事件解決編-5
「えー、ガッカリ。しょぼい観光地に来た気分」
木崎苺は犯罪者という事も忘れ、口を尖らせていた。苺は典型的なキラキラネームだが、中身もお花畑でゆるふわ系?
「マリア像、シスター、神父さま、それにステンドグラスや天使像もないの!? 何でこんな学校みたいに地味なんですか? 神聖なパワースポット感もない。修学旅行で行った外国の教会はそんな感じだったよ!」
苺を教会に連れてきたのはいいが、礼拝堂の作りに明らかに失望していた。
ミャーは礼拝堂の隅でかわいいネコのフリをしていたが、自分の立場を忘れている苺にため息しか出ない。
「そんな事はいいでしょ、これだからキラキラネームは」
「えー、可愛いじゃないですか?」
「おいおい、君たち、今は教会の作りもキラキラネームも関係ないよ。ちなみにうちはプロテスタント教会なので、偶像となるグッズや像はおかないし、そもそも孤児院や修道院も経費ないからやってないぞ。うちは貧乏だからな。牧師は副業している人も多い。クリスチャンが少ない日本の教会はだいそうだ」
藤河も割って入ってきたが、このままでは全く話は進まない。とりあえず三人で礼拝堂の席に座り、泉美は咳払いした。
「単刀直入に言うけど、あなたうちのカフェの窓ガラス割った? 見た人がいるのよ。これが似顔絵」
咲が描いた例のイラストを見せると、苺は「ひえ!」と小さく悲鳴を上げる。これは苺が犯人だと自白したようなものだ。
「どういう事か話してくれる?」
「そうだぞ。この礼拝堂で神様に誓って、話せよ。イエス様は怒ったら怖いぞ。特に身内の弟子にキレたりしてたぞ。さあ、吐け」
『ミャー』
いつのまにかミャーも近くにやってきて苺の足元で鳴いていた。三人(匹)に詰められ、苺もタジタジだ。
残念ながら苺はネコはさほど好きではなさそうだ。ミャーが足元でスリスリしに来ても、眉間に皺を刻んでいる。明らかにネコ好きの反応ではなかったが、両手を上げた。降参のポーズらしい。
「わかりましたよ、話しますよ!」
結局、苺は事情を話した。
苺は風早の会社の秘書だという。WEBマーケティング、デジタル戦略ナントカという今風も会社らしい。仕事は想像以上に忙しいが、上司の風早は優しく、イケメンで、すぐに彼氏彼女の関係になったという。
しかし交際は順調ではなく、風早の女好きに苦しめられ、時には浮気相手の女から嫌がらせ、ストーキングの被害にもあっていたのだという。
その上、風早はネコを神様にするほど大好きで、苺にも暴言やモラハラ的な態度が多かった。
「そっか」
泉美は呟く。
苺の言う事が本当だとすれば、彼女にも同情の余地がある。
「まあ、ネコを神様かあ。偶像崇拝するやつは、女も大事にできないな。偶像と姦淫は似てるというか、ワンセット。聖書に書いてある。苺さん、そんな男とは別れた方がいいんでは?」
意外にも藤河も苺に同情的で声も優しい。陰謀論好きで変人の藤河だったが、腐っても牧師か。こんな風に人の相談にのり、その人の立場の立って話す事も牧師の仕事なのだろうと泉美は考えた。
「え、ええ。彼と付き合っているのは本当に辛かった」
苺は下を向き、苦い声を出す。相変わらずミャーは苺の足元にいたが、あまり興味を示さない。ネコは風早の件でこりごりなのだろう。気持ちだけなら泉美にもわかった。
「でも、私は我慢していましたよ。仕事上の付き合いもあるから。でも、彼は婚活も初めて、カフェ店長のあなたにちょっかいを出し始めて。それで許せなくなって、カフェの窓ガラスを割りました。今日も彼のストーキングしてました。ごめんなさい……」
素直に謝罪もされてしまい、泉美はもう何も言えない。
「わかりました。警察への被害届けは取り下げます」
意外にも泉美の声は冷静だった。
「その代わり、窓の修繕費は全額まとめて払ってね。できれば今年中に。それに、私たち、ネコ殺しの事件も調べているから」
「おお、そうだ。風早さんについて不審な点とかないか?」
あっさりと被害者の泉美にも許され、苺は口をポカンと開けていた。
泉美はなぜか苺に対して怒る気持ちはない。苺の立場も理解できたし、風早への嫌悪感の方が勝ってしまった。
それに反省もした。条件が良すぎた婚活相手だったが、どうやら頭の中の電卓通りには行かないらしい。やはり、この電卓、性能が悪くなってきた。そろそろ破棄した方ががいいのかも?
「別に私は風早さんを疑っているほどでもないけど、何か知らない? 何でもいいから、教えて欲しいわ。もちろん、警察には言いません」
泉美の言葉が後押しになったらしい。苺はとても言いにくそうではあったが、知っている事を教えてくれた。
かつてから風早は、繁栄のミラクル聖母教のアンチだったらしい。理由はネットでネコの生贄殺人疑惑を見たからだ。
「そうなの?」
泉美は思わず身を乗り出す。まさか風早とカルトがここへ繋がる?
「ええ。ネコ様を殺すなんて許せないそうよ。この町もカルトを探る為によく来てたみたい」
だから風早はカフェにも立ち寄ったのか。だんだんとパズルのピースが組み立てられていき、藤河も身を乗り出して聞いていた。
「たぶん、織田さんっていうカルト信者を襲ったのも風早だと思う。その日、スケジュールも空いてたし、連絡も取れなかった。こんな事は一度もなかったのに」
苺は織田の事件は風早の仕業と見ていたが、動機があり、アリバイがないので、何の証拠もない陰謀論ではなさそうだ。
それにネコカフェでの風早の態度を思い出すと、織田を逆恨みしても、全く違和感がない。皮肉な事に風早は藤河からベラちゃん事件の詳細も聞いていた。
「そうか。犯人は風早さんか」
藤河も納得していた。
『ミャー!』
ミャーの鳴き声も察するに、苺の意見には同意だろう。
「もし風早が犯人なら、すぐに捕まえて欲しいです。私はあの男に本当に嫌な気分にさせられましたから」
いつまでも被害者面する苺に泉美は再びため息をついた。
「あなたはまず、窓ガラスの修繕費を払いに来てね?」
泉美は窓ガラスの修繕費の領収書を見せていた。頭の中にある電卓の機能は劣化していたようだが、こういう所はキッチリしている。
「水川、お前本当にケチというかしっかり者だな。うちの教会の経理もやってみるかい? 簿記の資格も取れそうだよなぁ」
藤河は苦笑していた。




