で、王家の親戚である公爵家の私も、その色味が強く出ている。

 だから、私とサミュエル殿下の髪や瞳は、同じ色味をしている。

 けれど、サミュエル殿下の方が私よりも、髪の金色や、瞳の青色が濃い為か、力強い印象を与える。


 第一王子で王太子のサミュエル殿下は、幼少期から神童と呼ばれ、貴族の間では有名だった。

 勉強、剣術、ダンス等、全てにおいて一度教わると直ぐに習得する。

 誰にでも気さくで、社交性が高く、礼儀正しい。

 更に、顔立ちも整っており、あらゆる面で完璧だと言われていた。


 穏やかな笑みを浮かべて挨拶をするサミュエル殿下の姿は、洗練された大人のようで、私と同じ年とは思えない。

 私もきちんと挨拶しなければ。

 

「エバーグリーン公爵が娘、ローズマリーと申します」


 スカートを摘んで淑女らしく微笑み、精一杯、綺麗な挨拶を心がけた。

 緊張で顔に熱が集まり、若干涙目になっていたと思う。


「私達は暫く席を外すから、後は二人でお茶を楽しむといい」


 席に座って早々、国王陛下の言葉によって、両家の両親が退席。

 私とサミュエル殿下は、二人きりにされてしまった。


 その途端、微笑みを浮かべていたサミュエル殿下の顔が無表情になった。

 そして、大きな溜め息を吐き、私から視線を逸らすように、そっぽを向いた。


「ホント無理……」


 ボソリと呟くサミュエル殿下の声が、はっきりと聞こえた。

 私、何か失礼な事をした?どうしよう、全然分からない。

 私は動揺しながらも、顔には出さず、仲良くなろうと必至に笑顔で話しかけた。


 サミュエル殿下は、そっぽを向いたまま話は聞いているらしく「ああ」とか「そう」とか相づちらしい言葉は発するものの、私に興味が無いのか、全く会話が弾まない。


 暫くして、やっと両家の両親が戻って来ると、サミュエル殿下は、今まで仲良く過ごしていたと言わんばかりの笑顔を、私に向けて来た。

 あまりにも急変したサミュエル殿下の態度に戸惑いながらも、真実を言える筈も無く、愛想笑いで乗り越えた。


 あの日のお茶会は、本当に、苦痛だった。

 幸いにも、サミュエル殿下の婚約者候補は他にもいる。

 きっと私は婚約者候補から外される。むしろ外して欲しい。

 私は切に願っていた。それなのに……


「サミュエル殿下が『ローズマリーとの婚約をぜひ進めて欲しい』と強く希望したそうだ。既に全ての婚約者候補には断りを入れたらしい。私の娘以上に愛らしい令嬢はいないから、当然の結果だろうな」

「気に入られて良かったわね、ローズマリー」


 嘘でしょう!

 その日のうちに、早馬でもたらされた結果に愕然とした。

 喜ぶ父と母とは対照的に、私は絶望していた。


 婚約が成立してしまい、交流の為、月に一回、宮殿か公爵邸のどちらかで、サミュエル殿下と会う羽目になった。


 前回のような苦痛な時間を過ごしたくない。

 質問形式ならば答えやすいし、話も広がるかもしれない。

 少しでも楽しい時間を過ごしたくて、交流当日までに質問や話のネタを準備して茶会に臨んだ。


「宮殿の庭園は素晴らしいですね。お散歩はされますか?」

「しないな」

「それは勿体ないですよ。私はお花が好きなのですが、殿下は何がお好きですか?」

「特に無い」

「そう、ですか。この紅茶、とっても美味しいですね」

「いつもと同じだ」


 なんとか会話が続くよう努力した。

 でも、サミュエル殿下は相変わらずそっぽを向いて、私と目を合わせようとせず、最低限の返事をするだけ。全く話が広がらない。


 サミュエル殿下とのお茶会は、精神がゴリゴリ削られ、妃教育と同じ位苦痛だった。

 厄介にも、サミュエル殿下は、私以外の人目がある時に限って、物凄く外面が良かった。


 十五歳の成人を迎え、王家主催の夜会に参加するようになると、サミュエル殿下は、人が変わったように紳士的にエスコートしてくれた。

 そして、様々な人に婚約者だと紹介してくれた。

 終始笑顔で!


