22話 狩猟大会、開幕
華々しく、狩猟大会が幕を開ける。
大規模な大会というだけあって、貴族たちは数日に分かれて辺境入りしていた。慣例によって、主催者である私たちは大会に参加する貴族たちや、観覧を目的とした貴族たちを出迎える。
名だたる面々を迎えるだけあって、開会式までに膨大な時間が掛かるのは当然で――。そのため、コルネリアは先に観覧席で待つことになっていた。
その中でも、特異なことがひとつ。ノーマン様に口上を述べているのは、王都からはるばるやってきた貴族一門。
「ケディック辺境伯、ご無沙汰しております。こうした機会にお会いできたこと。光栄に存じます」
「お父様、ノーマン様が困っています。おやめになって下さい……」
私は堪らずに割って入った。――そう、目の前に佇むのは私の父だ。今回の狩猟大会、縁あって私の生家であるリベルテ家へ招待状を出していたのだ。
ただ、騎士を引退した父であっても、英雄と称されるノーマン様への羨望や感心は隠し切れない様子。年甲斐もなく、熱狂的な姿を晒している。
ノーマン様はそんな父に、どう接していいのか戸惑っている様子。けれど真摯に対話をしている。世間話をしたり、私のことを「よき妻」として話したり。私は心の内に、そっと本音を呟く。
(あの……。一応、まだ婚約者なのだけれど……)
私としては恥ずかしさで居たたまれない。意を決して、大きく声を上げる。
「さ、さ! お父様、次の方へのご挨拶がありますから!」
「そ、そうか……。それでは失礼する」
「もう……!」
急かした私を一瞥して、残念そうに肩を落とす父。私が悪態をついたのは必然だ。
父の背中を見送った後。私は恥ずかしさのあまり、顔が熱くなっていた。それを誤魔化しつつノーマン様に声を掛ける。
「父が、お恥ずかしいところを……」
「いいや、そんなことはない。私としても、挨拶が遅れてしまったからね。リリー、他でもない君の御父上だ。礼節を欠いてはいけないだろう」
「あり、がとうございます……!」
彼の言葉に、ぎこちなく返事をしてしまった。――思いを告げた後も、ノーマン様の些細な気遣いを知る度に、こうして心臓が跳ねる。けれど、言葉に詰まったのはそれだけではない。これから起こる珍事に対する罪悪感も含まれていた。
そこで私の思考を遮ったのは、凍てついた視線。はっと、顔を上げて注がれた視線を辿るとそこにいたのは――。
(ハーヴェイ伯爵とご令嬢……。参加者リストにあった通りね。気を引き締めて行かなければ)
じっと、こちらを睨むハーヴェイ伯爵令嬢。――随分と嫌われてしまったようだ。
ノーマン様が小さく溜め息をつくのが、横顔から伝わってきた。
ハーヴェイ伯爵たちの狩猟大会への参加。ノーマン様が頭を悩ませていた原因のひとつなのだろう。周辺貴族であるハーヴェイ伯爵が狩猟大会に参加したいと申し出れば、それを断る訳にもいかない。
「ごきげんよう」
驚いたことに、ハーヴェイ伯爵は平然と挨拶を交わして来た。まるで、夜会でのことを忘れてしまったかのようだ。それに――、ハーヴェイ伯爵令嬢はしおらしく、何も言葉を発しなかった。夜会での印象が脳裏に焼き付いていた私は驚きのあまり、まばたきを繰り返す。
そうしている間に、ノーマン様とハーヴェイ伯爵は挨拶を終え、表情ひとつ変えずに会話を締めくくろうとしていた。
「それでは、また後ほど」
「えぇ」
形式だけの言葉を交わして、ハーヴェイ伯爵たちはその場を後にする。私たちはただ、その背を見送るだけだった。
ふっと、一息ついたとき。そろそろ、開会式だとアルフレッドから告げられる。ノーマン様は頷くと、私を見やった。
「リリー、すまないが先に行く」
「はい。また後ほど」
彼の背を見送ると、アルフレッドがこっそりと手渡してくれたものがあった。それは大会のために用意した衣装。
(気持ちを切り替えて――。さてと、いよいよね……!)
