事件解決編-1
エメラルドグリーンのクリームソーダは、見た目も鮮やかだ。上部のバニラアイスのさらに頂上には、真っ赤なチェリーもトッピングされ、色のコントラストも素晴らしい。グラスから見えるシュワシュワとした気泡は、実に爽やか。
泉美はカフェの厨房でクリームソーダを作りながら、自画自賛しそうになるが、笑ってはいられない。
クリームソーダを作り終えると、すぐに客の元へ。といっても営業再開初日の客は、泉美の母だけだったが。
ユージンの動画は想像以上に出来が良く、すぐにオッケーを出し、アップロードもしてもらった。動画はバズるという程でもないが、そこそこ評判もよく、カフェの再開に踏み切った。営業再開という事で看板ネコとしてミャーも連れてきたが、今日も椅子の腕で女王様のように座っている。
このミャーの様子を見たら、母も呆れていたが、今のところ他に客も来ない。
「ま、期待通りにはいかないのが筋よ。それにしてもユージンって子。顔もよく見たら、目もキリッとしたイケメンだし、本当に迷惑系配信者なんてやめればいいのに」
「ママ、それは全く同意ね」
「ねー」
ミャーは母の前では人間の言葉を話さない。どういう基準でそれを決めているか謎だ。今のところミャーが正体を表すのは泉美、藤河、咲だけ。その面々を泉美が思い出すと、三人とも頭脳系や知的派はない事に気づき、泉美は全く笑えないが。
その上、母がゴシップトークも始めた。しかも織田の話題。泉美はますます笑えない。
織田の事件はニュースにもならず、警察が動いているのかも不明だ。織田が生きているのかも全くわからない状況だった。この状況で木崎苺の事なども警察に言ってもいいか不明だった。結局、ミャーも強く反対し、警察に行くことを断念。引き続き、素人調査をすることになったが、次の一手も出せない。
もうすぐパズルが完成するかと思ったが、ここにきて全部バラバラにひっくり返えされた。ベラちゃん事件の犯人は? 織田は何で被害者に? 木崎苺の件も関係ある?
考えれば考えるほど、ミャーも答えが出ないよう。結果、今のところ事件調査は「保留」となっていたが。
「聞いてよ、泉美。織田は誰かに殴られたらしいけど、大した怪我ではないって」
「へー」
母のゴシップは適当に聞いていたが、一応織田が助かった事はホッとする。
「っていうか、ママ。そのゴシップ一体、どこで入手したのよ?」
「看護師さん! 誰とは言わないけど、情報教えてくれる人がいるの!」
「ちょ、どこの病院よ。そんなゴシップ好きの看護師がいる病院なんていきたくないわー」
「いいじゃない。織田の事、教えないわよ」
職業意識が低すぎる看護師には頭を抱えそうになるが、母のゴシップは侮れない。一応続きを聞いてみる事にした。
「この件でようやく警察もカルトについても調べてるらしいけど、織田は精神錯乱もあって、犯人については何も言っていないらしい」
「カルトの内輪揉めなんかな?」
「さあ。でも被害者の織田だってベラちゃん事件の犯人かもしれないでしょ? 警察に素直に白状すると思う?」
母の言葉に泉美は首を振る。確かに織田が全てを吐くとは思えない。
「まあ、ミャーちゃん。あなた人間みたいな変な表情してない? あんたも事件について知りたい?」
母はミャーの姿を見て首を傾げていた。このゴシップ好きの母にミャーの正体など勘付かれたら大変だ。
泉美は無理矢理母に帰ってもらった。本人はだいぶ不満そうだったが仕方がない。
その後、母が帰るとボチボチ客も戻ってきた。多くは常連さんだったが、ユージンも来てくれた。
リクエスト通り、ユージンに大きなパフェを作って奢ってやると、無邪気に食べていた。
「うま!」
「どういたしまして。動画作成ありがとうね」
「うま! うまー!」
「それしか言えないの……? このカフェ、語彙力崩壊するところ……?」
口の周りをクリームだらけにし、語彙力崩壊しているユージンにもため息をつく。
とはいえ、お爺ちゃんやおばあちゃんの常連さんにユージンは可愛がられてしまい、あっという間に孫ポジションもゲットしていた。それに迷惑系は辞めたらと何度もアドバイスされ、動画は違う方向にチェンジしたいとも語る。
「店長さん、俺、動画はどんな感じで売っていこうかね?」
「知らないよー。自分で考えたら?」
「食レポとかもいいかね?」
「うーん、でもライバル多くない? 大食いの食レポとかレッドオーシャンだよね。迷惑系よりずっと良いと思うけどね」
そんな会話もしつつ、カフェの営業時間はあっという間に過ぎていく。
忙しく働いていると、事件のことなどは忘れそうになる。気づくと、夕方だ。あと二時間ぐらいで閉店だが、ようやく客足も途絶えひと段落。
泉美は遅い昼ご飯を厨房で食べつつ、営業再開初日の売り上げは目標までいけそうでホッとしていた。
「やっぱり動画効果ね。ユージンには足を向けてねれないわ。新しい動画の方向性もみつかるといいけど」
ちょうど呟いた時、咲が客として来店。看板ネコ化しているミャーを見つけると、きゃーきゃっと大騒ぎ。他に客がいなくてホッとしたが、今日はちゃんと学校に行って来たという。道理で夕方に来店したのか。
「学校再開したの? 大丈夫?」
咲が注文したコーヒーフロートを手早く作り、咲の前の置く。
『そうよ。いじめっ子の織田の娘は?』
「それがお母さんが殴られて入院中で、家が大変みたい。織田さんは学校も来られない状況で、先生達の噂によると、離婚話も出ているんだって」
「本当?」
それには驚く。元々織田一家はカルトで崩壊していたとか。
「それを聞くと、ちょっとかわいそう」
『そうね。悪いのは、教祖とか上の方でしょ。人の心の弱さにつけ込んで、最低よー』
「まあまあ、店長さんもミャーも怒らないで。私はとりあえず学校復帰できてよかったよ」
咲はホッとしているようだ。確かに織田が被害者になった事は悔しいが、全部が悪いとも言い切れない。
「店長さん。聖書には神様が悪い過去もすべて良いものにしてくれるっていう教えがあるんだ。たぶん、この事件も良い方向にいくよ」
しかも咲に励まされた。
『そうよ、泉美。もしかしたら、無能な警察もようやく動いてベラちゃんの件も調べているかも?』
「そうねー。ずっとネガティブ思考になったらダメね。カフェも営業再開できたし」
ミャーにも励まされ、な何とか元気になった時。藤河がカフェに飛び込んできた。
「困った事が起きた! これは悪魔の攻撃に違いない!」
藤河の細い目は涙で滲んでいた。