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7話 辺境の地にて夜会


 厳か(おごそ)な婚約パーティーと呼ぶに相応しい夜会はケディック家の大広間で催される。


 王都と違い、要塞の意を持つ屋敷ならではの造りをした大広間だ。冬期になれば雪に覆われ、色を失う辺境。でも、今晩だけは色とりどりの花々と装飾が施された燭台で飾られていた。


 私の耳に届くのは、楽団が奏でる優美な音。緩やかな旋律が大広間を満たし、参列した周辺貴族たちや、遠方から訪れた賓客で賑わっているようだ。

 ちらり、と隣に佇むノーマン()を見やる。

 

(これから、ノーマン()と踊るのね)


 そう、私たちはオープニングダンスを披露することになっている。この地における、慣例のようなもの。――実はこの日のために、合間をぬって練習していた。片手で数えられる程度にしか、練習できなかった点が不安であるけれど。


 彼はじっと大広間へ繋がる扉を見つめている。扉の先の光景を見据えたアメジストのような瞳、鼻筋の通った横顔、額に掛かる短い赤毛。そんな彼を見つめていると、脳裏に蘇るのはノーマン()の言葉。


 ――「夜会の席でも、そう呼んでくれ」

 

 そのときの彼の表情を思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。すると、目の前に差し出された大きな手が私を現実に引き戻した。


「行こうか」

「えぇ」


 彼の言葉に、力強く頷いてみせる。大広間の扉がゆっくりと開かれ、私たちは踏み出した。


 ◇


 楽団の音色が一層華やかに変わり、オープニングダンスの開始を告げる。


 ノーマン様が一歩踏み出し、私を軽やかに導く。ステップを踏むたびに、ドレスの裾がふわりと揺れた。

 緊張していたはずなのに、彼の手が私の背に触れれば、不思議と体が軽くなる。大柄な彼のリードは、私を気遣っていると伝わるもので――。


 こそり、と耳打ちされる、低くて柔らかな声。


「リリー、次のステップは――」

(お顔が近いです……、とは言えない!)

 

 途端、跳ね上がる心臓。足を踏み外すのではないかと不安に駆られた。しかし、リズムに合わせてノーマン様の手を取り、触れ合えば、彼の落ち着いた眼差しに安心感を覚える。


 周囲の貴族たちの囁きや、燭台の揺れる光、すべてが遠く霞んでいく。私の世界はノーマン様のアメジストの瞳と、彼の声が中心となる。


 そうして――曲が終わり、得も言われぬ達成感に満たされる。賛辞とも呼べる拍手が、耳に届くまで少しだけ時間を要した。


 ダンスを終え、ノーマン様と共に広間を行く。賓客たちの拍手と笑みが交差する中。私の胸中にあるのは――。


(剣を握れば、私は騎士。ですが、ドレスを纏えば社交界が戦場です!)


 この地における社交界への意気込みだった。


 ◇


 ダンスが終わり、会場は優美な音楽の余韻に浸る。談笑を再開する者、喉を潤す者、私たちを窺う者。しばしの間、各々が時を過ごす。


 私たちを真っ先に出迎えたのは、コルネリア様だ。


()()()()!」

「コルネリア様」

「お父さまとのダンス、とても素敵でした!」

「ふふっ、ありがとう」


 互いに笑みを浮かべて、親愛の抱擁を交わす。

 賢いコルネリア様のこと。彼女は無邪気な笑顔を浮かべているが、私を貴族たちの好奇な目から逸らすためなのだろう。――そのついでに、私とコルネリア様の関係が良好であることを示す思惑が垣間見えた。


(流石、コルネリア様……。私ったら、ノーマン様とのダンスに浮かれてしまって――)


 コルネリア様の策士っぷりに、感嘆の溜め息が出そうになる。


 私はつい先程まで、自分の世界に浸っていた。社交界への意気込みをあらたにしたのは、曲を終えてからだと言うのに。まさか、扉から一歩踏み出せば、そこが戦場だとは――。浮かれた気持ちを払拭するかのように、首を左右に振った。


 コルネリア様との抱擁を終えると、目に飛び込んできたのは彼女をエスコートしていたはずのマティアス騎士団長。うら若い令嬢たちに囲まれ、顔を引き攣らせていた。


 どういう状況なのだろう。一向に理解できず、思わず言葉を溢した。


「あれは……? マティアス騎士団長」

「あぁ、あいつは夜会ではいつもああなんだ。気にしないでくれ」


 呆れたように答えたのはノーマン様。すると、そこにコルネリア様が言葉を重ねる。


「ほら、騎士団長。見た目が金髪に碧眼(へきがん)だから、()()()()()()。王都に憧れを持つ女の子たちは皆、王子さまみたいな雰囲気がお好きでしょ?」


 ノーマン様は辟易とした表情を浮かべながら口を開く。

  

「はぁ……。あいつが辺境伯だと、勘違いする若い令嬢が後を絶たなくてな」

「お父さまも怖がられるより、都合がいいって釈明しないから。お父さまが騎士団長と間違われることもあります」


 ノーマン様の言葉の先を、コルネリア様が引き継いだ。

 確かに、周辺貴族と言えど――。そのご息女ともなると、実際に「ケディック辺境伯」を目にしたことはないに等しいだろう。そこから生まれる勘違い。


 熊のように大柄な体躯、顔には大きな傷。眼光鋭く、歴戦の猛者を彷彿とさせる出で立ちは、騎士団長と言われても納得するだろう。――コルネリア様の言葉に説得力が生まれる訳ですね。

 思わず、そっと呟いた。


「成る程……」

「リリー……、納得しないでくれ。……マティアスの方が好ましいだろうか?」


 背から掛けられた言葉は、少し残念そうで。振り返りノーマン様を見やれば、彼はこれでもかと眉を下げていた。


「ち、違います! ノーマン様のその……凛々しいお姿が、私には素敵に思えて……」


 慌てて弁解する私。最後の言葉は小さくなり、彼の耳に届くことはなかったようだ。


(ああ、もう! 社交界は戦場なのに、ノーマン様の前ではこんな調子だなんて!)


 大柄な体躯もさることながら。この凛々しいお顔が感情豊かに変ること、繊細な心遣いをなさること。――それに、この少し拗ねたような可愛らしい表情。私には効果絶大です。


 すると不意に、ノーマン様は首を傾げて見せる。


「ん? どうかしたのか?」

「いっ、いいえ!?」


 動揺して声が裏返ってしまった。自分でも気付かない内に、彼を見つめていたようで――。

 コルネリア様の意味深な笑みが羞恥心を煽る。


 マティアス騎士団長。――彼はそっとしておきましょう。念の為、彼のフォローを入れておくとことを忘れない。


「マティアス騎士団長は気さくで、お話しやすい方ですもの。ご令嬢たちに人気があるのが分かりますわ」

「…………気さくに話し掛けられたのか? あいつに?」

「ええ、朝の稽古の時――」

「…………」


 怪訝な顔でノーマン様から尋ねられ、私は少し前の出来事を口にした。すると、彼はまたも可愛らしい顔をするもので――。


「リリー様、それはとんでもない発言です」


 コルネリア様の呆れたような声音がそっと消えた。


  一方、マティアス騎士団長は観念したのか。彼は令嬢たちに気さくに応じつつ、時折、助けを求めるような視線をこちらに投げていた。



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