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4話 家族水入らず?


 ケディック辺境伯、帰還のちに。私は白百合の花束を抱えたまま、屋敷の中へと戻った。

 すると、控えていたナタリーがそっと声を掛けてくれる。視線は私が抱く花束に注がれていた。


「リリー様」

「えぇ、そうよね……。こちらお願いね、ナタリー」

「畏まりました。お部屋までお持ちしますね」


 花束を手渡すと、ナタリーは一礼してその場を離れた。彼女のことだ。何も言わずとも、白百合が咲き誇るように生けてくれるだろう。――ただ、手放した花束の重さが少しだけ名残惜しい。


 ひとり、廊下を行く。ケディック辺境伯とコルネリア様は部屋まで見送ると仰って下さった。だが、丁重にお断りし、私がひとりで構わないと申し出たのだ。


(折角、家族水入らずの時間だもの。邪魔したくないわ。それに――、まさかコルネリア様に見透かされていたなんて。……とても恥ずかしい)


 そう、まさか淡い恋心を見透かされているとは思いもよらず。コルネリア様の笑顔を目にしたとき、恥ずかしさで顔から火が出る思いだった。それに――、この結婚は「契約結婚」などではなかった。


(まさか初めから私の勘違いだったのかしら……!? いいえ、厳密に言うと契約上の婚約? と、とにかく……! これからケディック辺境伯と毎日、顔を合わせることになるのよ!? もう顔を合わせたのだから、ノーマン卿とお呼びするべきかしら!?)


 支離滅裂な自問自答をしながら、巡る思考に終着点は見つけられず。度々、視線がばったり合った使用人からは微笑ましいと言わんばかりの笑みを向けられる。

 それはそれで、私の羞恥心を煽ることになり――。足早に自室へと戻った。


 扉が小さく閉まる音を耳にしながら、扉を背にもたれかかる。視線を上げれば、目に飛び込んできたのは生けられた白百合の花。ナタリーは仕事が早い、と目を細める。

 しかし、生けられた白百合を目にすれば、思い出すのはケディック辺境伯――。いいえ、ノーマン卿のこと。

 

(そ、そもそも! 恋なんてしたこと、なかったわ。私が恋をするなんて、思ってなかった……)


 未だに頬が熱い。誤魔化すように、両手で顔を仰いだ。――人生で初めて感じた胸の高鳴り。剣を握る、振るときとは全く違う感情。


(駄目だわ、どうしても思い出してしまう……!)


 ノーマン卿からプロポーズを受けた光景が脳裏に焼き付いて離れない。どうにか落ち着こうと、深呼吸を繰り返す。


 すると、扉の向こうから、使用人達が慌ただしく行き来する音が聞こえて来た。それもそのはず。ノーマン卿の帰還に伴い、ささやかな食事会が催されることになっている。――もちろん、私もその席に顔を列ねる。


(ふぅ、落ち着いて……。熊よ、熊と思えばノーマン卿のご尊顔を見たとしても、平常心でいられるはず)


 深い息を吸ったとき――。


「ノーマン様の熱烈な求婚、素敵だったわね! リリー様のお可愛らしいことと言ったら!」

「えぇ、とっても!」

「お喋りはお終いよ! 早く給仕の準備をなさい!」


 廊下から、侍女長のものと思しき叱責が聞こえてきた。――それより、その前の会話よ。顔の火照りが収まるのはもう少し時間が掛かりそう。


 より一層、慌ただしくなった廊下の喧騒。食事会の準備が近付いているのだろう。私は深呼吸を重ねた――。


 ◇


(どうして、こうなったのかしら……)


 心の呟きは瞬く間に消える。どういう訳か――、やる気をみせた侍女たちのお陰で私の身なりは、自分でも驚く程に磨き上げられた。


 いつもより輝くミルクティーブロンドは編み込まれ、うなじを晒している。ドレスは私の好みに合わせた、慎ましやかな上品さを演出したもの。

 それに――、手の肉刺や擦り傷を覆い隠す手袋はない。折角、ノーマン卿が褒めてくれたのだから、と今は素肌をさらしている。


 ――なんだか、変にそわついてしまう。


 食事の席にはノーマン卿、コルネリア様。そして、私。

 食事の場は楽しくもあり、気恥ずかしくもありで――、会話は弾み、時が過ぎる。すると、ノーマン卿が頃合いを見計らったかのように、口を開く。


「本来であれば、……」


 そこで言葉を切ったノーマン卿。私がはたと首を傾げて見せると、彼は言葉に詰まった様子を(うかが)わせる。


「その……」

「お父さま。リリー様がお綺麗なのはわかりますが……。はっきり名前をお呼びしないと誰にお話しされているのか、分かりません。先程もあなた、だとか――」

「……娘が厳しい」


 みかねたようなコルネリア様からの指摘に、困ったように眉を下げるノーマン卿。

 どうやら彼は辺境伯という立場に責任と誇りに重きを置く威厳ある父、というよりも、コルネリア様に寄り添った父のようだ。新たに知った、彼の一面に胸が高鳴る。


 それと同時に――。


(親子漫談……?)