 舞踏会では王族が最初にダンスを披露する。

 婚約者である私は、サミュエル殿下とダンスを踊らなければならない。

  ダンスのレッスンは受けているものの、一度もサミュエル殿下と踊っていない。


 失敗せずに踊れるのか不安に思いながら、サミュエル殿下にエスコートされ、ホールの中央で向かい合った。

 しっかりとホールドされて、サミュエル殿下の息が、おでこにかかりそうな程の近距離にドキリとして、益々緊張が高まる。


 曲が始まり踊りだせば、サミュエル殿下のリードは安心感があり、とても踊りやすかった。

 私と二人きりの言動を除けば、完璧と言われるだけあって、サミュエル殿下は男性として、とても素敵だった。


 時間はかかりそうだけど、二人の時に、あの優しい笑顔を向けてくれる日が来るかもしれない。

 私は、僅かながら希望を持っていた。


 王立学園に入学してひと月くらい迄は……。


 王都の王公貴族が通う王立学園は、身分を越えた交流が推奨される校風により、王太子のサミュエル殿下も、一般生徒と同じように過ごしている。

 初めは恐縮していた生徒達も、サミュエル殿下の気さくな態度に慣れて、今では友人のように接している。


 サミュエル殿下も男女や身分問わず楽しそうに話し、よく笑う姿を見かけていた。

 時々放課後になると、友人数人と街へ出かけるようになった。


 でも、私は一度も誘われなかった。

 相変わらずサミュエル殿下は、私と二人きりになると塩対応で、人目の無い教室や廊下でふと目が合うと、途端に笑顔が消えて無表情になった。


 サミュエル殿下に嫌われていると思いながらも、人目がある場所では婚約者として接してくれるので、婚約破棄する程嫌われていないかもしれない。

 まだ私は、希望を持っていた。


「最近サミュエル殿下は、子爵令嬢のメリッサ様と懇意にされているそうよ」

「メリッサ様がサミュエル殿下の腕に抱きついて、街を歩いている姿を見ましたわ」

「彼女も殿下の婚約者候補だったのでしょう?殿下は、心変わりされたのかしら」


 令嬢達の噂を耳にして、子爵令嬢のメリッサ様が、サミュエル殿下の婚約者候補だったと知った。

 メリッサ様は、茶色の髪にピンク色の瞳、目はぱっちりと大きく、小さな口が可愛らしい。

 童顔で年齢より幼く見えるが、女性らしい豊満な体つきをしていた。


 甘え上手で気さくな所が男性に人気で、沢山の令息からアピールされているらしい。

 どうやらサミュエル殿下も、メリッサ様に惚れてしまった一人だと噂されている。


 子爵令嬢とはいえ、婚約者候補に選ばれていたのなら、サミュエル殿下との結婚に問題は無い。

 サミュエル殿下も私より、想い人と一緒になりたいと望む筈。


 もう、私は頑張れない。

 サミュエル殿下に嫌われていると確信した私は、想いを告げる決意をして、交流が行われる自邸の茶会に臨んだ。


「サミュエル殿下、婚約破棄致しましょう」

「何!?」


 そっぽを向いて無表情だったサミュエル殿下が、目を見開き、初めて私に顔を向けた。


「殿下の想い人である子爵令嬢のメリッサ様でしたら、今から妃教育に取り組めば間に合います」

「何を言っている。これは政略結婚だ」


「存じ上げております。でも、私が学園の成績を落とし、今までやったことのない高笑いをしたり、らしくない言葉遣いをして、挙げ句の果てに妃教育をサボって暫く部屋に閉じ籠って学園を休めば、情緒不安定と見なされますでしょう。そんな令嬢は殿下の妃に相応しくありませんから、流石に国王陛下も見過ごせませんし、婚約破棄する理由としては充分でしょう。穏便に破棄できて、殿下は想い人と結ばれる、良い考えだと思いませんか?」


