カフェ店長の日常編-4
風早誠一という男は、典型的なイケメンだった。年齢は三十歳ぐらいだが、スーツをパリッと着込み、髪も綺麗にセットしていた。目元は涼やかで、鼻もスッと高く、歯並びも綺麗。輪郭も綺麗な卵形で、清潔感もあった。それに左腕にある時計は、どう見てもブランド品。それでも嫌味っぽさは皆無で、さりげなくセンスが光ってる。
「アプリの自撮りよりかなりイケメンじゃない。やだ、いまからメイクちゃんとしたいぐらいだわ」
厨房で呟きつつも、手早くコーヒーを作り、風早がいるテーブルへ。風早が座るには 一人がけの席は赤いクッションのフカフカした椅子だ。この椅子のせいか、ちょっぴり王子様風にも見える。
しかし今は仕事中だ。営業スマイルを作り、丁寧に接客。母がいたら「イケメンにだけ差別して接客するな!」と怒られそうだが、今は他の客もいない。閉店間際だからだろう。
「コーヒー美味しいですね。あ、ところで、あのネコのポスターは? 迷いネコがいるんです?」
風早は店内の壁に貼ってあるベラちゃんのポスターを指さす。レジに近くかなり目立つ場所に貼っていたのもあるが、風早はポスター強い興味があるようだ。コーヒーを飲むと、立ち上がってポスターをまじまじと見ていた。泉美より背が高い風早。ポスターの位置も目線を低くして見ていたが。
「僕もネコを飼ってるんです。他にも保護ネコの活動もやっていまして」
「まあ、そうなの? そういえばアプリでもネコの話題いっぱいしてたわ」
そうだ。元を辿ると、風早とはネコがきっかけでアプリ内で話すようになった。アプリではペットや趣味、思想信条などのトピックグループがあり、そこに入ると、同じ価値観の人とマッチしやすかった。
確か風早は年収三百万円の会社員と言っていたっけ。泉美的にはこの条件は「ナシ」でアプリでも、そう盛り上がらなかった。頭の中にある計算機が有能すぎたみたい。
でも、今はその計算機も鈍くなっていた。横にいる風早はイケメン。年収の条件は目を瞑れば、あとはいいんじゃない?
泉美の口元は、我知らず歪んでいた。風早は全く気づいてはいなかったが。
「ネコは僕にとって神様ですから。ネコ様です。ああ、尊い」
「へ?」
「僕だったら命懸けでベラちゃんを探すな」
「ええ、今探しているところよ」
「頼みますよ、本当に」
何故か怒られた。よっぽどネコが好きらしいが、珍しくはない。特に現代人はペットさえいれば幸せという考えも一般的だ。かく言う泉美も結婚してしたら、ミャーと気ままに生活出来ないと思うと、それは嫌だったりする。
結婚するorしない。泉美の中で二つの価値観が天秤の上にいた。二つとも大事。どっちが重いのか、分からない。母からの小言から逃げたいが、そんな消極的無い動機で結婚して良い?
しかし、隣にいる風早はとんでも無い事を言ってきた。名刺を渡しながら。名刺には風早は社長とあった。WEBマーケティングやコンサルをやっているらしい。最近脱サラして起業したが、あっという間に成功し、今は年商五億円に近いとか。
「す、すごいですね!」
「すごくないですよ。おかげでうちの子と遊ぶ時間もないですし。あ、これからまた仕事なんですよ」
泉美は風早の腕時計をついつい見てしまう。手首がゴツゴツと骨っぽく、指も綺麗。爪の形が丸っこいのは残念だが、頭の中の電卓が「OK! これは良物件!」とGoサインを出しまくっていた。
女の方から誘うのは恋愛テクニック的に良くないと思う思ったが、このチャンスは無駄にしたくない。ベラちゃんの件で相談したいという口実を作り、デートの約束をした。
「いいですよ。同じネコの飼い主同士、仲良くなれそうです」
あっさりとデートの約束が決まった。泉美の頭の中に電卓は、歓声を上げているぐらいだった。
「では。また連絡しますね!」
風早は笑顔を作り、爽やかに去っていく。一人残された泉美の口元は緩んでいた。
「マジで? 久々にイケメンとデートだ!」
独り言はいつもよりテンションが高くなってしまう。
店の時計を見たら、もう閉店時刻だった。時計は見た目を重視し、アンティークの古時計を使っていたが、音はうるさい。音が出ないようにしていたが、この時計を見ているだけで、泉美の表情は緩んでしまう。
「さあ、これから閉店準備よ。今日も疲れたけど、いい事もあるもね」
四人がけのテーブルを吹き上げ、床を軽く掃き、ゴミを捨て、厨房にある材料もチェック。足りない分は注文し、帳簿も記録したら、今日の営業は終了。
確かにベラちゃん問題や店への地味な嫌がらせはあるが、今日はいい日じゃないか。まさか婚活相手とのデートがこんなあっさり決まるとは、予想もつかない。それに今日は予想以上に店も繁盛したで、廃棄もない。いい日だ。
その上、「私達の幸せな結婚式」の新刊発売日だ。早く糸原の書店へ行こう。
店を閉めると、もう外は薄暗い。空はオレンジ色から藍色のグラデーションに染まっていた。風も少し冷たくてなってきたが、口元は緩む。
泉美はカフェから早歩きで進んでいた。カフェから数分の距離に糸原の書店がある。自然と泉美の足取りも軽く、口元はニヤニヤ。
だから油断していた。前方から走って来る人影に気づかず、ドスンと派手にぶつかった。
その拍子で泉美は地面へダイブ。ぶつかった相手は謝りもせず、一目散に逃げてしまう。
「なんなのよ、もう」
我ながら運動神経の無さが恨めしいが、今日はいい事もあったから良い。
泉美は立ち上がると、ジーンズについた土埃を払い、目的の本屋へ歩き続けた。