生贄儀式事件編-1
頬をつねり過ぎて痛い。まさか飼い猫のミャーが話すとは。その上、ベラちゃんが事件に巻き込まれたかもしれないってどういう事!?
『とにかく泉美、一緒に行きましょう。動物の野性のカンを頼りに、ベラちゃんの居場所へ行くわ』
「ねえ、本当? っていうか今までその力があったの!? なぜ、今になって?」
泉美はとりあえず、惣菜を冷蔵庫に入れ、「私達の幸せな結婚式」もカバンから出して机の上に置くと、ミャーを抱き上げた。
相変わらず黒いモフモフ毛は、抱き上げると、腕に心地いいが。
『分からない。突然、妙なカンが芽生えた感じね』
「日本語が話せるようになったのも、そう?」
そういえばミャーは、やけに人間っぽい表情を見せる事が多かった。泉美が「猫はニートでいいね」と言うと、怒った表情を見せてきた事も思い出す。
『日本語はうちにある映画や漫画見て勉強したわ』
「へー」
『私達の幸せな結婚式の映画は最高だったわ』
「分かる! 稀にみる実写化成功例だったよ! 主演の中山京子ちゃんも可愛くて〜」
『ってそんな雑談している場合じゃないわよ! ベラちゃんを探しに行くんだから、ついて来て!』
「って本当にベラちゃんの居場所わかるの?」
そう言うと、ミャーは泉美の腕をすり抜け、耳をピンと上げている。綺麗な山型の耳だが、今日はやけに鋭い。
『早く行きましょう。本当に嫌な予感がするから!』
ミャーは玄関の方に走る。
これはもう泉美も止められそうになかった。素直にミャーの言う事を聞いた方がいいかもしれない。確かに独身アラフォー女が孤独に耐えかねて幻聴&幻覚に捉われてしまった可能性は無くはないけれど……。
それに、どんな変な話をしていても、相手は大好きな飼いネコだ。一旦話を聞いてあげるのは、飼い主として当然ではないか。例え幻覚&幻聴だったとしても、つねった頬が痛いのは確かだった。
「わかったわよ、ミャー。とりあえずミャーが思う通りにしてみて。私はついていくだけよ」
『ありがとう、泉美! あと一応懐中電灯や防犯ブザーも持って。玄関にあるでしょ?』
「ええ」
ミャーの言う通りに懐中電灯と防犯ブザーをカバンに入れると、さっそく外に出た。
もうすっかり夜だった。大きな満月は見えるが、秋風が頬を刺す。まだ頬はじんわりと痛いが、だんだん頭も覚めてきた。
こに状況は確かにおかしいが、ベラちゃんが無事に見つかれば結果オーライだ。
ミャーは慌てて表情だったが、泉美はそこま深刻ではなかった。むしろ、飼い猫と突然会話できるなんて面白い。ちょっと笑えてくるぐらい。
『泉美、まずはこの細い道に入るわ』
「え? この道、人通れるの?」
『そうよ。私が野良ネコ時代に見つけた路地裏よ。こっちの方が早く着くから』
「えー、本当?」
子供の頃からずっとこの町で暮らしていたが、ミャーが案内する路地裏は初めて通った。勝手に私道だと決めつけ、一度も通った事の無い道だった。まさに灯台下暗し。
もっとも街灯もコンビニもなく、あたりは雑木林ばっかりだった。人気もない。おそらく普段は主に農家が使っている道だと思われ肥料や土の匂いもしてきたが、あまりにも暗く、懐中電灯をつけた。
「ミャー、見てよ。この電柱にキリスト看板が貼ってあるよ。神と和解せよだって。一体どういう意味かしらね。やっぱり宗教って過激で閉鎖的」
電柱に貼ってあったキリスト看板は、黒と黄色、白でデザインされ、夜見ると、さらにホラーティスト。
「私にはよく分からないよ。藤河もクリスチャンだけど、正直、宗教なんてね。神様なんて非科学的だし。戦争とか聖地とかで揉めたり、宗教二世の問題とかも酷いし」
そう言うとなぜかミャーは毛を逆立てた。シャーとも言ってる。怒っているようだった。
「ミャー、どうしたのよ。一体何を怒ってるの?」
泉美より少し前を歩くミャーは無視してきた。
「ミャー、一体なんなの? 何か問題あるの?」
『大アリよ! 本当に泉美達人間は愚かなんだから!』
「は?」
ミャーはまだ毛が逆立っていた。こんなに起こったミャーは初めてだ。やはり、日本語を話すようになってから、感情も豊かになってきたような? 帰ってきたら高級ネコ缶もあけた方が良いかもしれない。
『私たちは、自分たちを創造した神様をよく知ってる。それなのに人間と来たら、神様と宗教の区別もできないんだから……』
「どういう事なのよ、ミャー。言ってる意味がわからない」
『ネコは神様がいるのを知ってる。イエス様がこの世界の王、神様だって知ってるのに。なぜ人間はそこに気づいていないの?』
「ねえ、ミャー、本当にどうしたのよ。私には全く意味がわからない」
泉美は困惑しかできない。そもそもネコが話すなんて全く意味不明だが、さらに訳がわからない。
『いいから、泉美も神と和解せよ!』
ビシッと言われてしまったが。
「私はネコと和解したい」
現に今はミャーとの仲も微妙な気がするのだが。
気づきと、路地裏から住宅街の道に入っていた。人影はないが、街灯もある。泉美は懐中電灯を消し、カバン中に戻した。
「ねえ、私もネコと和解できる?」
『知らないわ。とりあえず、行きましょう!』
そしてミャーの後に続くと、カフェの前に来ていた。
閉店後なので灯りもなく、入り口も閉じられていたが。今夜は嫌がらせの手紙は貼っていないらしい。泉美は少しホッとしたが。
「お? 水川。お前何やってるんだ? ネコと鬼子っこか? 嫌だね、これだからアラフォーの独身女は」
背後から嫌味な声がした。
「げ、藤河!」
本日四回も「げ」と言ってしまった。今はかなり見たくない顔だった。細い目で偉そうに泉美を見て、口元は馬鹿にしたように笑いを堪えらていた。
確かに今の状況は、ネコと鬼ごっこをしていると誤解されてもおかしくは無いが……。
『あんた誰よ?』
何とミャーは藤河を見上げ、堂々と話しかけてきた。
これは非常にまずい状態。慌ててミャー口を塞ごうとした時。
「俺は藤河七道だ。この街で牧師をしている。牧師さんと呼んでくれたまえ。趣味は陰謀論とオカルトだ。聖書の疑問点だけで無く、ワクチンの中身や解毒方法についてもどんどん質問していいぞ」
『あら、あんた牧師? 私はミャーよ。泉美のとこの子』
「そうか、なるほど」
は?
ミャーと藤河が普通に会話してる!?
泉美の目は点になっていた。声も出ない。世の中には、まだまだ泉美が知らない事も多くあるらしい。
「よろしく、ミャー」
『こちらこそよろしくよ、牧師さん』
泉美がこの状況に引き、後ずさっている間、ミャーと藤河は普通に打ち解けていた。
「は? 意味わからない……」
一人残された泉美は頭を抱える他なかった。