「思わない」

「何故です?婚約破棄した方が」

「それは無い」


 食い気味に強い語気で言われてしまった。


「……分かりました」


 その後はお互い黙ったまま、時間だけが過ぎた。

 お菓子とお茶を飲む音だけが部屋に響いて、気まずい空気が流れている。


 私は、もう我慢も、気も遣わないと決めていた。

 だから話もせず、だんまりを決め込んだ。

 これが「不敬だ」と言われたら、婚約破棄しやすくなる。

 そう思いながら……。


 翌朝。


「お嬢様、サミュエル殿下がお迎えにいらしています」

「え?」


 登校の時間に、サミュエル殿下が、お迎えに来るなんて初めてだった。

 昨日のお茶会で妃らしくない問題行動を起こすと発言したから、監視するつもりかもしれない。

 断りたい。でも、王太子自らの厚意を断る正当な理由が咄嗟に思い付かない。


 内心嫌々迎えの馬車に乗り込むと、サミュエル殿下が足を組んで座っている。

 相変わらずの無表情で。


 令嬢達はこんな無表情のサミュエルでも「すましているお姿も素敵」なんて、うっとりするのでしょう。

 確かに見目は麗しい。

 けれど、毎回これではたまったものではない。

 嫌ならば、わざわざ迎えに来なくても良いのに。


「おはようございます。お迎えありがとうございます」


 心にも無い言葉を、作り笑顔で述べた。

 サミュエル殿下は、そっぽを向いて、隣の座席をポンポンと手で叩いた。


 隣に座れって事?向かいにも座席はあるけれど……ああ、私の顔を正面から見たくないのね。

 促された通り、サミュエル殿下の隣に腰掛けた。

 サミュエル殿下に話しかける気力も無く、人形の様に無の感情で、正面を無意味に見ていた。


 馬車が走り出して暫く、馬車内は沈黙が続いていた。


「今日は、天気がいいな」

「え?ええ、そうですね」


 咄嗟に返事をして、後悔した。

 あれは独り言だった?うわぁ~、独り言に返事をしてしまったわ。

 もうっ言い方が紛らわしいのよっ。

 不満気にサミュエル殿下を見ると、サミュエル殿下は、またポツリと呟いた。


「明日は……雨、らしい」


 相変わらずサミュエル殿下は、そっぽを向いている。

 これも独り言かしら?

 取り敢えず返事をしないでおいた。


「明日は、雨らしい」


 二度言われた。これは返事待ちって事?


