23話 本領発揮
角笛が壮大な音を奏で、狩猟大会の開幕を告げると同時に、参加者は各自行動を開始する。
陣営で作戦を練る者、足早に狩猟地区へ赴く者。それぞれが優勝という栄誉のために、この三日間を競い合うのだ。
私は観覧席を見上げた。声援を送ってくれたコルネリアは絶えず笑顔を向けている。そんなコルネリアの隣には、もうひとりの可愛らしいお嬢様。彼女は私の視線に気付くと、深々とおじきをして見せた。
その光景を目にして、思い至ること。
(コルネリアの隣にいるのは、きっとフローレンツ子爵令嬢ね。よかった、無事に仲良くなるきっかけを作れて)
幼き友情に胸が温かくなるのを感じながら、私は視線を横にずらす。その先の主催席を見やれば、険しい表情をしたノーマン様と視線がかち合う。ただ、どこか少し寂し気でもあった。
(ノーマン様には……、後できちんとお話しましょう)
決意を行動で示そうとしているのだと。ノーマン様への想いを胸に、腰に提げた愛剣をそっと撫でる。
いよいよ、出立だ。私はアルフレッドと騎士を連れて、きびすを返した。
◇
狩猟区画は広大だ。私たちは馬の背に揺られ、森の中を行く。流れゆく景色を眺めては見送った。
私はそっと口を開く。出た言葉は感嘆に満ちていた。
「不思議なところね……。霧がかかる森と渓谷、長く蛇行した川。どの地形もリベルテ家の領地では見たことがないもの」
「辺境独自の地形のようでございます」
「地図に描かれたものと、また違って見えるのは不思議。よき機会ね」
アルフレッドの言葉に、そう返す。すると、彼は声を弾ませた。
「お嬢様。好奇心が隠しきれておりませんぞ」
「はっ……!? ご、ごほん! これは探求心の現れよ」
私はアルフレッドの指摘を誤魔化そうと、大きく咳払いをしてみせる。湧き上がる好奇心を言い当てられて、ぎこちない返事をしたのはご愛敬だ。
すると、彼は昔を懐かしむように目を細め、続きを語る。
「お嬢様の狩猟の腕前をこうして再び見られるとは。野を駆け回っていた頃が懐かしゅうございます」
「もう……。コルネリアやノーマン様の前で、その話はしないように。二人の前では淑女でいたいのよ」
「…………」
「アルフレッド?」
一瞬の沈黙があったことを疑問に思う前に、私たち以外の馬蹄の音を耳が拾う。馬を止め、じっと相手が現れるのを待つ。
――この狩猟区画で遭遇すれば、成績を競うライバルだ。だが、今後の社交界のことも考慮して、相手に悪い印象を与えたくない。
すると、茂みの向こうから芝居がかった声が響いてきた。
「これは、これは! ごきげんよう。ケディック辺境伯の婚約者殿に、再びお会いできるとは」
姿を現したのは若い貴族だった。彼は私の姿を目にすると、下馬して一礼する。彼は護衛騎士たちと共に馬を進めて来たのだろう。傍に控えていた騎士たちも後に続いた。
挨拶の言葉から察するに、私は彼と一度会っているそうだ。しかし、記憶の中で思い当たる殿方はなく――。私はおずおずと口を開く。
「えぇと……。失礼ですが、どなたかしら?」
「子爵の――」
依然として芝居じみた仕草で名乗る子爵。しかし、彼の名前が頭に入ってこない。――失礼な殿方の名前なんて、記憶する必要がないと言わんばかりだ。私がノーマン様以外に胸をときめかせることはない、ということだろう。
(このやり取り、どこかで見たような光景ね)
私は呆れて肩をすくませる。どうやら、アルフレッドも同じ思いだったようで、後ろから咳払いが聞こえてきた。それにも関わらず、子爵は堂々として語り口を止めない。
「夜会ではダンスを断られてしまいましたが、ここでお会いしたのも何かの縁。是非、楽しいお話でもいかがでしょうか?」
「はぁ……」
私の大きな溜め息も、まるで子爵には聞こえていないよう。彼の芝居がかった口調には、夜会での屈辱を挽回しようとする執念が滲んでいた。
――ここまでくれば、嫌でもこの殿方のことを思い出すというもの。表情を隠すための扇を持っていないことが悔やまれる。他人から見た私の表情は険しいに違いない。
しかし、子爵は私の感情や表情に気付かず、悠長に言葉を続ける。
「ご令嬢が剣を握るなどよりも、優雅に咲いている方が好ましい。私めがきっと、優勝の栄誉を捧げてみせます!」
声高らかに宣言する子爵。彼が並べた言葉は利己的だ。――正直言って、聞くに堪えない言葉だ。どうして、私に取り入ろうとするのか分からないけれど、今は考える時ではない。
私は呆れた態度を示し、大きく溜め息をつく。そして、アルフレッドからクロスボウを受け取った。流石、アルフレッド。用意がいい。この局面、わざわざ剣を抜く必要はない。
草むらから、微かなざわめきが聞こえた瞬間。私はクロスボウを構える。草むらから覗く、鋭い眼光を見逃さなかった。
「足元にご注意なさいませ!」
矢を放つ。ドスッ、と鈍い音を立てて矢が突き刺さったのは蛇の頭。
私の剣幕と、足元に刺さった矢。子爵は驚き、腰を抜かしてしまった。その拍子に、のたうち回る蛇を目にした彼は――。
「ひぃいい!」
情けなく、大きな悲鳴を上げていた。何事かと、護衛騎士が狼狽えている。
私は構うことなく、クロスボウをアルフレッドに預けると、下馬して彼の元へ駆け寄った。そして、蛇が動かないことを確認すると、とどめの一言を告げる。
「あら、毒蛇ですわね。――あぁ、申し訳ございません。何のお話だったかしら?」
にこり、と笑顔を浮かべながら、軽く首を傾げてみせた。
すると、子爵は口をパクパクさせ言葉を失っている。顔を引きつらせながら足をばたつかせ、ようやく立ち上がったかと思えば一目散に逃げだしたのだった。慌てて彼の背を追うのは護衛騎士たち。
少しの沈黙。
私は小さく息を吐き出して、そっと呟く。
「それにしても……。彼は一体、何のご用だったのかしら……?」
「お嬢様。それ以上語るのは、気の毒でございます」
「あら、どうして?」
問い掛けながら、ゆっくり立ち上がる。
アルフレッドは手綱を引きながら、私の元まで歩みを進めた。彼は困ったように首を横に振りながら口を開く。
「お嬢様に命を救われたにも関わらず、礼も告げずに逃げ出した――などと、紳士の恥でしょうから」
「……アルフレッドの方が辛辣ね」
歯に衣着せぬ物言いをしたアルフレッドに、私は苦笑した。
そうして、仕留めた毒蛇はリベルテ家の騎士が回収。狩猟区画を巡回しているケディック領騎士団に報告するのだ。獲物が大きければ大きいほど、順位は上がる。
(狩猟大会に適した道具を使うのも、腕の見せ所。今回、剣を振るう機会はなさそうね。いいえ、寧ろそちらの方が――平穏である証拠だわ)
そう自分に言い聞かせて、意気揚々と馬に跨った。アルフレッドたちもそれに続く。
「さて、気を取り直していきましょう」
意気込み新たに、私は手綱を打ったのだった。