私は力強く頷いた。
◇
開会を告げる、盛大な音楽と共に参加者が立ち並ぶ。
私はフードを深く被り、周囲を窺う。足を運んだのは参加者たちが集う場所。そこでは丁度、マティアス騎士団長から大会の趣旨が語られていた。
ルールは簡単、マティアス騎士団長から聞き及んでいた通り。
(三日間。陽が落ちるまでに、どれだけ成果を上げられるか――。それがこの大会の鍵ね)
もちろん、狩猟は陽が落ちるまでの時間だけ。夜間は休息、各自陣営に戻るように定められている。
天候の急変や野生動物の乱入など。不測の事態に備えて、マティアス騎士団長率いる騎士団が各陣営近辺に常駐する。これで、観覧客たちの安全、安心も補償されているという訳だ。
(流石だわ……。それに、狩猟地となる地域も限定されている。参加者が怪我をして騎士団に助けを求めても、すぐに対処できる……)
密かに感嘆する。まだまだ、辺境の地で学ぶことは多いようだ。そんな思考を一旦切り離して、私は耳を澄ませる。
そうして、いよいよ参加者リストがノーマン様によって読み上げられていく。呼ばれた家門は代表者が剣を天に掲げ、誓約に同意したことを示す。
読み上げられたハーヴェイ伯爵の名。そこで目にしたのは、剣を掲げる青年の姿だった。
(なるほど。ハーヴェイ伯爵はご自身が参加する訳ではないのね。あれは……、ご子息とその騎士数人かしら)
観覧席にはハーヴェイ伯爵とご令嬢が、彼らへの期待の眼差しを送っている。
私は彼らの動向の注意が必要だと、心の内に留めておくことにした。その次々に、参加者リストが読み上げられていく。
「そして――、リベルテ家」
最後に読み上げられた名は、私の生家。剣を天に掲げたのは、私。それと同時に、深く被っていたフードを脱いだ。
父を狩猟大会に招待し、参加者としてリベルテ家が名を連ねたのは、私自身が出場するためだ。観覧席にいる父も、満足げに頷いている。――これは期待されているようで。私はふっ、と笑みを溢した。
私の背後に佇むのは、リベルテ家の元執事であるアルフレッドと、我が家門の騎士だ。要はまさに少数精鋭。
(そろそろ……言われっぱなしではいられないもの。ノーマン様の隣に立つ者として、コルネリアの継母として立場を示さないと!)
そう、今回の珍事は執事長であるハンスが共謀している。父だけではない。もちろん、アドラー伯爵とご夫人も。
辺境という地の慣例。周辺貴族に自分の価値を示すのであれば、実力を見せつける。つまり認められるためには、これが一番手っ取り早い、という訳だ。
どよめく会場。
「なっ……!」
主催席にいるはずのノーマン様の驚いた声がここまで聞こえた。数多の参加者の中で、参加者リストを読み上げるよりも前に私を見つけることは不可能だったのだろう。それに、私は狩人の格好をしているため、周囲の参加者とそん色ない。
視線が一気に、私へ注がれる。参加者や観覧席にいる貴族たちの視線よりも、気掛かりなのは――。
(ノーマン様の視線が一番、痛いわ……! 後でしっかり叱られましょう……)
彼の視線を受けながら、私は乾いた笑いで誤魔化すのが精一杯。思い出すのは、草むしりをするマティアス騎士団長の悲痛な叫び。
(忠告を無視して、ごめんなさい)
心の中で謝っておこう、と密かに目を伏せた。
すると、観覧席から投げかけられた、はつらつとした声。
「お母さま! 応援しています!」
コルネリアだ。彼女は小さな手を懸命に振って、笑顔を咲かせている。羨望の眼差し。――彼女の期待に応えなければ、という感情が一気に湧いてくる。
私は声高らかに宣言する。
「優勝の栄光を、コルネリアに捧げられるよう頑張りますわ!」
角笛が壮大な音を奏で、狩猟大会の開幕を告げた。




