番外編 辺境伯の独白(ノーマン視点)
鎮魂の儀式を終え、場所は賑やかな祝宴へと移る。厳粛だった儀式と異なり、宴は華やかな場となっていた。
自然の恵みを生かした食事が並び、領地で作られた葡萄酒を片手に談笑する皆。それは狩猟大会の成功を祝うものでもある。
大仕事を終えた安堵も束の間、私の視線はリリーを追っていた。彼女はコルネリアと共に、食事を楽しんでいる様子だ。
私はその光景に既視感を覚える。
(彼女を一目見たときも、このような宴の席だったな――)
そうして、年甲斐もなく恋焦がれた瞬間を思い出す。
* * *
辺境という領地を治めながらも、凱旋と称して王都へ赴くこともしばしば。祝いの席や舞踏会があれば、それに参加するよう告げられることもあった。
華やかな舞踏会。王族主催ということもあって、大勢の人で賑わう。そんな中、私は人気の少ない壁際に佇んで、時が過ぎるのをただ待っていた。
(はぁ……。王都滞在は酷く疲れる)
元より、王都で私の評判は二極化している。英雄と称されるときもあれば、狂人と呼ばれることもあった。それは大して気にしていないが、相手を怖がらせないよう気を遣うことに疲労が絶えないのだ。
私は疲れを誤魔化すように額に手をやった。すると、ぱたぱたと走る小さな足音を耳が拾った。そちらを向くと、駆ける少女の姿が目に入った。少女は今にも泣きそうな表情を浮かべている。
(あれは……、第三王女)
王族たるもの、人目に晒してはいけない姿というものがある。今しがた私が目にしたのはまさにそれだ。――ここは何も見なかったことにして、立ち去るのが彼女の尊厳を守ることになるだろう。
私はそっと曲がり角の影に隠れた。すると、視界を横切ったのは――気品溢れる出で立ちをした女騎士だった。
彼女は王女に追いつくと、優しく語りかける。
「お待ちください」
「だって、皆さまへのご挨拶……。失敗しちゃって、わたくし……」
「大丈夫ですよ。ご立派に務めを果たされました。――ほら、泣かないで」
「……いつもリリーは優しいの」
女騎士は王女の背丈に合わせて屈み、まるで姉のように諭した。その姿は彼女たちの信頼関係を示すには十分だ。
私は彼女のことが気にかかり、そっと二人の姿を見守る。女騎士は涙を流す王女に寄り添い、手を差し伸べていた。彼女の手、それを目にした私は素直に感心する。
(あの手は……。とてもよく訓練しているのだろうな……)
野暮なことはできまい、と私はその場を後にした。
しばらく、彼女のことが頭から離れなかった。未だ経験したことのない高揚感。その感覚のまま、廊下をただ歩いた。そこでふと、すれ違った騎士に、彼女の特徴を伝えてどこの所属かを尋ねる。
「すまない。彼女は……?」
「第三王女様の護衛殿にございます」
「そう、か」
私は騎士に礼を伝え、思いふける。
(彼女の、あの温かな眼差しをコルネリアに注いで欲しい……。こんなことを一瞬でも、考えてしまった私は――)
我ながら不埒な考えごとをしたものだ。その思いを払拭するかのように視線を逸らす。しかし、渦巻く感情は行き場をなくして心の中に留まっていた。
(それに……。あわよくば私にも、などと……)
年甲斐もなく抱いた感情。私は心の中で自身を叱りつける。――足早にその席を離れることで、無理やり彼女のことを忘れようとしたのだった。
◇
少しだけ時が流れ、執務に追われていた頃。執務室に私の溜め息がやけに大きく響いた。
「……またその話か、ハンス」
「しかし、ノーマン様。いつまでも後妻を迎えないというのも、体裁が……」
執事長ハンスは表情ひとつ変えず、意見を述べた。
私は再び大きな溜め息をつく。そこでふと、脳裏に浮かんだのは――。
「リベルテ家のご令嬢……」
ぽつり、と私が溢した言葉をハンスは聞き逃さなかったようだ。
彼はすぐさま懐に手を伸ばす。蛇腹にまとめられた紙を取り出し、目を通し始めた。――ハンスは後妻候補のリストでも作っていたのだろうか。
私が心底呆れた視線を送っていると、ハンスは残念そうに首を横に振った。
「失礼ですが、かの方はご婚約されたはずです。王女様を巡る陰謀事件の折に、護衛を退任され……」
間髪容れずハンスが語ったのは、彼女の境遇だった。
彼女は王女護衛を退任後、貴族の役目を果たすべく婚約したというのだ。同じく剣を握る私が想像できること。それは誇りを手放したばかりか、使命のために剣を振るうことも許されない――。
