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1話 婚約破棄


 王都、某所。リベルテ家――。


 我が家の来客間にてお茶を共にするのは、私の婚約者である殿方だ。お茶の席というのに、彼は未だひと言も語らない。紅茶が冷めてしまう程に時間が経ち、ようやく口を開いたかと思うと――。


「リリー嬢。大変申し訳ないのだが、貴女との婚約を破棄させてもらう。既に、両家は合意している」

「……はぁ、そうですか」


 私の名を呼んだ目の前の婚約者は、申し訳ないと前置きしておきながらも、その口調に誠意を微塵も感じさせない。私の口から出た返事も、全く感情が籠っていなかった。


 王都で多発していると噂の婚約破棄騒動。

 何をきっかけにしたのか不明だが、真実の愛だの、不貞を働いておきながら相手を悪役令嬢だなどと、よく分からない理由をつけて婚約破棄をする。そのような愚行が横行しているらしい。


 まさか、私の身にもそんな火の粉が降りかかろうとは思っておらず。驚愕を通り越して呆れ。このような感情を抱くのならば、私は自分が思っている以上に冷静なようだ。


(正直申しまして「やはり」という、感想しかないですわね。愛も、なにもなかったのですもの)


 婚約者は私と視線を合わそうともせず。どちらかと言えば、目が泳いでいる――いや既に、()婚約者だ。

 ()婚約者は「こほん」と、わざとらしく咳払いをしたかと思えば、さらに口を開く。


「こちらとしても、家格がある。リリー、貴女のような女性らしさの欠片もない、行き遅れた令嬢と婚約するより、可憐な令嬢と――」


 そこから先の言葉は、聞く必要もないものだった。興味をなくした私は手元の紅茶に視線を落とす。

 ただ、少し違う点は――。

 

「まぁ、私。行き遅れと言われましても、その通りでございますの。わざわざ返す言葉もございませんわ」


 これに尽きるだろう。そう、私は学園を卒業している。それは「行き遅れ」たという事実。

 

 この貴族社会。家同士の利益を見越し、適齢期になれば婚約を結ぶ。そのため、幼い頃より交流を重ねるのだが、私にそのような相手はいなかった。それには、理由(わけ)があったのだが、この()婚約者には到底関係のない話であったようだ。


 幼い頃より交流を重ねた後。適齢期の男女は学園に通い、他家との交友関係を広げて世の縮図を知る。そして、卒業とともに婚約を婚姻関係に変える。

 そうして、夫婦仲睦まじく人生を共に歩んでいく。そんな理想の夫婦、羨ましいと考えていたこともあった。


 しかし、私が思い描いていた未来と、彼の描く未来は違ったようだ――。


「貴女のように、剣を握る令嬢は――。僕には花のように(うら)らかな令嬢が相応しいと考えたんだ」

 

 ――ピシリ、とティーカップの持ち手にヒビが入る。

 私のことを悪く言われるのは構わない。だが、剣を理由にされるのは我慢ならなかった。私にとって、剣は生きる意味であり、誇りなのだから。


 幼い頃より、剣を握ってきた。それにより、周りが婚約を見越して交流を重ねている間も、私は研鑽に励んできた。確かに名をリリーとしながらも、花とかけ離れた私。

 レースの手袋で隠された手には、研鑽の証が刻まれている。手に肉刺や擦り傷ができようとも研鑽を止めることはしなかった。


(というより、()()は我が家のお役目を果たすため。致し方のないことだと、考えれば分かることですわ)

 

 リベルテ家、我が家のお役目は王族の身辺警護、王都の防衛。我が家の他にも防衛を担う貴族は存在するものの、内政に関わる貴族と比べるとその数は圧倒的に少ない。そのため、性別に関わらず剣を握り、剣に誇りを持つ。


 名門貴族のご令嬢が刺繍やお茶会、ダンスに音楽――、そうしたものに(いそ)しんでいる間も私は剣を握ってきた。正直なところ、私はそちらの方が大変に思えた程。彼女たちの頑張りを知らないであろう、この()婚約者に抱くのは腹立たしさだった。


 ――ピシリ、と更にティーカップの持ち手にヒビが入る。私は慌ててティーカップを置いた。

 

(そうよ、私。そんじょそこらの、か弱い令嬢ではございませんのよ? いけません、落ち着いて……)


 私は自分を落ち着かせるために、深呼吸をした。

 ここで怒りに任せて、元婚約者に怪我でもさせてしまえば、面倒なことこの上ない。そこでふと、脳裏に思い浮かんだのは父の顔だった。


(お父様には申し訳ないですわね)


 この婚約を結ぶまでの、父の苦労を思うと申し訳なさで眉が下がる。だが、ここで(すが)るのも私の矜持に反する。

 私は涼しい顔で席を立つ。すると、何を呆気に取られているのか。()婚約者は呆然とただ黙って見ているだけだった。


「それでは、ご機嫌よう」


 この言葉を言い放った私は、今まで以上にない笑みを浮かべていたように思う。ただ、この先のことを考えると、少しだけ不安を感じるというのも嘘ではなかった。


 ◇


 ――だが、翌日には杞憂であったと、驚きの声を上げたのは私だった。


 父から執務室へ顔を出すようにと言伝を受け、出向いたのは昼下がりの頃。心なしか父の表情は明るいように思えた。そうして、父から聞かされた言葉を反芻(はんすう)する。


「辺境伯……から、婚約の申し出?」

「そうだ、リリー。先祖代々、武勲を上げてきた我が家にも理解がある」


 なんと、ケディック辺境伯から婚約の申し込みがあったと言う。彼、ノーマン・ケディック辺境伯は壮年ながらも未だその手に剣をとり、戦線を征く。言わば、歴戦の騎士と聞き及んでいる。その武勇伝は王都にまで轟くほどだ。


 ただ貴族社会は、我が家のように武勲を立てた者をよく思わない風潮がある。父が私の婚約にこぎ着けるまでの苦労はその風潮によるもの。だが辺境伯は、類まれなる実力と功績により、それを撥ね除けた稀有な御仁だ。

 

 ただ、これは私でも分かる通り「契約結婚」ということ。婚約破棄を受けた令嬢は何かしら問題あり、というレッテルが貼られる。彼がそれでも構わない、と言うならば、考えられるのは「契約結婚」しかない。


 けれど、私は違った意味で胸を躍らせていた。

 

(どういう風の吹き回しかしら? いえ、でも辺境……! いいですわ! 国境を守る、砦となる城塞!)


 辺境の地はその名の通り、国境を守る砦。王都から遠く離れたその地は山々に囲まれ海はなく、大きな湖がある。山に囲まれているため、冬になれば雪が降り積もり、他の領地との交易路は閉ざされる。そんな厳しい土地だと聞き及んでいる。


 だが、私には些細なことだった。


「お父様、私。ケディック辺境伯からの婚約の申し出、お受け致します」

「そうか、あの方は ――」


 私は胸の高鳴りを抑えて、その婚約をお受けする旨を父に伝えた。

 ただ、父が何か言っていたような気がするが、辺境の地に想いを馳せていた私は全く聞いていなかった――。



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