番外編 継子が思う所によれば【後編】コルネリア視点
* * *
そうして、瞬く間に迎えたリリー・リベルテ様との邂逅の日。奇しくも、父は国境視察へ赴くことになり、この場にはいない。
リリー様はどのように捉えるのだろう。後妻候補の中には、無下にされたと怒り出すご婦人や令嬢もいたものだ。不意に思い出した珍事件に、遠い目をする。
しかし、この地に足を降ろしたリリー様は――。
「なんて、可愛らしい小さなお姫様」
わたしを真っ直ぐな瞳で見つめ、そう言った。思わず漏れてしまった言葉だったようで、少し焦っている。先程までの凛とした佇まいが、途端に可愛らしいものへ変わる。気恥ずかしさを誤魔化すように、ミルクティーのような色合いのブロンドに触れた。
初めて言われた言葉に、わたしの頬に熱が集まる。今までの後妻候補者とは――、少し違った。
すると、リリー様はわたしと同じ目線で屈む。ヘーゼルの瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめる。
「私はリリーと申します。突然、母などと差し出がましいのは重々承知しておりますわ」
「リリー様……」
「ですが、私とお友達になって頂きたいのです」
「……!! 喜んで!!」
またもや言われたことのない言葉だ。わたしは二つ返事で了承の言葉を口にした。――それは寂しさ故に、出た本音。
しかし途端に、はっとして口をきつく結んだ。後妻候補たちの、これまでの行いを忘れてはいけない。
(い、いけない……! わたしは騙されないわ……!)
淡い期待と、揺れる思いを抱えたまま。こうして、リリー様との日々が始まった――。
意外にも、彼女は早くこの地に馴染んだように見受けられた。王都から辺境へ移れば、少なからず生活の不便さや気候、娯楽といった物の差に辟易としてしまうもの。
でも、彼女は――。
(リリー様。こんな短期間で、使用人たちの顔を全員覚えてらっしゃるのね……)
ひょっこりと、物陰からリリー様の姿を覗く。彼女がこの地にやって来てから、まだ日は浅い。それにも関わらず、気さくに使用人たちと会話を楽しんでいた。それどころか、常駐騎士とも剣を交え、彼らを激励している。
その姿を目にした、わたしの脳裏に浮かんだのはリリー様の言葉。リベルテ家のご令嬢は物心つく頃より剣を握る。故に剣の道に生き、剣を愛する。――大切なものを、自身の手で守るために。それは家の役目を超えた矜持だと、聞いている。
わたしの中にあった、疑いの感情は綺麗さっぱりなくなっていた。
また、ある時は書物庫でリリー様の姿を目にした。この地は気候穏やかな豊穣期であっても夜は冷える。蝋燭の灯りに照られた彼女の横顔はとても真剣で――。
(リリー様。昨晩は夜遅くまで領地の勉強をなさっていたわ)
自室にひとり。ベッドで仰向けになりながら、天蓋を見つめる。
「リリー様がお母さまになってくれたらいいのに……」
ぽつりと、口から溢れた言葉に自問自答する。
(ん? いいえ、違うわ。わたしったら、すっかりリリー様とお友達になれて、嬉しくて忘れていたのよ)
そもそも、リリー様は父の婚約を受けて下さっている。書類上、ゆくゆくは結婚する。
優しい父は、リリー様を大事にしたいと思っているはず。でも、それは後妻という複雑な立場を思いやってのこと。本当に互いを想い合えるような、そんな夫婦となって頂きたい。そんな想いがわたしの中に芽生える。
――父は風貌見合わず、心優しいひと。わたしの大好きな父。リリー様は信念を抱き、真っすぐなひと。わたしの大好きなひと。
でも、リリー様はどこか勘違いをなさっているご様子。そう、例えばこの婚約は「契約結婚」のためであるとか。でなければ、時折見せる物寂しそうな表情は説明がつかない。
「わたしが――、ひと肌脱ぐしかないわ」
決意を新たに、わたしの作戦が始まった――。
◇
(父はわたしを大事にしてくれる女性がお好き……。問題なし)
自室にある机を前に、ひとり考える。父とリリー様の中を取り持つにはどうすれば良いのか、ひとり会議だ。
(お二人とも、剣に生きる者同士。通じ合うものは必ずあるわ。これは、わたしが少し背中を押すだけで――)
すぐさま行動を起こした。
まず、最初の標的はナタリー。彼女はリリー様の専属侍女だ。リベルテ家の使用人だが、こうして辺境の地まで専属侍女として共にやって来た。
「ねえ、ナタリーはリリー様と姉妹のように育ったのよね? リリー様のお好きなものって何かしら?」
「コルネリア様! そうですねぇ……」
ナタリーは少し考える仕草をすると、そっと口を開いた。
「あまり宝飾品などは好まれないかもしれません」
「え?」
「お嬢様……、いえ、リリー様は見ての通り、野を駆けまわるのがお好きな――。俗に言う、一風変わったご令嬢でしたので」
幼い日々を思い出したのだろう。目を綻ばせて語るナタリーに、首を傾げた。
(見ての通り……? 一体、どこをどう見れば……?)
リリー様の立ち振る舞いはまさに淑女。わたしから見たリリー様の姿からは想像できない言葉だった。
次の標的は、リリー様の執事を務めるアルフレッド。彼は老齢ながらも、辺境の地に赴いてまでリリー様に仕える忠誠心のある使用人だ。ナタリーから聞かされた話をすると――。
「リリー様は領地に余暇を過ごしに行くと、木に登ったり、野兎を追いかけ回したり――」
「え……」
「鹿などの野生動物が増えすぎた年は、小規模な狩猟大会を催しまして。リリー様も腕前を披露されて――」
「……?」
思ってもみなかった言葉の数々に、絶句する。しかし、彼らの言葉が正しかったのだと理解する出来事があった。
父は遠征で不在が続くと、無事を知らせる意味も込めて、季節が変わる毎に贈り物をしてくれる。もちろん、リリー様にも届いている頃だろう。しかし、訪ねたリリー様のお部屋でわたしが目にしたのは――。寂しそうな横顔だった。
(これは、ナタリーたちの言うことに一理あるわね)
わたしは確信すると、急いで父に手紙を書いた。リリー様との心温まる日々のこと、彼女が好みそうな品々について。もちろん、わたしがどれだけリリー様を慕っているのかを書くことも忘れない。
筆を置くと、すぐさま執事長を呼んだ。彼ならば、この手紙をすぐさま父の元に届けるよう手配してくれるはず。
「この手紙を父へ」
「かしこまりました」
彼は手紙を受け取ると、退室した。彼の背を見送ると、わたしは伸びをひとつ。
(これで少しでも、お二人の距離が縮まればいいけれど――)
心の呟きはそっと消えた。
* * *
そうして、父の帰還の日。いよいよ、リリー様と父の初対面の場だ。あとは父に懸かっている――。
父の飾らない言葉の数々。徐々に頬を染めて行くリリー様。わたしはリリー様の手を引き、にんまりと笑みを浮かべる。
「嬉しいです、お母さま!!」
どうやら、わたしの策略は成功したようです。