番外編短編・福音と藤河少年
藤河七道、十一歳の時だった。
同じクラスの水川泉美が大嫌いだった。しっかり者という事はわかるが、男子達のイタズラをすぐ先生に告げ口するし、ギャルっぽい見た目も超苦手。藤河はミステリアス美女が好みだったため、余計に泉美がうざったかった。
そんなある日、藤河は教室で一人きりになった。放課後、先生の手伝いをしていたら、うっかり自分だけ残ってしまったらしい。
ふと、泉美の机を見る。ここで呪いの手紙でも書いて入れたら、大嫌いな泉美への仕返しになるんじゃないか。当時、呪いの手紙が流行っており、同じ内容を最低でも三人に送らないと酷い目に遭うという都市伝説が流行っていた。
「よし、水川へ復讐しよ!」
しかし、手紙を書いてもなぜか実行まではできなかった。良心が痛み、誰かが「そんな事はやめろ」と言われているみたいで。
「という事で父さん、水川へ復讐できなかった」
家に帰って牧師でもある父に報告した。
「だろう。イエス様が見てるからね」
「そっかー」
藤河はクリスチャンの家庭に生まれながらも、別に信仰はしていなかった。歳の離れた兄は神学校にまで行き、海外で宣教師までやっていたが、彼と比べると気後れし、キリスト教にどっぷりと浸かれなかったが。
「でも俺、悪いヤツだね。牧師の息子なのに、お兄ちゃみたいに全然いい子になれない。クラスメイトが大嫌いで復讐までするとか」
「そんな事ないぞ。むしろそんな悪いヤツの為にイエス様は代わりに十字架で罰を受けた」
父からそんな話を聞かされる。いわゆる福音という話だ。ずっと罪があり、悪人状態に堕ちていた人類に、先に手を差し伸べ救ってくれた神様。
「だからもう七道は頑張って努力して、修行して神様に近づく必要はないんだよ。良い人になる必要もお金もいらない」
「そっか……」
「イエス様の十字架はむしろ悪い子の為かもね?」
いつも厳しい父の声が珍しく優しく聞こえ、藤河はこの時から神様を信じるようになった。
兄のように宣教師になるかという不安もあった。禁酒や色々な禁止事項もありそうだとビクビクしたが、意外と自由。罪を犯す自由意思も尊重される。そういえば両親も普通に自由そうだし、他人目や世間体からも解放され、意外と楽しそう。
という事で藤河は趣味の陰謀論や都市伝説も嗜もつつ、神学校に通い、牧師になった。
「うん? 結局は水川の存在が福音を聴かるようにしたわけか?」
ある日、祈っているとそれに気づく。大人になっても相変わらず好きになれない幼馴染だったが、今は少しは愛せそう。
「そうだよな。俺はもうイエス様に超愛されてるんだから、嫌いな水川の考えても無駄だよな!」
それに気づくと、藤河は自然に笑顔になっていた。




