カフェ店長の日常編-3
「げ、ママじゃん」
さっそく、カフェを開店した泉美だったが、すぐに母がやってきた。七十近くとは思えな程、背筋が伸び、紫色に染めた髪の毛は派手なインコを連想させた。実際よく話す。いい話題だけでなく、ゴシップもマシンガントークで話す。特にこのカフェに来てペチャクチャと話す事も珍しくない。元々このカフェは母のものでもあったんので、泉美の店長としての態度にも文句を言われた。
「何、まだアルコール消毒液置いてるの? もう意味ないし、病院みたいに見えるし。カフェの入り口にこれ置くのやめてよ。雰囲気が台無しよ」
他に客がいなくてよかった。母の大きな声賀小さなカフェによく響く。
「いいじゃない。色々とうるさいのよ」
「何言ってるのよ。まあ、いいわ。コーヒーフロートと卵のサンドイッチ!」
母は四人がけの席にドスンと座ると、顎で注文してきた。ため息が出てくるが、見せてで騒がれてもたまらない。泉美はテキパキとサンドイッチとコーヒーフロートを作り、テーブルのへ。
「あら、このコーヒーフロートのガラス容器、レトロで可愛いじゃない。花柄のね」
「ええ。今は昭和レトロブームだから、わざわざ昭和につくられた食器探したんだよね」
「へえ、これはいいじゃん、レトロでいいわ」
母はもぐもぐと食べ始め、ご近所のゴシップをベラベラと。特に母の友人でもある北村麗奈の迷い猫が心配だという。麗奈は母より少し歳が離れている。五十五歳だったが、趣味のフラダンス愛好会で知り合い、親しくなったそう。麗奈は母と比べて大人しいタイプだ。迷い猫の事が心配になってくる。一応、店には捜索願いのチラシを貼ったり、SNSで呼びかけたりしていたが。
「麗奈ちゃんとこ、ご主人も単身赴任じゃない。猫のベラちゃんがいなくなって本当に可哀想だわ。一体どこにいるのよ」
「知らないわよ」
泉美はガラスコップを磨くと、改めてカフェに貼ってあるベラちゃんの捜査願いのチラシを見た。これは泉美がAIも駆使して作成したもので、見た目もパッと目を引く可愛いデザインにしてみたが。
「このチラシ、逆に怖い感じにした方が目立ったかしらね? もっとベラちゃんの特徴や、レインボー色の首輪の事とか強調した方がよかった?」
「知らないわよ。泉美、案外人に気を遣うタイプよね」
「そう?」
そんな事を話したせいか、麗奈も客としてカフェに立って来た。目元も黒っぽく、明らかに元気がない。いつもはおっとりとしたマダム風の女性だったのに。
「泉美ちゃん、ベラの手がかりは何かあった?」
そう聞かれたらが、泉美は力なく首を振るしかない。
「そっか」
肩を落とし、落ち込んでいる麗奈はみてられない。母と一緒にコーヒーフロートを啜って吐いたが、泉美も心配になってくる。思わず、店の看板商品のパウンドケーキをサービスしてしまった。
「元気出してね。ベラちゃんは元気よ」
「泉美ちゃん……」
麗奈は泣きそうだった。母は呆れてはいたが。損得勘定をばかりする泉美だったが、うっかり損する事もしてしまった。
「ありがとう。少しは元気出たから」
最後に麗奈はそう言い残し帰って行ったが。
「ママ、早くベラちゃんが見つかるといいね」
「そうねー。あ、私はこれから韓国ドラマを見るから家に帰るわー」
「あ、そ」
「冷たいわね。私にも麗奈ちゃんぐらいに優しくしてくれてもいいいじゃない。ってところで泉美、婚活の方はどう?」
やっと帰ってくれるとホッとしていたら、母は嫌な話題をぶっ込んで来た。
「私もそろそろ孫の顔がみたいわね。ね、あんたは一人娘ですからね。本当に孫の顔が見たいわ」
ゴリゴリと圧をかけてくる母に、泉美の口元が引き攣る。確かに最近は婚活アプリでぼちぼちとそれっぽい事はしていたが、会うまでは行ってない。
「相手がいないのよ。それに私は今の生活もいいし」
「相手だったら、藤河君がいいじゃない。いい牧師さんよ」
「げ、藤河なんてごり押ししてこないでよ」
藤河はこの街で牧師をやっている男だった。泉美と同じ歳で高校まで一緒だった。幼馴染といっても良いかも知れないが、向こうは宗教だけでなく、オカルトや陰謀論が好きな変わり者。当然気が合わない。疫病騒ぎの時は、カフェの経営にもケチつけられた。アクリル板置くなとか、むしろどんどん経営時間を増やせなどと言われ、喧嘩にも発展し、今は藤河を出禁にしていた。
「あんなサブカル系オカルト男と女子力高めの私が気があう訳ないでしょー」
「泉美、自分で女子力が高いとかいう?」
「冗談よ。とにかく藤河とかないから。変な陰謀論とかオカルト話とか、全く興味ないし。絶対話合わない。むしろ私の敵」
「そ? 私はお似合いだと思うんだけど」
「ないない! もう帰ってよ。韓国ドラマは?」
こうして母には帰って貰うと、客が押し寄せてきた。もう昼時だ。一番忙しい時間帯。泉美はあくせくと働き、額には汗が浮くほどだった。今日は平日だったし、秋風も冷たくなって来たので、そう混まないと予想外していたが、見通しが甘かったらしい。
ようやく客が途切れたのは十六時過ぎだ。閉店まであと二時間だが、窓の外は夕方の空気が出て来た。雲も淡くオレンジ色。
「よし、あともう少しよ。今日の仕事が終わったら、『私たちの幸せな結婚式』の新刊を読むんだから!」
再びシャツを腕まくりし、たまっている洗い物もサクサクと片付けていく。
こうして忙しくしていると、母が言って来たことなど全部忘れていた。もちろん、藤河の事などもすっかり忘れていた。
「すみませーん。コーヒーお願いします」
また客がやってきた。
泉美は笑顔を見せ、疲れた様子は一切見せずに接客に向かう。
「いらっしゃいませ。注文承りました。って、もしかして風早さんですか?」
一人席の客を見たら、驚いた。マッチングアプリで少し会話している男だった。見覚えがあると思ったら、何故ここに?
「ええ、泉美さんのカフェをちょっと見たいと思いまして」
風早は白い歯を見せ、アイドルにも負けないぐらいの笑顔を見せていた。