事件解決編-6
「風早逮捕大作戦!」
そんな言葉がホワイトボードの上を踊っていた。
あの後、苺が帰ると、泉美たちは教会の一階、リビングルームへ移動し、今後の事を話し合っていた。
といっても、今度、教会のイベントで配るアイシングクッキーを袋詰めし、リボンをつけるという作業をしながらだったが。地味な作業だが、黙々と手を動かし、泉美も藤河も作業に夢中ではあったが。テーブルの上は可愛らしいネコ型のアイシングクッキーが並び、見かけだけは華やか。咲がいたら語彙崩壊するに違いない。
『ちょっと、二人とも。風早をどうやって捕まえるか話し合って!』
ミャーはソファでゴロゴロしていたが、当初の目的を思い出し、一同ハッとした。
「そうね。忘れてたけど、事件よ。織田を襲った犯人は、風早で間違いないわ。ベラちゃんの事件前から、カフェにもよく来てたけど、カルトの下見だったと思えば、筋が通る」
「げー、風早さん、そんな前から下見してたんか。ドン引きだな」
その事実を知った藤河は呆れていた。
「本当に偶像崇拝なんてするモンじゃない。聖書でも偶像崇拝する人が頭が変になるって書いてあるし、いや、神様は前々から全部知っていて俺らにヒント出していたのか?」
『そうね! 神様は何でもお見通しよ!』
「でもミャー。犯人は風早だって直接教えてくれたりしてもいいんじゃないの? そういうメッセージとして受け取れない? 神のお告げじゃーって」
ふとした疑問を言っただけが、呆れられた。
「そんな神様を都合いいランプの精にしちゃだめだ。それこそ偶像崇拝というものだ」
『そうよ、泉美。聖書では人は神の言葉を守り、従いなさいっていう命令がいくつもあるんだからね! 都合の良い占い師じゃないのよ!』
「ねえ、ミャー。七道おじに感化されすぎじゃな? いつからクリスチャンのネコになったの?」
確かにミャーは藤河と一時期一緒に住んでいたが、この感化のされようは疑問だった。藤河が牧師として洗脳パワーを使ったのだろうか。その割には貧乏教会というのが解せないが。
『そんな事はいいじゃない。まずは風早を捕まえるの!』
「でも、どうやって? 自首するかい?」
藤河のツッコミは珍しくまともなものだった。
「あ、でも教会に連れてきたら? 今日の苺の態度を見てて思った。礼拝堂の前では嘘つける人ってあんまりいないのでは?」
この教会の礼拝堂はパワースポット感も神聖感もないが、わざわざ悪い事もできない雰囲気だ。かくいう泉美も窓ガラスを割った苺に責める気分がなくなってしまったから。
「そうか。だったら、今度の教会のイベントに風早さんを呼ぶか?」
藤河は左手で頭をかく。手首にはめていた百均の時計はサイズが合わないのか、ずり落ちていた。
「どうやって呼ぶの? のこのこ来ると思う?」
「まあ、あの風早さん、一応この教会のイベントには行きたいとは言っていたが」
藤河はまた頭をかくが、自信はなさそう。
『泉美、あなたが風早をイベントに誘うのよ。そうよ、これが一番いいわ』
「えー? でも」
今日の風早とのデートは全く盛り上がらず、帰り際も微妙だった。
「誘え! 男は女の希望には逆らえないんもんだ」
なぜか藤河のスイッチが入った模様。立ち上がり、ホワイトボードの文字を消すと、新しくこんな文字を書いた。
「男と女は、神とクリスチャンの型!」
ミャーは歓声を上げていたが、泉美は意味がわからず、首を傾げた。
「いいかい、水川。人は全て神様が創造したっていう説明は前にしたよな?」
「ああ、そういえばそんな事も聞いてわね」
藤河がホワイトボードに男と女の絵を描く。下手くそだが、記号的で特徴はわかる。
「あれ? LGBTの人は?」
「水川、今日はとりあえずそれは置いておこう。神様が男と女を創造した。その意図は何だと思う?」
風早の話題から脱線気味で、泉美はさっぱり分からず、首を振る。
一方、藤河は水を得た魚のように生き生きとしはじめ、今度は神様と教会の絵を描いた。
「そう、男と女を創ったのも、神様と教会の関係をわかりやすく示したものだからだ」
「えー? そんな理由?」
泉美は変な声が出る。全く想像していなかった。
「男が神様、女が教会のメタファーってやつだな。だから女は聖書に書いてある事を全部守れば、現実でも男にモテる」
「はー? 男が神様?」
それは全く納得いかないのだが。
「もちろんメタファーだから、男自体が神様ってわけじゃない。要はその関係性なのだな」
藤河は男の絵と女の絵の間に線を引き、ここをペンでトントンと叩く。
「そんな、聖書通りやってる女性がモテるって? なおさら信じられないけど」
「まあ、騙されたと思って、一つ実践してみるといい。聖書にはクリスチャンに『いつも喜んでいなさい』という命令があるが、喜んでいる女は、実際モテるんじゃないか?」
「あ、そういえば……」
ぶりっ子、人気アイドル、キャバ嬢など、過剰なほど喜びの表現をしている記憶があった。確かに喜んでいる女はモテる印象だ。
「だから、水川も喜んで風早を誘ってみ? 絶対成功するぜ。男は女に与えて喜ばせる事で幸せになる生き物だ。究極、女は男が与えたものを感謝して笑っていれば良い。神様がそう男と女を創った」
藤河は再びホワイトボードの男と女の絵をペンで叩いたが。
『そうよ、泉美。泉美がモテないのも、しっかり者というか優等生な感じがするからよ』
「誰がモテないって?」
「まあまあ水川。今日のデートのお礼を喜んで伝え、その勢いで風早を誘うんだ」
ここまで言われたら、逃げられない。風早にはネコのアイシングクッキーが貰えると言った方が効きそうとは思ったが、とりあえず彼に電話をかけた。
「風早さん、今日はありがとうございました。とっても楽しかったです!」
少々大袈裟なぐらいテンションを高くしたところ。
「いや、いいんだよ」
その風早の声は、いつもより柔らかい。これ作戦が効いているのだろうか。
不安になりつつも、イベントの件を伝え、教会に来てくれる約束も取り付けた。
「ネコのアイシングクッキーも配るんです。私のカフェで作ったもので、可愛いですよ」
「おお! だったら行きます!」
もっとも風早が一番食いついたのは、ネコのアイシングクッキーだったが、約束は取り付けた。
そして風早に自白させ、警察にも同じく話せば事件は解決? さすがにベラちゃん事件についても警察も動くかもしれない。
「よし、これで風早さんが来て、捕まえるぞ」
『そうよ!いくわー!』
「ちょっと二人とも、早まりすぎでは? まだ風早が事件について告白するとも限らないのよ?」
とは言いつつ、パズルのピースは全部揃い、組み上がってきた。後は最後のピースをはめるだけかもしれない。
「まあ、そうだな水川。だからって最後まで気を抜くな」
「ええ、そうね」
風早が犯人でない可能性だって大いにある。気を抜くのは早いだろう。
それでも、少し緊張感も抜けていた。イベント当日に配るアイシングクッキーの準備もこれで全部終わった。当日、カフェのチラシと一緒に配る予定で店の宣伝になる事も願う。確かにユージンの動画も好評で若い客も増えたが、子供や子育て層にも来てもらいたい。
『でも全て神様が知っているわ。事件も絶対に解決するはずよ。神のご加護が有らんことを』
ミャーのこの言葉も、今は泉美も無邪気に信じたいぐらいだった。