「そう、ですか。知りませんでした」


 サミュエル殿下が何を考えているのか分からないまま、学園に着いた。

 お礼を述べて、先に降りようと立ち上がった。


「明日も同じ時間に迎えに行く」

「そんな、お忙しいでしょうから、ご無理なさらなくても」

「迎えに行く」


 食い気味に言われた。


「では、宜しくお願いいたします」


 これ以上遣り取りをしたくないので、申し出を受け入れて、馬車を降りた。

 私と同じクラスのサミュエル殿下は、いつも子爵令嬢のメリッサ様や、取り巻きの友人達に囲まれてキャッキャウフフしており、ほぼ私に視線を向けない。


 それなのに、今日はサミュエル殿下とよく目が合う。

 目が合うとフイっと逸らされる。

 それの繰り返しに、何だか監視されているような気持ちになった。


 もしかして、私が問題行動を起こすかもしれないと危惧しているのかも。

 昨日は色々と言ってしまったけれど、サミュエル殿下が婚約破棄を望まないなら、問題行動を起こすつもりはない。


 監視をやめてもらうには、サミュエル殿下の誤解を解かなければならない。

 誤解を解くため、サミュエル殿下が一人になる機会を待った。


 昼休憩になり、サミュエル殿下は、誰かを待っているのか、教室を出て直ぐの廊下に立っていた。

 幸い周囲には誰もいない。

 教室を出て、サミュエル殿下の前を通り過ぎながら、小声で話しかけた。


「心配なさらなくても、殿下が危惧している様な問題行動は起こしません」

「それは」

「サミュエル様ぁ~、お待たせしました~」


 メリッサ様を含めた友人達がやって来た。

 言いたいことは伝えたので、早々に、その場を離れた。


 この時間、サミュエル殿下を含め、だいたいの生徒は、学園の敷地内にある憩いの場や食堂、談話室で昼食を食べつつ、友人と交流を深めている。


 私の場合は、人けのない中庭を選んで、持参した昼食を一人で食べた後、もっぱら図書室で過ごしている。

 図書室には、本好き、または勉強熱心な生徒が数人いるだけで、皆、それぞれ自分の世界に没頭している。


 私はいつも、最奥にある席に座っている。

 この席は書架から遠く、本を探すには不便なので、人が来ない。

 更に受付や入り口、手前の座席からも死角なので、誰にも見られない。


 学園と妃教育で夜遅くまで勉強しなければならない為、常に寝不足が続いている。

 サミュエル殿下の婚約者として、常に人目を気にしている私にとって、この場所は唯一気が抜けて、昼寝してもバレない穴場の席だった。


 いつものように机に突っ伏して目を閉じた。

 幼い頃から、私が泣き言を言うと、いつも侍女のメグは、頭を優しく撫でて、慰めてくれる。

 その優しくて温かな手に、いつも癒されていた。

 そう、こんなふうに……


 突然鐘の音がして、ゆっくりと瞼を開けた。

 あれ?ここは…………図書室!

 頭を上げた時、左隣に人の気配を感じて、顔を向けた。

 今までに見た事がない、優しげな表情のサミュエル殿下と目が合った。


「殿下!?」

「っ、授業に遅れるぞ」


 サミュエル殿下は、不自然にパッと右手を引いて、直ぐにいつもの無表情になり、素早く立ち去って行った 。

 何か用事があったのかしら。


 私は、図書室で過ごしていると誰にも、勿論、サミュエル殿下にも伝えていない。

 だから、わざわざ私を探し回ったに違いない。

 そう言えば、先ほどサミュエル殿下に話しかけた時、サミュエル殿下は、何か言いかけていた気が……。


 もし、重要な話なら、明日もお迎えに来るようだし、その時話すでしょう。

 それにしても、あの優しげな表情は、何だったのかしら。

 あと、不自然な右手の動き……。


 もしかして、サミュエル殿下が私の頭を撫でていた?なんて、まさか、ね。

 あり得ないと首を振って、急いで教室へ向かったのだった。


 翌朝。

 登校中の馬車内で、また独り言の様にサミュエル殿下が呟いた。


「困った事がある」

「!?」


 サミュエル殿下から個人的な話をされる自体、初めてだったので、驚いて反応が遅れた。

 サミュエル殿下は、相変わらずそっぽを向いたまま、ふーっと溜め息をついて、また話し出した。


「ある一人にだけ、気持ちを上手く伝えられない。どうしたものか」


 なるほど、それはメリッサ様の事ね。

 確かに、サミュエル殿下とメリッサ様は、仲良くしている。

 メリッサ様は、サミュエル殿下に特別好意があるように見えるけれど、他の令息とも仲が良い。


 今のところ、婚約破棄する気がないサミュエル殿下は、メリッサ様を想っていても、堂々と好意を伝えられない。

 そんな感じかしら。


「お手紙はいかがですか?普段言えない事も書けますし、本人以外は見ないので、伝わり易いかもしれません。貰った方も嬉しいと思います」

「他には?」

「高価ではなくても、プレゼントは嬉しいと思います」

「他には?」

「そうですね……特別感を感じられれば伝わるのではないでしょうか」

「特別感?例えば?」

「他の方より優しくされたり、触れ合う頻度が多いと、特別に思われていると感じるかと」

「……」


 サミュエル殿下が、そっぽを向いたまま、黙ってしまった。


 アドバイスが、お気に召さなかったのかもしれない。

 それにしても、今までで一番まともな会話をした気がする。

 サミュエル殿下が浮気していると分かっていながら、感動を覚えていた。


「!?」


 突然、サミュエル殿下の手が、私の手に重ねられ……いや、サミュエル殿下の左手が、膝の上からダラリと降りてきて、たまたまシートに置いていた私の右手に、乗ったように見える。

