番外編 騎士団長が思う所によれば(マティアス視点)
まず初めに、弁明させて欲しい。夜会の度に、俺は好きで令嬢たちに囲まれている訳ではない、と――。
俺は愛想笑いを浮かべながら、頰を掻く。先程まで、コルネリア様をエスコートしていたはずだが――。
今はすっかり、周囲を令嬢たちに囲まれている。彼女たちは煌びやかな宝石を身にまとい、鼻につく香水を漂わせていた。そのうちのひとりが、紅を色濃くひいた口を開く。
「お会いできて光栄ですわ! ケディック辺境伯様」
「いやぁ……、あっはっは――」
視線を泳がせ、乾いた笑いで誤魔化すに限る。
ケディック領で騎士団長を務める俺を、ノーマン・ケディック辺境伯だと思い違いをする令嬢の多いこと。確かに、辺境は周辺領地と比べれば、こうして夜会を開いたり、参加したりといった頻度は落ちるだろう。
そのため、ノーマンの姿を知らなくとも不思議ではないが――。
(そうだとしても、教養のなさが窺える……。残念だが)
溜め息をつきそうになったが、騎士たるもの、ぐっと耐える。現に、俺を辺境伯だと思い違いをしたままの方が物事を有利に進められることもあるのだ。
(あーあ……。早く解放されたい)
俺の心の呟きはどこへいくのだろう――。
◇
ノーマンが治める辺境の地にて、ささやかな夜会が開かれることになったのは、しばらく前のこと。
遠征視察やら、辺境伯としての仕事の手前、時期がずれてしまったが――。とにかく、コルネリア様がこの齢になられてから、ノーマンはようやく後妻を迎えることにしたようだ。
視線の先に捉えたのは、この夜会の主役として登場したノーマンとリリー様。彼女はドレスを召していても、剣士らしい堂々とした歩調で進む。ノーマンはそんなリリー様に、普段の堅物ぶりが嘘のような柔らかい笑みを向けていた。
並び立つ二人は、まさに美女と野獣という言葉が当てはまる――と、言っても。リリー様は俺の周囲を取り囲む、華奢なご令嬢たちよりもはるかに健康的な体格をしている。それは剣を握るに相応なことだろう。
(剣に生きる令嬢……。成る程な)
じっと、遠目に二人を見つめた。
日々研鑽、己との戦い。何を誉とするか――。主に仕え、忠誠心と正義を胸に抱く。見目に反して、粗暴な俺ではあるが騎士道はしっかりと持っているつもりだ。だからこそ、辺境伯に間違われる騎士団長の役目を甘んじて受け入れている。
そこでふと、気付く視線。ノーマンとリリー様、それに加えてコルネリア様がこちらを見ていた。
(おいおい、冷ややかな視線を送るくらいなら助けてくれ……!)
俺とノーマン、要は乳母兄弟だ。元来の性格もあって、堅苦しいことの大嫌いな俺が騎士団長なんてのを務めているのも――。
(兄さんのためでもあるんだよなぁ――。しかし、この状況を是とするのは不服)
ふんす、と鼻を鳴らした。――さて、先立って考えるのは、この令嬢たちの包囲網をかいくぐることだ。
俺は気を取り直し、心情とは真逆に。軽快に口を開くのだった。
* * *
そうして、令嬢たちの包囲網を抜けた俺は、警備のために会場を闊歩する。
そこで目に留まった、真っ赤なドレスを身に纏った令嬢。その色彩は、この夜会の主役があたかも自分であるかのように主張している。
(おいおい。あれは……)
彼女はハーヴェイ伯爵令嬢だと、思い出す。
ノーマンがリリー様と婚約を決める、随分前のこと。ハーヴェイ伯爵が後妻候補として、娘である彼女を推薦したのだ。しかし、隠しもしないコルネリア様への敵意には目に余るものがあった。
それに加えて――、ハーヴェイ伯爵は領地を内部から掌握しようとしていたために、こちらからご遠慮願ったのだ。すると、顔に泥を塗られたと言わんばかりに、かえって執着するようになり――。
(これはコルネリア様に報告、だな)
心の内に呟き、その場を後にした。――何故、ノーマンではなくコルネリア様に報告するのか。それは彼女の手腕にある。
俺はコルネリア様の姿を見つける。彼女を驚かせないよう、そっと声を掛けた。
「コルネリア様」
「マティアス騎士団長?」
すると、彼女は何かを察したようだ。自然な立ち振る舞いで、人気の少ない場所へ足を運ぶ。そうして、俺は目にしたことをコルネリア様へ報告した。
コルネリア様は聞き終えると、そっと口を開く。
「なるほど……。報告、ご苦労様です」
「とんでもない。――お気を付けて」
