28話 円卓に集う
狩猟大会を終えた後、束の間の休息。屋敷に戻った私たちは会議室に集っていた。――休息、といっても考えることが山積みだ。
祝宴が開かれるまでの僅かな時間。
ノーマン様を筆頭に、こうして円卓に集った。マティアス騎士団長と執事長のハンス。そして、アルフレッドも同席している。ハンスとアルフレッドは各々の主人の背後に佇む。
そうして、ノーマン様は真剣な顔つきで語り始めた。
「さて、コルネリアとフローレンツ子爵令嬢を狙った襲撃者についてだが――。マティアス」
「はい」
名を呼ばれたマティアス騎士団長が椅子から立ち上がり、現状を語った。
「捕縛できたのは三名。重症のため、聞き出せた情報はわずかでしたが――」
そこで一点に集中する視線。皆して私を凝視している。ノーマン様だけは誇らしそうに頷いているけれど。
襲撃者全員を倒したのは私だ。騎士団が駆けつけたときには、全てが終わっていた。捕縛後、会話が成立する襲撃者は少なく、情報収集は難航したようだ。
場の雰囲気に居たたまれなくなり、私はさっと視線を逸らした。そうして、呟くように口を開く。
「申し訳ございません、やりすぎましたわ……。それにその……、あの子たちを誘拐すると言っていたので……つい、頭に血が上って」
「君が気に病むことはない」
間髪入れず、ノーマン様が助け舟を出してくれた。さらにはハンスも当然だというように、強く頷いている。
そんな周囲の反応に、マティアス騎士団長は困ったように口元を引きつらせて――、大きく咳払いをひとつ。気を取り直してとでも言うように、語り始めた。
「ええとですね……とにかく! 襲撃者は全員、金で雇われただけの盗賊でした。雇い主は調査中。ご想像通りの展開」
彼は報告を終えると、肩をすくませた。さらに言葉を続ける。
「次に、大鹿です。群れからはぐれ、狩猟区域に迷い込んだ――と仮定して。大鹿の足に刺さっていた矢は狩猟大会で優勝するためではなく、暴れさせる目的で放たれたと見ていいでしょう」
「一理ある。来賓に被害が及べば、責任を問われるのは我々だ」
ノーマン様は深い溜め息をつきながら、腕を組む。――マティアス騎士団長からの報告。それは誰もが予測していたことだった。
そして更に、円卓に集った全員が思い至ること。率先してノーマン様がその言葉を口にした。
「ハーヴェイ伯爵の仕業だろうな。さらには、彼らに賛同する一門も加担していそうだ」
「今回、大人しいのがかえって怪しい。夜会のときは大胆不敵だったってのに」
マティアス騎士団長が同意し、報告を終えたと言わんばかりに椅子へもたれかかる。重苦しい空気を表すかのようにギィ、と椅子が音を立てた。
ノーマン様は悩ましげにため息をつく。すると、振り返ってハンスに語り掛けた。
「ハンス、何か予測できることは?」
「まるで、他所から策士を借りてきたようでございます」
ハンスは軽く会釈をしながら、そう告げる。ノーマン様は苦笑し、円卓に向き直る。
「ふっ……、確かに。これまでの分かりやすい敵意が嘘のようだ。ただ、今回のことを追及できるだけの証拠があるか、と問われれば――」
「ないですわね」
彼の言葉を引き継ぐようにして、私は声を上げた。そこでふと思い出すことがあり、マティアス騎士団長に尋ねる。
「大鹿の脚に刺さっていた矢に特徴は?」
「それほど特徴のないものでした。狩猟に使用される、ごく一般的な矢です」
「そう……」
私は力なく答え、視線を落とす。矢に紋や地域特有の素材が使われていれば特定できたはず――。
どうやら、マティアス騎士団長も同じ考えだったようだ。もったいぶった様子で、円卓に置いた箱。彼は蓋を開けてみせると、口を開く。
「ただ――、辺境周辺の領地で作られた物じゃない。それだけは分かっています。現物はこちらに」
「ほう」
感嘆の声を漏らしたノーマン様は、箱に保管されている矢をじっと見つめる。そんな中、マティアス騎士団長は報告を続けた。