 その証拠に、サミュエル殿下は、無表情で相変わらず、そっぽを向いたままだった。


 頭の中がメリッサ様で占められて、私の手に触れている自覚が無いように見える。

 手を引けば、こちらが変に意識しているみたい……って、意識している。

 だって男性の手が触れたら、誰だって意識する筈だから、私はおかしくないわ。

 おかしいのは手の感覚が死んでいるサミュエル殿下の方よ。


 でも、ここで手を外したら、サミュエル殿下の手に、感覚がよみがえってしまうかもしれない。

 それは気まずい。

 気付かないふりをして、サミュエル殿下の手が離れるまで待った。


 舞踏会の時、ダンスでサミュエル殿下とは、何度も手を繋いだ。

 その時は手袋をしていたし、ダンスや距離の近さに緊張して、手を意識する余裕は無かった。


 今は互いに手袋をしていない。

 だから、サミュエル殿下の手を直に感じる。


 剣の訓練をしているせいか、サミュエル殿下の手は、剣ダコでゴツゴツとして、思ったより指が太い。

 体温が高いのか、緊張で冷たくなった私の手には、かなり温かく感じられた。

 サミュエル殿下の熱が手を伝って、私に移って、顔まで熱くなる気がした。


 結局、馬車が学園に到着するまで、サミュエル殿下の手は離れず、馬車に乗っている時間が、やたらと長く感じたのだった。


 その日の夜。

 就寝前に、侍女のメグが、手紙と百合の花束を持って来た。


「サミュエル殿下からでございます」

「いい香り。手紙は分かるとして、何故、花をくださったのかしら」


 サミュエル殿下は、急な公務が入って予定を変更する場合もあるので、定期茶会の前日は、いつも手紙で連絡をくれる。

 でも、花束なんて貰ったことはなかった。


 何か意味があるのかしら?

 疑問に思いながら手紙を読む。


『麗しの我が婚約者、ローズマリーへ』


「麗しの!?」


 今までの素っ気ない文章とは違い、始まりから、甘い言葉が綴られている。

 明日は予定通り十時に訪問する、といった内容には違いない。ただ、所々に


『天使の様な麗しい姿を直視出来ない私を許して欲しい』とか

『同じ空間に居るだけで、私の心は満たされてしまうのだ』とか

『明日が待ち遠しくて今夜は眠れそうにない。百合の花を私だと思って傍に置いて欲しい』等、無愛想で無口なサミュエル殿下からは想像出来ない、情熱的で甘い言葉が綴られている。


「ええええっ!」


 一体何事?