 ほのぼのとした雰囲気が、私の平常心を保つ唯一の要となっていた。しかし――。


()()()

「は、はいっ!?」

「突然、すまない……。失礼した。やはり、もう少しお互いを知ってから、ちゃんと名を呼ぶことに――」


 唐突に呼ばれた、私の名。柔らかく、優しい声音で呼ぶものだから、私の平常心はどこかへ行ってしまった。ノーマン卿は私の驚きように、申し訳なさそうに断りを入れた。


 しかし、私の胸中はというと――。

 

(寧ろ、親しくなるには必要なことではないのですか!?)


 そう思い至った瞬間、私はわっと声を上げる。


「いいえっ!!! 喜んで!?」

「お父さま!!!」


 声を上げたのはコルネリア様と同時だった。私たちの勢い余る大声に、ノーマン卿は驚いた表情を見せている。彼は戸惑いながらも、語り始めた。


「……えぇと、本題に話を戻すが。本来ならばリリー()が辺境の地に腰を据えた時期、婚約式を予定していた。だが、突然この地を離れることになり、ここまで待たせてしまった……。申し訳ない」

「とんでもございません。私も剣を握る者の端くれ。無事に帰還されたことが、何より嬉しく思いますもの」


 私の口から出た言葉は本心だ。しかし、二人は言葉を失い、沈黙している。


「「…………」」

(視線が痛いわ……! 私、何かおかしなことを言ったのかしら……!?)


 居たたまれない気持ちになりながら、じっと時が過ぎるのを待つ。すると、ノーマン卿がゆっくりと口を開いた。


「コルネリア」

「はい」

「リリー()はずっと、この調子で……?」

「はい、執事長から庭師に至るまで。悉く陥落しました」

「…………」


 コルネリア様の()()を受けたケディック卿はまたも沈黙。


(コルネリア様の言い方……!!)


 私はひとり、心の内に叫ぶ。すると、ノーマン卿は話題を変えようとしたのだろう、大きく咳払いをした。


「ご、ごほん! 元より、婚約式の用意はあったのだから――」


 ノーマン卿から説明がなされた。彼の帰還後、婚約式が執り行われることは既に周辺貴族へ通達している。そのため、一週間後には婚約式を執り行い、その後、お披露目も兼ねた夜会が開かれる。


 そうして――。


「結婚式は一年後で、どうだろうか?」

「えぇ、異論はございませんわ」


 私の言葉に、ノーマン卿は笑みを溢す。そのまま、彼は言葉を続けた。


「その間に少しでも互いのことを知りたいと願うのは、おこがましいだろうか……」

「いっ、いいえ……!?」

「リリー()、顔が赤いが……。大丈夫か?」

「お気になさらずに!?」


 思わずして掛けられた言葉に、私の返事は上ずった声になってしまった。そんな私たちのやり取りを眺めていたコルネリア様。彼女は呆れたように溜め息をつくと、口を開く。


「お父さま、歩み寄りの一歩が小さいです。まるで小動物を怖がらせないように、細心の注意を払う大きな熊です」

「……言い得て妙だな」


 コルネリア様の鋭い指摘に、頷くノーマン卿。――いえ、納得しないでください、と思わず口を滑らせそうになり、私は咳払いで誤魔化す。


(それにしても、歴戦の猛者を体現したような風格。ですが、コルネリア様を見つめる優しい眼差し。口からぽろっと「素敵」だとか、色々な言葉が出そうだわ……気を付けないと。はしたないと思われてしまっては嫌だもの……)


 心の内で自分を律し、ふと顔を上げた。ばちり、とかち合う視線。すると、ノーマン卿は――、これでもかと顔を綻ばせた。


(私の心臓、耐えきれるのかしら……?)


 それは、これから恋の波乱を予見させる胸の高鳴りだった。



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