「ただ、素材や製造地域などの詳細は、この短時間では分析できず――」
「構わない。助かった、マティアス」
「いえいえ」
ノーマン様の言葉に、マティアス騎士団長は満足げに鼻を鳴らす。だが、すぐさま真剣な表情に戻り、言葉を続ける。
「今回の大会で我々を陥れようと、何重にも手を打っていたと考えられます」
「……コルネリアを狙ったのも?」
「策のひとつだった可能性があります。ただ――、それを全て潰したのがリリー様ですよ」
私の問いに、マティアス騎士団長はにやりと笑ってみせた。私は言葉の意味が分からず、困惑した表情を浮かべる。すると、聞こえてきたのはノーマン様の笑い声。
「ふはっ……、流石だ」
「ノーマン様! 笑わないで下さい! アルフレッドまで!」
私はわっと声を上げた。後ろからも笑い声がすると思い振り返ると、アルフレッドも肩を震わせている。
彼はにこやかな表情を浮かべながら、懐かしむような眼差しを向けた。
「失礼いたしました。お嬢様のお転婆ぶりが、辺境でも功を奏するとは思いもよらず」
「もう……!」
私の淑女としての立ち振る舞いが台無しになるところだったと、憤慨してみせる。しかし、アルフレッドは微笑ましいと言わんばかりに目を細めるだけだった。
すると、マティアス騎士団長は真剣な表情で語り始める。
「コルネリア様を人質にして、表向きは身代金の要求。その裏では抹消を目論み、リリー様に濡れ衣を着せて……。リリー様を悪役に仕立て上げるなど、卑劣極まりない方法はいくらでもありますからね」
「どこかの劇にありそうな、意地悪な継母の物語ね……」
私の呟きに、マティアス騎士団長はしきりに頷く。――ただ、ノーマン様の視線がとてつもなく怖い。黙っておこう、と思い私は視線をそらした。
そこでふと、思い至ることがあり、私は彼女の名を口にする。
「フローレンツ子爵令嬢は……?」
「コルネリア様と一緒にいたため、事件に巻き込まれてしまったのだと思います。……不運なことに」
「そう……」
マティアス騎士団長の言葉に、力なく呟く。――コルネリアとの楽しい時間だったはずなのに、彼女には怖い思いをさせてしまった、と胸が締め付けられる。
束の間の感傷に浸った後、私は次に思い浮かんだ疑問を口にする。
「あの……、私としては何故、ハーヴェイ伯爵は辺境の地に執着するのか分かりかねます。彼もまた、自身の領地を治めているはずです。そんな同じ国に住まう同胞で領地の奪い合いなんて……」
「領地経営が傾いているという話も聞かない」
問いに答えたのはノーマン様。彼もまた、考え込むような仕草をした。しかし、その次に顔を上げると、眼光鋭く語る。
「目的がはっきりしていない以上、牽制するにこしたことはない。まぁ、牙を剥くようであれば。そのときは――」
「そうそう。そっちの方が、俺たちとしては――やりやすい」
含みをもたせた言葉に賛同したのはマティアス騎士団長だ。ハンスもまた、柔和な表情こそ崩さないが二人の言葉に頷いている。
そうして、ノーマン様はそっと呟く。
「一度奪われたこの辺境を、もう二度と失うわけにはいかない」
ノーマン様は顔に大きく刻まれた傷へ触れた。――きっと、思い出す出来事があったのだろう。
(お二人の意外な一面を垣間見た気がするわ……。私の知らないノーマン様や、辺境のこと。まだまだ、たくさんありそうね)
心の中に思い留めておいた。私はただ、彼らの胸中を思いやることしか出来なかった。
沈黙が円卓を包み込む。すると、耳に届く音があった。それは、耳を澄ませば聞こえてくる――和やかなメロディ。
ノーマン様やマティアス騎士団長、そしてハンスはこのメロディに思い当たることがあったようだ。ふっと、表情を緩ませる。
「さて、辛気臭い話はここまでだな。そろそろ宴が始まるようだ」
ノーマン様の言葉を合図に、円卓会議は幕を閉じた。




