事件解決編-9
風早が逮捕され、事件についても報道されていた。警察によると、意外にも風早は事実を正直に話しているという。
風早は元々ネコが大好きだった。しかし、十数年前、飼いネコが行方不明になり、カルトに殺されたんじゃないかという疑惑も持っていた。飼いネコはクロ次郎という名前だったらしいが、美緒子が証言した例のネコかどうかはハッキリとしていない。
その後も風早はネコを神様のように崇め、自宅では保護ネコも世話していたという。風早と交流があった保護ネコ団体は「そんな人には見えなかった」と驚きを隠せないという。
織田については偶然、泉美や藤河からベラちゃん事件を聞き、どうしても許せなくなり、犯行に至ったという。
動機はこんなところだが、報道では「誰でも良いから襲いたかった」とされていた。警察やメディア内部では繁栄のミラクル聖母教の信者も多く、これが限界だったようだ。ベラちゃん事件も揉み消され、特に織田が捕まったという情報はない。
「でも、織田さん、娘の方は捕まったんでしょ?」
泉美は隣にいる咲に声をかけた。
最近、咲はバイトとしてカフェに来ていた。今日も学校が終ってから二時間だけだけ皿洗いや接客などをやって貰っていた。今は閉店近く、ようやく客も途切れ、二人でテーブルを拭いたり、そろそろ閉店準備の入っていた。
『織田の娘、万引きだけでなく、闇バイトもやっていたのよね?』
看板ネコとしてミャーもカフェに来ていた。相変わらず椅子に女王様のように座っていたが。
「そうなのよ。ベラちゃん事件の件は逮捕されなかったみたいだけど、娘の方は闇バイト方で捕まったわ。本当良かった」
織田の娘のせいで登校拒否していた咲だが、これなら大丈夫そうだ。ミャーも含めて一同はホッとしていた。
カフェもお客さんが戻ってきた。今日もひっきりなしに客がやってきて泉美も疲れたが、悪いものでもない。
ユージンも昼間やってきて、今後は藤河と一緒に「アーメン☆牧師と元迷惑系YouTuberの都市伝説夜話」という動画チャンネルを始めるらしい。そこではベラちゃん事件やカルトの闇も暴露するそうだが、吉と出るか凶と出るかはまだわからない。
とはいえ、ベラちゃん事件については、こんな形でしか公表できないし、仕方ないかもしれない。現在、藤河は風早の面談も続けているらしいが、すっかりあの藤河に怖がってしまい、素直に全部話すと約束したという。面談している内に次第に打ち解け、風早も反省の言葉も藤河に伝えたらしい。
「まあ、店長、悪事は必ず表に出ますね。私も語彙力なくすぐらい、ネコを可愛がるのは辞めようかな」
「そうね。風早みたいな大人になったら、終わるわ」
『そうよ、咲。ネコを偶像崇拝しちゃダメよ!』
ミャーは尻尾をぷらぷらさせながら、意外と厳しい事も言っていた。
「そうだね。この事件も神様が『ネコの偶像崇拝やめろ』っていうメッセージかもー? ネコはネコだよ。神様じゃない。最近、ネコを崇めている人いっぱいネットでみますけど、あれも一種のカルト宗教じゃ? 昔、実際エジプトの方でネコが神様化されていたとか。風早も織田に同族嫌悪を持ったんですよ、きっと」
「それはわからないけど、咲ちゃん、バイトも頑張ってよ」
「はーい、店長。がんばります!」
調子のいい咲だが、大人としては過保護にせず、見守る方がいいかもしれない。
こうして閉店時刻まであと数分という時だった。母と麗奈が来店してきた。
「もう、ママ。こんな時間に何よー」
思わず泉美は文句を言いたくなったが、注文されたメロンソーダを作り、咲に持っていかせた。
母と麗奈の前には、エメラルドグリーンの鮮やかなメロンソーダ。二人とも無邪気にメロンソーダを楽しんでいる。
「私はベラの件で思ったの。悲しむネコを一匹でも減らしたい。今度は保護ネコの活動もしようと思ってるの」
麗奈もだんだんと立ち直っているようだ。目に光が戻り、使命にも燃えているらしく、今後の事も報告してくれた。
「私も麗奈ちゃんと一緒に保護ネコの活動をしようと思うのよね」
母もそう言う。
「そんなゴシップばっかり追いかけているのもね。この歳になったら、地域の貢献もしたいもんだわ」
これで母も少しは大人しくなれば良いと泉美もホッとした時だ。
新しく客がやって来た。なんと木崎苺だ。髪も黒く染め、メイクも服も地味になっていたから気づかなかったが、窓ガラスの修繕費も全額手渡しされた。
「ちゃんと全額あるわね」
泉美が確認すると、キッチリ全額あった。これで窓ガラス事件も解決したが、苺がネコのキャリーバッグも持っている事に気づく。しかもミャーミャーと子ネコの鳴き声もカフェに響いている?
「苺さん、まさかこの中にネコ?」
「ええ。風早の後始末ですよ! 彼が飼っていたネコの飼い主探しでもう大変! 何匹かは引き取って貰えましたけど、この子はこれから病院にも注射打ちに行かないといけないし! もう、あの男の後始末で大変なんですよ!」
苺はため息混じりだが、母はそのキャリーバックを取り上げ、勝手に開けてしまう。
「みー!」
「みゃ、むあー!」
中からは真っ白な子ネコが二匹。しかも麗奈に向かって一直線に走り、膝の上から全く離れない。一匹は麗奈の指までペロペロ舐めているぐらい。
「すごい懐いてますね。だったら私の代わりに世話してくれません? お願いしますよ。ああ、もう忙しい! あの男の尻拭い色々ありすぎ!」
苺はそう吠えると、逃げるようにカフェを去っていくが。
「決めた。この子たち私が飼う。まあ、本当にかわいい子ネコ!」
麗奈の目はハート。声も黄色い。もう誰も反対などできないだろう。
ベラちゃんを失った麗奈の心の傷は、これで少し癒えるといいが。ベラちゃんの代わりは誰にもできないが、子ネコ達の世話をしながら、少しずつ立ち直って欲しい。泉美は祈るような気持ちになった。相変わらず宗教の印象は悪いが、祈る気持ちだけは泉美でも理解できた。元々は自分の願いよりも誰かの幸せを願うものだったのだろう。
「可愛い!」
咲は予想どおり子ネコを撮影しながら語彙力を失い、母は動物病院に電話をかけていた。
カフェはすっかり賑やかさを取り戻していた。藤河やユージン、糸原、美緒子、貴子、青嶋まで来店し、もうお祭り騒ぎといっていい。
泉美もせっせとコーヒーやメロンソーダを作り、みんなに振る舞う。
こんな時間が一番幸せかもしれない。特に事件が解決した今は、みんなが美味しいものを食べて笑っているだけで十分だ。
『ミャー!』
ミャーも子ネコたちに先輩顔をし、ご機嫌な声をあげていた。