 赤面しながら、暫く考え込んで、全く眠れなかった。


 そしてお茶会当日。

 今回は、我が公爵邸の庭園にある四阿で行う。


 六月の空は爽やかに晴れて、庭師自慢の薔薇やチューリップ、ツツジが咲き誇り、噴水の水音や、小鳥の囀りが聴こえる癒しの空間となっている。

 サミュエル殿下は向かい合わせより、横並びに座る方が好みなので、椅子の配置を横並びにするよう、侍女に指示した。


「お待ちしておりました殿下、昨日は素敵な百合の花束をありがとうございました。とても良い香りで癒されました」

「それは何よりだ」

「!」


 最近、心境の変化があったのか、サミュエル殿下の口数が増えている気がする。

 会話が成立するってありがたい。

 普通の出来事に喜びを感じてしまう。


 紅茶を淹れた侍女が下がり、二人きりになった。

 サミュエル殿下にどうしても言いたい事があったので、早速切り出した。


「あの、殿下、昨日のお手紙ですが……」

「何だ」


 相変わらずサミュエル殿下は、そっぽを向いている。が、もう気にしない。


「メリッサ様に送る手紙の練習に、私を使わないでくださいませ」

「いや、それは」

「心配なさらなくても、メリッサ様は殿下の事を好ましく思っておられるでしょう。そうでなければ、あんなに抱き付いたりなさいませんもの」

「……」


 学園でメリッサ様が、サミュエル殿下に腕を絡ませて、胸を押し当てている姿を何度か目撃した。

 豊満なお胸はあのようにして使うのかと、感心していた。


「ですから自信を持って、お手紙でもプレゼントでも抱きしめでも、なされば宜しいのです」

「はあぁぁ――」


 目一杯応援の言葉をかけたつもりだったのに、サミュエル殿下は片手で顔面を覆いながら、不機嫌そうに溜め息を吐いている。


「私、何かおかしな事を言いましたか?」

「……」

 何も答えないサミュエル殿下が、初めてこちらへと体を向けた。

 小首を傾げる私に向かって、サミュエル殿下が両手を広げた。


「えっ!」


 ギュッと抱きしめられて、私の頬がサミュエル殿下の胸板に埋まった。

 咄嗟の出来事に驚き過ぎて、言葉が出ない。


「馬車で手を重ねてみた。手紙やプレゼントをしたが、何も伝わらない。こうすれば好きだと伝わるのか?」


 好きって、サミュエル殿下が私を?


「えっと、殿下は目を合わせたくない程、私がお嫌いですよね。初対面の時、無理って言いましたよね?私、覚えているのですよ」

「それは、天使の様な麗しい姿を直視するなんて無理。という意味だ」

「天!?で、でも、私が話かけても、最低限の返事だけで、さっさと会話を終わらせようとしていましたよね。私との時間が苦痛だったからでしょう?」

「誤解だ。同じ空間に居るだけで満たされて言葉が出なかっただけだ」

「っ!」


 手紙の内容そのままの甘い言葉を間近で囁かれると、威力が凄いし、恥ずかしくて堪らない。

 サミュエル殿下が、どんな顔をして言っているのか、全く想像出来ない。


「伝わらないなら、これから毎日手紙を書くし、プレゼントもする。こうして抱きしめるのも、やぶさかではない」

「だ、大丈夫です。ちゃんと伝わりました。理解しましたからっ!」


 納得したのか、漸くサミュエル殿下の腕が緩んだので、胸板から顔を離して、サミュエル殿下の顔を見上げた。

 身長差があるので、無意識に上目遣いとなる。


「っ」


 一瞬、ピクリとサミュエル殿下の眉が上がって、フイっと視線を逸らされた。

 どう見ても不機嫌そうな無表情で。

 以前の私なら、やっぱり嫌われていると思うに違いない。

 でも今は、違う見方が出来るようになった。


「あの、もしかして、照れていらっしゃる?」

「……」


 サミュエル殿下は、そっぽを向いたまま、コクリと頷いた。

 じゃあ今までずっと?

 思わず、ヘナヘナと力が抜けてしまった。


「もう、紛らわし過ぎます。殿下ったら、いつもそっぽを向いて、しかも無表情だから。整ったお顔の無表情って迫力があって、怖いんですよ!」

「機嫌、良かったつもりだが」

「いつ、ご機嫌だったのですか?」

「お茶会の時や、学園で目が合った時、それに登校中の馬車の中とか」

「いつもじゃないですかっ!」


 驚き過ぎて、思わず大きな声が出てしまった。


「あと、図書室で眠っている君を撫でている時」

「え……」


 あの時だけは、驚くほど優しい顔をしていましたが、まさか撫でられていたとは。

 それにしても理解出来ない。


「そもそも、他の方がいる時は、愛想良く接していらっしゃいますよね。私と二人きりの時とは、全然違います」

「あれは、国の為に有益だから、適切と思われる反応や表情をして、情報収集しているだけだ」

「学園のご友人達や、メリッサ様とも?」

「そうだ。全ては国益を考えた社交に過ぎない」


 当たり前みたいにサミュエル殿下は言う。

 見目麗しいのはさることながら文武両道、品行方正な人間性と若干十六歳にして類い稀なるリーダーシップもあり、次期国王に相応しいと、王太子のサミュエル殿下を誰もが認めている。


 きっと、サミュエル殿下は、次期国王として自分の心を犠牲にながら、見えない所で、今も壮絶な努力をしているに違いない。

 沢山の人がサミュエル殿下を好きなのに、その本人が何も感じられないなんて、とても孤独だったのではないかしら。

 

「殿下……」


 どう言葉をかければいいのか分からない。

 スッとサミュエル殿下に手を取られて、手の甲に軽く唇を押し当てられた。


「な!?何です?急に!」

「私の心が動くのは、ローズマリーだけだ。君が可愛い過ぎて仕事モード以外では、君を直視出来ないし、禄に言葉も出ないから、返事をするだけで精一杯だった。誤解させて済まない」


