事件解決編-8
この教会は住宅街にあった。なので藤河は騒音も気をつけているらしく、礼拝堂の窓ガラスは全部二重になっているという。
泉美はその事を思い出し、ついつい下唇を噛んでしまう。もし窓ガラスが一枚だったら、風早の絶叫が隣の糸原の耳にも届いたかもしれないが。
「うるさい! うるさい!」
織田の事件がバレた事で風早はパニックになり、折りたたみナイフを振り回していた。もっとも、振り回しているだけなので、今のところは危害はないが、困った。
この興奮状態の風早をどうしたら良いかわからない。藤河は天を仰ぎ「神様……」と祈っている始末。これはお手上げなのかもしれないが、泉美は冷静さを取り戻す。
礼拝堂の隅にいるミャーに目配せした。ここでミャーと何か会話はできないが、察して貰う事を信じるしか無い。
ミャーが外に出た時は少しホッとした。これでミャーが誰かとコンタクトを取り、警察を呼んでくれれば良いのだが。日本語を話すネコに相手はびっくりするだろうが、今はそれどころじゃない。
「おい、風早さん! 落ちつけ! イエス・キリストはお前を愛してるぞ。さあ、今ここでイエス様の懐に飛び込もうじゃないか!」
藤河はこんなセリフで説得しようとしていたが、風早はさらに激昂。完全に逆効果だ。泉美は頭を抱えたくなった。
「そんなイエスがいるなら、なんでカルトが放置されてるんだ! ネコ様を殺してるんだ! 悪い団体なのになぜ放置しているのか? だったら俺がカルトを始末するしかない!」
「それは何となく気持ちはわかるわ」
「おい! 水川! 犯人に肩入れするなー!」
藤河に怒られたが、風早がいう事は一応筋が通っていた。
「そもそも藤河、何でイエス様ってカルトの犯罪を放置してるの?」
「そうだ! そうだ!」
しかし泉美が肩入れした為、風早の口調はトーンダウンし、ナイフも床に落としていた。
「我々には神様を無視して生きるっていう罪があるからね。お前らも全能の神様の立場の立って考えてみ? 普段自分をクリスマスと結婚式と困った時にしか頼らない人間の頼みを聞いてあげようと思うかい? 逆にイエス様はお前らに『いいね!』してるのに、西洋の神様だと勝手に誤解してブロックしているのじゃないか」
「ああ、確かに。神様も都合のいい時は利用して、そうじゃない時は無視っていうのは、確かに理不尽ね。っていうか西洋の神様じゃないんでしょ」
「水川の言う通り。神様は甘い愛の存在ではなく、義でもあるから、適当な事もできないんだよ。それにカルトの織田だってどんな事情があるのかは神様にしかわからない。かわいうな人かもよ? 悪いのは一番上で偉そうにしている教祖ではないか? しかもあの教祖は聖書の言葉も歪めて教えてるんだぞ。これについては俺も憤ってる。風早さん、なぜ教祖を一番先に狙わなかった?」
ここで藤河は風早をキツく睨みつけていた。
「末端の信者を狙うのは卑怯では? 本当に君の中に正義があるのなら、一番強いやつを狙えばいいのでは? そもそも暴力的手段は必要か? 警察や司法が信用ならないなら、今の時代、ネットで発信したって良いんじゃないか? 俺と一緒に配信するか?」
風早に肩入れしていたが、この指摘はもっともだ。
「そうよ。藤河の言う通りよ。何で教祖を狙わなかったの? それって本当に正義かしら。自己満足じゃない? 弱い者を狙って論破したいだけ?」
「うっ……」
風早は泉美にも言い返せず、口籠もっていた。彼の情け無い姿を見ていると、泉美は後悔していた。年収、肩書き、年齢、容姿、つけている時計で婚活相手を選んでいた自分の愚かさが恥ずかしい。
頭の中にある電卓など全くあてにできない。むしろ「エゴ」と「欲」で電卓の性能は著しく落ちてしまう。
婚活相手はブランド品ではなかった。やっぱり人は心。スペックで選んで後悔しかない。婚活相手が犯罪者だったのも見る目の無さを自覚させられた。泉美はもはや涙目だ。
「うるさい! うるさい! そんな宗教やっているようなバカなヤツに言われたくねーよ! キリスト教なんてオワコンだろ!? これだけ科学が発達しているのによ!?」
風早はより藤河の方が憎いらしい。さらに詰め寄り、大声を出していた。
「お前のような牧師もぶっころす!」
風早は藤河に殴りかかろうとしていた。藤河は背の低さを活かし、さらっと避けていた。泉美は「暖簾に腕押し」という言葉を思い出してしまう。藤河の意外なすばしっこさに泉美の目が丸くなる。
「オワコンのキリスト教の牧師なんて消えろ!」
「おお、俺を牧師という理由で迫害するのか。いいぜ、受けてたとう。もし俺が殉教しても天国に入れるから、本望だぜ?」
「っつ!」
もう藤河は怖いもの無し状態だった。確かに死んでも天国に行けるという発言には、戦意も削がれるというか……。そういう教えがあるのは理解出来るが、無敵過ぎる。泉美も風早よりも藤河の方に引き、後ずってしまう。これが無双というやつだろうか。やはり宗教を持っている者はいざという時に強いらしい。
「なんか藤河の方が頭おかしいね? 本当にあなた、大丈夫?」
「そーだぞ! 何、死ぬのが怖くないとか言ってるんだよ……」
こんな無双中の藤河にすっかり風早の戦意が削がれている時だった。遠くから足音。しかもパトカーのサイレントの音もする?
「警察だ! 暴行と殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
礼拝堂に警察が押し寄せ、風早はあっという間に逮捕されてしまった。
『ミャー!』
警察と藤河の大声が響く中、泉美は足元にミャーが来ている事に気づいた。咲もいた。
「隣のブックタウン糸原で本買ってたら、ミャーが飛び込んで来たの!」
咲は大興奮で事情を話した。その後、ミャーに全てを聞かされた咲は警察に連絡したという。
泉美は全身の力が抜けそうだった。ミャーはちゃんと察してくれたらしい。
「もう、ミャー! あなたはサイコー! 助かった!」
泉美はミャーを抱きしめ、もふもふの黒い毛を撫でていた。
『そうでしょう? 私、できるネコよね!』
これに咲も大笑いしていた。もちろん、泉美も。
どうやら事件は解決らしい。風早が捕まった事で、動機となったベラちゃん事件も進展するだろう。カフェの窓ガラス事件も結局は犯人も見つかり、あとは木崎苺から修繕費を回収すれば解決だ。どうやら悪事はちゃんと表に出るらしい。
「神様は見てる?」
今は泉美もそんな気がする。
『ミャー!』
腕の中のミャーは可愛い声をあげていた。