「わたしの大切な人たちを困らせるお客人、ね。……どうしようかしら」
俺の言葉に、頷いてみせたコルネリア様。恐らく、彼女も夜会で起こるかもしれない凶事を予想したのだろう。そう言葉を溢すと、頬に手をあてて考え込む仕草をした。――ここで、ほんの少しだけ助言をするのは俺のお節介だ。
「そうだな……。そんな時はコルネリア様の奥の手で二人を助けな。例えば、リリー様がどこの馬の骨からのダンスの誘いを断りきれず、助けを求めるような表情で踊っていたときには――」
「わたしが助けます。それに――」
俺の言葉を遮ったコルネリア様の声音はどこか怒りを含んでいた。彼女はにこりと微笑み、俺に視線を向けた。
「リリー様にそのような顔をさせるなんて、わたしが許さないもの」
そう言い放ったコルネリア様の瞳。少女らしからぬ、強い意志を宿した瞳は「小さな騎士」そのもので――。
(まずい……余計なことを口走ってしまった。俺が焚きつけたとノーマンに知られたら……。――まあ、いいか)
彼女の気迫にノーマンの影を思い出す。慌てて首を横に振り、思考を放棄した。
気を取り直して、俺は口を開く。
「まあ、何かあればコルネリア様がビシッと決めればいい。ここはケディック領。その領主が開いた夜会だ。娘であるコルネリア様の行動を咎められる者はいない。そうだろう?」
「マティアス騎士団長、悪い顔をしてる。そうね……ひとまず、泳がせてみようかしら?」
にんまりと笑うコルネリア様。
(コルネリア様に言われたくない――、とは口が裂けても言えないな。ほんと、親子揃ってそっくりだよ)
心の内に呟いた言葉はそっと消えた。
* * *
そうして、夜会は幕を閉じようとしていた――。
大広間で起きた珍事は俺の耳にも届き、コルネリア様の勇姿やリリー様の立ち振る舞い、ノーマンが彼女への想いを示した行動、様々なことが起こったようだ。それは今後、周辺貴族たちの動きにも影響するだろう。
(気を引き締めないとな――)
心持ちを新たに、息を深く吸った。すると、背後から掛けられる声があった。
「マティアス騎士団長」
「んあ?」
「ノーマン様ですが――」
思わず、締まりのない返事をしてしまった。周辺を警備していた騎士から一報を受ける。
どうやら、疲れ果てたノーマンは会場から、ひっそりと姿を消したらしい。場所は人気のないテラス。――おおよそ、周辺貴族のやっかみや、その対応に辟易としたのだろう。戦場においては英雄であるノーマンも剣を置けば、ただの人なのだ。
(だからこそ、人が集まる場所には俺が矢面に立つ――)
そのとき、心配そうな表情を浮かべたリリー様が駆けて行くところに出くわした。――俺は、彼女が探しているものを知っている。そう思ったとき、自然と声を掛けていた。
「ああ、リリー様! ノーマンなら、あちらのテラスへ逃げて行きましたよ」
「まあ、ありがとう。マティアス騎士団長」
「いえいえ」
駆け足で去って行くリリー様の背を、軽快に手を振って見送った。
◇
星空の下、風がそよぐテラスを少し離れた場所から見上げた。そうすれば、少しだけ垣間見える秘密の夜会。
ノーマンが見守る中、手を取り合って踊るコルネリア様とリリー様。月明りの下であっても、兄の眼差しがとても柔らかいことに気付くのは必然だ。
コルネリア様がリリー様の手を取り、くるりと回る。月明りの下、楽しそうに踊る彼女たちを、ノーマンはまるで宝物を見るような眼差しで見つめていた。
(あの家族が、手を取り合って笑い合う日々を守るのも、一興だよな)
決意を新たに、腰に提げた剣へそっと触れる。そこでふと、沸き上がる疑問があった。
「ん……? 待てよ。ノーマンとリリー様、あの二人……。ちゃんと互いに想い合ってるって、知ってんのか……? まあ、いいか――」
どちらかというと、ノーマンとリリー様はコルネリア様を愛し、守るために手を取り合っている印象が強い。二人の間に芽生えたものは、それだけではないはず。しかし、俺がそれを指摘するのは野暮というもので――。
俺の小さな呟きは、夜風によってさらわれた――。
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これにて夜会編は閉幕です。
次話より、ノーマンとリリーの夫婦の距離(!?)についてのお悩み編です。お楽しみいただければ幸いです。