 社交的で表情豊かな時は何も感じていなくて、私を見て心が動いている時は無表情だなんて、本当に紛らわしい。

 グイッとサミュエル殿下の頬を両手で挟んで、じっと見つめた。


 かなり恥ずかしい。

 けれど、サミュエル殿下も、目に見えて目が泳いでいる。

 これは、かなり動揺している。

 今、同じ気持ちなんだと思うと、嬉しくなった。


「今後、話す時は、せめて目を見て話してほしいです」

「善処する。だから、二度と婚約破棄を提案したり、他の令嬢を勧めないでくれ」

「分かりました」


 サミュエル殿下の両頬を挟む私の手を、サミュエル殿下の手が包む。


「私が好きなのは、ローズマリーだけだ。忘れないで」

「っ!」


 積極的になったサミュエル殿下は、心臓に悪い。

 コクコクと頷くしか出来ない。


「あの、殿下、そろそろ手を放して欲しいのですが」

「確かに目を合わせるべきだったな」


 じっと見つめられると、恥ずかし過ぎて、堪らない。

 それに、逃げられない位の力で、サミュエル殿下に手を握られて、放してもらえない。


「もう、許してくださいませ」

「もう少し」

「あの、落ち着かないのですが」

「私もだ」

「ええっ!?」


 いつもの無表情で言われてしまった。

 同じ気持ちなのに、何だかこちらが不利な気がする。


「殿下がそっぽを向く気持ちが、今なら分かる気がします」


 気恥ずかしいと言うか、兎に角、心が落ち着かない。


「そうか、それは何よりだ。私はローズマリーを見つめる喜びを見出だせたようだ」


 それからサミュエル殿下は、私から目を逸らさなくなった。


 茶会後、殿下の馬車を見送ってから、自室に戻り、侍女のメグに報告した。


「どうやら、私、殿下に嫌われていなかったみたい」

「そうでしょうとも。ローズマリーお嬢様にベタ惚れのサミュエル殿下も、一安心したでしょうね」


 うふふと笑っているメグに驚いて、紅茶を飲もうとカップに伸ばした手を止めた。


「殿下の気持ちを知っていたのなら、教えくれても良かったのに」

「あら、サミュエル殿下は恥ずかしがっているだけだと、何度もお教えしたと思いますが?」

「う、確かに聞いたわね」


「あの時のお嬢様は、私が何を言っても、信じられなかったでしょう。問題を解決出来るのは、当人だけですから、仕方のないことです。あちらの側近との遣り取りで、殿下の気持ちは存じ上げておりましたが、お嬢様を悲しませ続けるならば、旦那様に進言して、全力で婚約破棄のお手伝いをさせて頂くつもりでしたが、お互いに誤解が解けたようで、何よりでございます」


 メグがサミュエル殿下の側近と遣り取りをして、情報交換していたとは、初耳だった。

 それにしても、今日は驚きの多い日だった。

 暫く紅茶を飲んでほっこりしていると、執事が手紙と花束を届けに来た。


「お嬢様、サミュエル殿下からです」

「ありがとう」


 どうしよう、とっても嫌な予感がする。


「落ち着いて読みたいから、一人にして貰える?」

「畏まりました」

「何かございましたら、お呼び下さいませ」


 人払いをして、部屋で一人、手紙を開封した。


『愛しのローズマリー

 さっき別れたばかりなのに、もう会いたいと思ってしまう。きっと君が足りないせいだ。次に会う時は、暫く抱き締めることを許して欲しい。

 私をずっと意識して欲しいから、私と同じ瞳の色をした青薔薇を贈るよ。

 君だけのサミュエルより』


 また甘い手紙きた――――!


 次に会う時って、明日の朝じゃない。

 え?迎えの馬車内でサミュエル殿下に抱きしめられるの?

 突然ならまだしも、予告されたら、どういう顔して会えば良いのか分からない!

 ああ、どうしよう。

 サミュエル殿下が、予想以上に積極的すぎて、恥ずか死する。


 私は、とっても後悔した。

 サミュエル殿下に、してはならないアドバイスをしてしまった……と。

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