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【web版】継母の品格〜行き遅れ令嬢は、辺境伯と愛娘に溺愛される〜  作者: 出口もぐら
第二章

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12話 距離を縮める方法!?


 激動の夜会を終えたのち。訪れるのは平穏な日々――、ではなく。


 早朝、朝霧が晴れる前に、訓練場へと足を運ぶ。稽古用の装いをした私は、逸る気持ちを抑えきれず、通路を早足で駆けて行く。後を追って来るのは侍女のナタリー。


 ――これを侍女長に見られたら、ナタリーと一緒に叱られてしまいそう。

 私の中に眠っていた()()()()()()()が少しだけ顔を出した。


 すると、後方からナタリーの声がする。


「リリー様! 今日もですか!? あっ、お待ちになって下さい~!」

「ナタリー、急ぐわよ」


 知らないうちに彼女と離れていたようだ。振り返ると、荷物を手にしながらも、置いて行かれまいと必死になって駆けるナタリーが見えた。長いエプロンドレスの裾が可憐に揺れている。


 なんてことのない日常風景の一場面。

 駆ける度、頬に感じる朝霧の冷たさが、意識をはっきりとさせてくれる。これからの剣の稽古にはうってつけの気候。


(少しでも、ノーマン様の力になれるといいのだけれど……。そのためにも、研鑽あるのみよ)


 夜会を通じて芽生えた決意を胸に、私は訓練場へ向かう足を速めた。


 ◇


 そうして、辿り着いた訓練場で目に飛び込んできたのは――、私の視線を奪う赤毛。

 訓練場に差し込む、低い朝日。それを一身に浴びながら、剣を振るうのはノーマン様。その姿は夜会で目にしたものとは違い、力強く、雄々しい。まさに歴戦の騎士を思わせる風格を身に纏っている。


 私の口から思わず、感嘆の声が漏れる。


「あら……」


 すると――、剣を振るっていたはずのノーマン様がぴたり、とその手を止めた。私の微かな声は、彼の耳に届いてようだ。

 振り返ったノーマン様の姿が、私の目にはゆっくりと見えて。ただ、そこだけが世界から切り離されたような錯覚に陥る。アメジストのような優しい色をした瞳が、私の姿を捉えたのだと理解するには遅かったようで。


(あ、目が合って――)

「おはよう、リリー」


 訓練場一体に響くほど、はつらつとした声音が私を現実に引き戻す。思わずして掛けられた言葉に、動揺が隠せない。

 ――彼が剣を振るう姿に、見とれていたなんて。

 我ながら恥ずかしくなり、咄嗟に返した言葉はぎこちなかった。


「おは、ようごう、ざいますっ……!」


 わっと声を上げたような返事にも、ノーマン様は微笑んで下さった。顔に刻まれた大きな傷が、微笑みに合わせて歪む。

 私の心臓が大きく跳ねた。夜のテラスで彼に私の心情を吐露したときには、こんなことなかったのに――。


 ノーマン様は額に浮かんでいたであろう汗を拭う仕草をする。しかし、遠目にみても彼は息ひとつ上がっていない。さすがは騎士の鏡と呼ぶに相応しい。彼は剣をしまうと、こちらへ歩みを向けた。


 すると、背中からじっとりとした視線を感じて、思わず振り返る。そこにいたのは、呆れたように鼻を鳴らすナタリー。彼女はこそりと耳打ちをした。


「リリー様、お返事がぎこちないです。もっとこう、親しみを込めて」

「そう、かしら……?」


 ナタリーの指摘に、頬に手をあてて素知らぬふりをした。まるで私の動揺を表すかのように、結い上げたはずの髪がはらりと顔にかかる。――ノーマン様の前だと、()()なってしまのは私としても困ったもので。


 ちょうどそのとき、ノーマン様が私の目の前で足を止めた。

 私はノーマン様に向き直り、そっと髪を耳に掛けた。そのまま彼を見上げて、ぎこちない雰囲気を払拭しようと、声を掛ける。


「ノーマン様は……、どうして訓練場(こちら)に?」


 言葉を発した後に気が付いた。


(――だなんて。ノーマン様は稽古のために、ここへ来た決まっているじゃない!)


 という、自分自身への駄目出しは時すでに遅し。背後から大きな溜め息が聞こえてきた。

 ――ナタリー、後で覚悟なさい。後で、日頃の感謝を延々と伝える刑よ。

 心の内に彼女への仕返しを目論む。


 すると意外にも、ノーマン様は咳払いをしたのち、意を決したかのように口を開いた。


「その……」

「はい?」


 てっきり、私の失言に笑みを溢すものだと思っていたけれど、それは違ったようで。

 ノーマン様はじっと私の目を見つめて、その先の言葉を続けた。


「君が、訓練場でマティアスと話をしたと聞いたので――」

「はっ、はい……?」

「私も、ここに来れば君に会えるのでは、と」


 恥ずかしそうに頬を掻いたノーマン様。伏せられた目、はにかんだ口元。それらは私の心臓の鼓動を早くするには十分過ぎた。


(なんですって……。ノーマン様、それは――)


 確かに、思い返してみれば夜会で令嬢たちに囲まれているマティアス騎士団長を目撃したとき。ノーマン様とコルネリア様とで、そのような会話をしたものだと、はたと思い至る。

 私はぐっと胸元で手を握り締め、声高々に語り掛けた。


「一緒に稽古を致しましょう!」


 訓練場一体に響き渡る、私の声。大きく反響し耳に残る。


「リリー様、どうしてそうなるのですか……!!」


 心底、呆れたようなナタリーの心の叫びが聞こえた――、ような気がした。

 ――振り返っては駄目よ、振り返っては。


 ノーマン様は驚いたように目を見開いた。だが、すぐにその目元は下がり、くすりと笑みを溢した。 


「ああ、もちろん」


 目の前にそっと差し出されたのは、大きな手。先ほどまで剣を握っていた手だ。

 私は迷わず彼の手を取り、稽古へ駆け出した――。



 ノーマン様と共に訓練場の中心へと足を進める途中。背後から声が聞こえてきた。振り返れば、そこにはマティアス騎士団長がひょこりと柱の影から顔を覗かせていた。

 彼はナタリーの元へ足を運ぶと、私たちへ視線をやっている。


「おいおい、この調子で大丈夫か……」

「いらっしゃったのですか? 失礼ですよ、マティアス騎士団長」


 こそりと話す二人。遠のく会話に耳を傾ける。


「そうは言うけどよ」

「あら、取り繕うのはおやめになったのですか?」

「リリー様には必要ないかな、と……」

「それはそうですね。ただ、リリー様には礼儀を弁えて頂けると――」


 意外な二人のやり取りを背に、剣を握り稽古の準備を始める。


(ナタリーって、マティアス騎士団長と親しげなのよね……。どうすれば、ノーマン様とあんな風に楽しく会話ができるのかしら……)


 そっと、呟いた言葉は胸の内にしまっておこう――。



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