カフェ店長の日常編-6
お楽しみな「私達の幸せな結婚」の新刊を手に入れた。新刊も少女漫画のようにキラキラとした表紙も美しいが、それを読むのはもう少し後になりそう。ブックタウン糸原の紙カバーをかけたまま、カバンの奥に入れたままだ。
ブックタウン糸原から出て家に帰るつもりだったが、SNSに通知が来ていた。ベラちゃんについて気づいた事があるというコメントだった。ブックタウン糸原から二十分ほどの距離にある惣菜屋の店主からだった。
住宅街でも街の北側にある惣菜屋だ。カフェや家から離れている為、あまり行った事はなかったが、ベラちゃんの手がかりの為だ。「私達の幸せな結婚式」を読めなくなるが、今はベラちゃんの方が重要だった。
泉美はブックタウン糸原から北に向かって歩き続けた。
この辺りも住宅街だが、ちらほらと空き地や雑木林もあり、街の南部と比べると、田舎臭さは否定できない。時々近所の女子校の生徒とはすれ違うが、もう外も薄暗い。泉美は足早に惣菜店へ。
惣菜店は元々ガレージを改装して作った店のせいか、規模はかなり小さめ。それでも薄いグリーンの壁や屋根がオシャレだ。SNS映えしそう。それに唐揚げの揚がる良い香りもし、昼もろくろく食べていない泉美の腹がなる。
店に入ると、揚げたての唐揚げがズラリと陳列し、ガラスケースの中は、野菜や海藻類のお惣菜もたくさん。これは栄養バランスも良さそう。当初の目的も忘れて、塩唐揚げと海藻とオカラのサラダ、ちくわとほうれん草の炒め物などを購入してしまう。
「ありがとうございます!」
店長は、四十歳ぐらいの男性だった。飲食店らしい癒し系の笑顔を見せ、目尻の皺も優しげだ。あの藤河を見た後では、余計にホッとする。が、泉美もヘラヘラ笑っている場合ではない。会計をしつつ、当初の目的であるベラちゃんについて聞いた。
「ああ、あなたがカフェの店長さん。そうなんですよ、ベラちゃんを見たんです」
泉美はその店長の言葉に食いつき、レジカウンターに身を乗り出しそうになった。
「どこでですか!?」
今まで何の手がかりもなかったのだ。初めて手がかりを見つけられ、泉美は少し興奮してしまった。
「実はこの辺り、カルトの施設あるの知ってます?」
「え、カルト?」
初耳だった。
「繁栄のミラクル聖母教というキリスト教系のカルトみたい」
店長は苦いため息をついていた。
「私の親戚にも宗教二世で困ってる子供がいましてね。あんまりいい気分じゃないですが」
明らかに眉間に深い皺。泉美もつい深く頷いてしまう。宗教二世の問題はメディアでよく見ていた。それを知ってしまうと、全く笑えない。
「そうね。でも、ベラちゃんと関係が?」
「わからない。でも、何か悪い予感がするね。気をつけて」
「え、ええ……」
店長の言葉に同意しかない。これはベラちゃんと何か関係があるのだろうか。分からないが、この辺りも探してみようと考える。
「ありがとう、店長さん。これはとても美味しそう」
「ええ。気をつけて」
何故か店長の声色は警告のような響きを持っていたが。
とにかく泉美は店を出た後、繁栄のミラクル聖母教の施設まで歩いた。
住宅街なら少し離れた所にあり、 周りは空き地。何台か車は止まっていたが、人気がない。コンクリートが剥き出しの三階建の施設だったが、門は閉じられ、鍵もかかっていた。鍵はチェーン状のゴツいもので、不気味な雰囲気しかなく、空き地を調べてもベラちゃんがいる雰囲気はない。足跡なども全くなかった。
空はもう真っ暗。大きな満月も見えた。月が大きなクリームのように見えてしまったのは、お腹が空いているせいか。うさぎの陰などは全く見えない。
「うーん、やっぱりベラちゃんはいないか。帰るか」
泉美はため息をつき、家へ帰る事にした。手に抱えている惣菜の匂いは食欲を刺激するし、「私達の幸せな結婚式」も早く読みたい。 それにミャーとも遊びたい。
「ミャー、ただいま!」
家に帰ると、ミャーが駆け寄り、飛びついてきた。
『泉美! 聞いて!』
は?
ネコが話した!?