途端、輝いて見えた彼女の表情を思い出す。そんな彼女が失われた事実。私がそれを嘆く資格はないはずだ。だが、心は重く沈んでいく。
「そう、か……」
ようやく口から出た声は掠れていた。
胸の内にじわじわと広がっていくのは、経験したことのない痛み。
(始まってもいなかった関係を、嘆くことはない……か)
せめて彼女の婚約者が、彼女を大切にするような人物であることを願った。だが、それは私の中にいる偽善者だ。
(もし、何か……女神の導きがあったとき。そのときは……)
ぐしゃり、と握った紙の皺は私の心を表しているかのようだった。
* * *
過去の記憶を辿り終え、賑やかな宴に意識を戻す。
私の視線の先にいるのは、宴を楽しむリリー。儀式のために纏った衣装は彼女本来の気品や美しさをより引き立てている。コルネリアと共に、宴の料理を楽しんでいるようだ。
そんな光景に目を細めながら、心の内に呟いたこと。
(あの後……根回しをしておいて正解だった)
我ながら狡猾だったと自嘲する。――彼女が婚約破棄を受けたと知ったとき、すぐさま婚約を申し出たのだ。もちろん、地位や権力を存分に利用させてもらった。
思いふけっていると、そこに掛けられた凛とした声。
「あの、ノーマン様?」
可愛らしく首を傾げ、私を見上げるリリーがいた。彼女は私の元まで足を運んでくれたようだ。コルネリアと手を繋ぎ、仲睦まじい姿を見せている。
リリーはコルネリアの心を解かしたのだ。ひとり残される不安を抱えながら、私の前では貴族の子であろうと強がっていたこの子を――。それを思えば、リリーに抱く感情は恋とはまた違った感情となる。
私はリリーを見つめて、そっと囁く。
「君がこうして……ここにいてくれてよかったと、心から思うよ」
「あの、えっと……! 突然、そのようなことを言われますと……!」
途端、慌てふためくリリーに、私はくすりと笑みを漏らす。すると、コルネリアがにんまりとした表情で追い打ちをかけたのだ。
「お母さま。お顔が真っ赤ですね」
「それは……! その……!」
楽しそうに談笑するリリーとコルネリア。彼女たちを眺めていると、胸に宿るのは温かな感情だ。
しかし、その温かさとは裏腹に。リリーに話していないことが脳裏をかすめると、途端、自責の念に駆られる。
(コルネリアのことを、しっかりと話す機会を設けなければ……)
共に人生を歩む夫婦となるのならば、秘密にするべきではない。そう思い至り、私は手にしていた葡萄酒を一気に飲み干した。
宴が終わり、式を目前に控えた頃。リリーに打ち明けることを誓って――。
これにて第三章完結です! ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
最後にブクマ・評価などを頂けましたら今後の励みになります!
そして! これまで語られることのなかったノーマン視点のお話。いかがでしたでしょうか。
実は一目惚れしたものの、時すでに遅し。その後、虎視眈々と機会を窺い、リリーに婚約の申し入れをしたという裏話でした(それも一度は恋に破れているというのがね……。戦場では負け知らずなのに、色恋になると敗北しているというのが美味しいぃい……。そんでもって、リリーを怖がらせないように序盤の告白シーン。ちょっとの嘘を交えて告白した)という痴態をさらけ出すのはここまでですね。すみません。
先日、活動報告に投稿した通り、当作品の短編版がネット小説大賞13にて入賞。
書籍化の運びとなりました。本当に夢のようです。ありがとうございます……!
読者の皆様には重ねてお礼申し上げます。
よって誠に勝手ではございますが、三章完結に伴い、四章を書き終えるまでは一時休載とさせて頂きます。
四章以降の物語の大筋は既にあるのですが、書籍化作業の側ら「更新日に間に合わないかも……」という焦燥感を抱えたくないのと、「クオリティを落としたくない……!」という熟考の末の選択です。どうかご容赦ください。
書き終えましたら毎日投稿なんかもね、してみたいので……(本音)
二人の結婚式、楽しみにしていて下さい!
連載再開は遅くても来年5月頃を目標にしています……! 詳しい進捗などは、Xにてお知らせしています。
何卒、よろしくお願いいたします。それでは、また!




