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番外編 継子が思う所によれば【前編】コルネリア視点


 ここは王都から遠く離れた辺境の地。冬になればそびえ立つ山々に囲まれ、自ずと閉ざされ自然の要塞となる――。


 温室に用意された、お茶会のセット。しかし、そこに対話を楽しむ相手の姿はなく、わたし一人だけ。


 わたし、コルネリア・ケディックは小さく溜め息をつく。手に持っていたカップの水面が揺れた。わたしの近くに控えている侍女も、同じ思いなのだろう。申し訳なさそうに眉を下げている。


(いくらお父さまの不在が多く、その間は好き勝手できるといっても――。娯楽も少なく、流行のドレスや宝飾品の流通が遅い、この地。さらに言えば、極寒の環境下では嫌になるのも時間の問題)


 そう、わたしを悩ませているのは父の後妻候補。わたしがこの歳になるまで、父は頑なに後妻を迎えようとはしなかった。

 

 もちろん、そうなれば領地周辺貴族からの視線は痛い。後妻の座を手に入れるために、候補者が名乗りを上げるのは必然で――。

 それもそのはず。この辺境では隣国との防衛戦となれば、父が先陣を切り、遠征に出向くこともしばしば。


 戦がなくとも、国境警備の陣頭指揮や駐在している騎士の士気向上のために出向く。そうなれば、この地で権力を持つのは残されたわたしと後妻候補――。あとはご想像通り。そこに父を想い、慕う感情は含まれていない。


 侍女長や執事長と言えど、後妻候補に苦言を呈するのは難しい。貴族とはそういうもので、わたしが後妻候補の目に余る行動に口出ししても――子どもの言うことなど、聞き入れてもらえないのが関の山。


(まぁ、結果は予想通り。予算を使い切るわ、やりたい放題。その結果、何かにつけて領地の視察へ同行させて、この寒さに覆われるこの地の恐ろしさを思い知らせて……おっと。まぁ、言うなれば、わたしが追い出したも同然よね)


 父には口が裂けても言えない秘密だ。

 もちろん、結果として後妻候補はこの地に嫌気がさして故郷へ帰った。また別の候補者は何かと理由をつけて帰郷したので、嘘は言っていない。


 そうすると、問題は再び冒頭に戻り――。


「どなたか、いい方がいらっしゃればいいのに――」


 多くは望まない。契約結婚だとしても、父を戦に明け暮れる戦士ではなく、心ある人だと理解してくれたら――。

 わたしの独り言は温室に消えた。



 それから、少し経ったある日。わたしは父の執務室へ呼び出された。


「お父さま、お呼びでしょうか?」

「よく来た、コルネリア」


 執務中の手を止め、わたしを見やった父。数週間前、遠征から帰還したばかりだと言うのに、こうして執務に明け暮れている。

 

 わたしは、ちらりと執事長に視線を送った。

 すると、執事長は仕方ないと言わんばかりに目を伏せる。そうして、わたしと父の姿を見ないよう、背を向けた。どうやら、()()()()()()()書類を確認するようだ。


 それを見計らい、淑女らしからぬ振る舞いをする。父の執務の手を止めさせるためだ、仕方ない。父に有無を言わせず、膝へよじ乗った。

 

「えへへ」

「全く」


 これで少しは目を休められるといい、と父を振り返り悪戯な笑みを向ける。すると、父は悪態をつきながらも微笑み返してくれた。


 わたしは、はたと思い出したかのように口を開く。

  

「そうです。お話というのは、一体?」

「その……。近々、ある令嬢に婚約を申し込むつもりでいる」

「え……? どういう風の吹き回しで?」


 父の返答は意外なものだった――。思わず、聞き返す。


 近隣領地から後妻候補としてやってきた淑女たちは思惑を抱えているのが常だ。それもついこの間、父の遠征中にひとり、わたしが追い返したようなものなのに――。


 父は少し考える素振りを見せ、その次には困ったように眉を下げた。 

 

「このままでは周囲貴族たちへの体裁がな。それに、領地での体裁も……。うん、凄く悪いらしい……。父さんは胃が痛い」

「お父さま、心の声が漏れています」

「……娘の前でも取り繕うのは、(いささ)か――」


 わたしの指摘に、父は更に大きく眉を下げた。顔に刻まれた傷が少しだけ歪む。


 果敢に戦線を駆け抜ける騎士が、娘であるわたしの前ではこうなのだ。わたしが父を大好きな理由のうちのひとつでもある。大きな熊のような体格に、顔には大きな古傷。でも、その心はとても優しい。


 一方で、妙齢のご令嬢からしてみれば恐怖の対象のよう。わたしとしては納得いかない。思わず頬を膨らませてしまった。

 

 父が婚約を申し込むと言ったご令嬢。いまだ見知らぬ彼女は父を見ても卒倒せず、受け入れてくれるような女性(ひと)なのだろうか。


 わたしは怪訝に父を見上げる。


「お父さま、一体どなたに?」

「かのリベルテ家のご令嬢だ」


 その家名であれば、わたしでも知っている。

 王都を守護する家系で、先祖代々の武勲により貴族となったリベルテ家。しかし、同じく武勲を立てた貴族。王都を守護する貴族の中で、適齢期の男児がおらず、婚約者探しが難航したとか――。


(時に情報というのは武器にもなるものよね)


 わたしが侍女長から仕入れた情報を思い出していると、父は言葉を続けた。

 

「聞くところによれば、つい先日婚約破棄を受けたとか――。彼女には傷心に浸る間もなく、申し訳ないことをしてしまうが……」

「それは――」

「コルネリア」


 父は言葉を遮った。恐らく、わたしが考えていることを察したのだろう。

 ――婚約破棄を受けた令嬢は、何かしらの問題があると見なされ、世間での評判は厳しいものとなる。


 (いさ)めるように名を呼んだ父。わたしは眉を下げて、返事をする。


「はい」

「リベルテ家は王族の身辺警護、王都の防衛を担う名誉ある家系だ。ひとつの情報だけで決めつけるのはよくない。――これは戦況にも言えることだ」

「わ、かりました」


 諭すように柔らかな物言い。しかし、きちんと戦場の教えを説く父。わたしは口ごもる。


「コルネリアはとても大人びているから、私を心配してくれているのだろう。ありがとう」

「……」


 そう言って、笑ってみせた父。わたしは何も言えなくなるのだった。



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