新しい事件編-3
カフェに着き、まず女子高生を椅子に座らせた。ミャーも貸す。きっと彼女の場合、ミャーと同席させた方が口を滑らせるだろう。
泉美は厨房へ行き、メロンソーダとフルーツパフェを作る。ユージンの動画作成に使った余りの食材で作ったが、見た目は完璧だ。それにあの女子高生だったら可愛いものに目がないはず。クッキーにチョコペンでネコのイラストを描き、フルーツパフェにトッピング。さらにパフェにカラースプレーやアラザンもデコレーションしてやった。これを見たら、もっと口を滑らせるだろうと計算中。
「可愛い! 可愛い! レトロ可愛い!」
案の定、女子高生の語彙は崩壊していたが、この作戦は上手くいくだろう。こんな中だったが、名前を聞き出す事に成功した。
名前は高橋咲。聖アザミ学園の二年A組、進学文系クラスという事もわかった。
ミャーは咲の膝の上にピョコンと乗り、上目遣いでどんどん聞いていく。ここはミャーに指導権を渡した方が良いだろう。
『で、何で学校行かずにこのカフェを見ていたの? 可愛いこの私に正直に話なさい』
「はい、ネコ様!」
この会話はどうかと思ったが、咲は事情を話し始めた。泉美は彼女の横に座り、ノートにメモをとりながら聞く。今は口を挟むよりも、聞く側に徹した方が良いだろう。
「実は学校でいじめられていて、行きたくないんです」
『やっぱりね。いじめっ子は織田の娘?』
「そーです!」
それは想像通りだったが、その経緯は酷い。咲はブックタウン・糸原で買い物中、織田の娘が万引きした場面を目撃したという。
悩んだ末、学年主任に報告した。もっとも決定的な証拠はなかった為、織田の娘は捕まらなかったが、教師達にマークされるようになり、今度はチクったとして咲がいじめられるように。結果的に学校に行けない状況だという。また、織田の親からもしつこい宗教勧誘も受け、家族ぐるみで酷い目に遭っているとか。
「それは……」
想像以上に酷い。声が出ない。宗教二世というよと、なんとなく可哀想なイメージもあったが、織田の娘へ関しては同情心など全くない。
「確かに織田さん、親に宗教を強要されてかわいそうだとは思うけど、人によるっていうか。人それぞれ。っていうか私も宗教二世だし」
「え!?」
それには驚いた。咲の見た目ではわからない。
「うん、うちの両親、クリスチャン。私もそう。だから一応、キリスト教系列の聖アザミに行ってる。でもなかなか近所に良い教会が近くになくて困ってるんだよねー。まあ、別に教会行ったから救われるとかないけど」
『あなた、クリスチャンだったのね! いいわ、仲良くしましょう。私も神様を知ってるわ』
「そうなの? わーい。可愛い。可愛い!」
咲はミャーを抱きしめ、わしゃわしゃと頭や背中も撫でまくり、さらに語彙を崩壊させていた。
こうして見ると、宗教二世が「どんな人でも可哀想な存在」とも言い切れない。これも人によるのだろう。ユージンと同じように見た目だけでは判断できない。
「それはわかった。で、なんでうちのカフェ見てたの?」
織田の娘が想像以上に悪い子供という事はわかったが。
「さあ。このパフェもクリームソーダも食べていいから、事情を教えて」
「え、ええ」
咲はパフェを食べながらも、なぜか顔を赤くしながら、こういった。
「実は私、可愛いものとかオシャレなものとか大好きで」
「うーん、それは側から見てもわかるね」
「で、実はこのカフェも超好みっていうか……」
「えー?」
「大好きです!」
突然、愛の告白をされてしまった。カフェメニューやレトロな雰囲気、どれも一級品だと褒められてしまう。
「そ、そう。ありがとう」
店長の泉美としては、どう反応していいか謎だが、とりあえずお礼は言う。
『そうでしょ。素晴らしいカフェでしょ?』
なぜかミャーはドヤ顔していたが、「このカフェは続けてください!」と咲から熱心に頼まれた。
「え、ええ。それはもちろん」
まさかファンがこんな所にいたとは。店の経営がピンチになった今は、ファンがいるのも嬉しい。褒められすぎて泉美の頬は熱いが。
「でも、学校サボってこのカフェに来るのはダメ」
「えー?」
『いいじゃないの。カフェで勉強させれば問題ないでしょ』
「そうは言ってもね……」
このカフェは登校拒否児のフリースクールではない。
「だったらこうしましょう。織田の件が解決するまで、期間限定で来ていいわ」
一応大人として示しはつけないとならないだろう。
「わ、わかりました」
「ちゃんと勉強はするのよ」
「まあ、私、学年トップですし」
「えー?」
「テストだけは強いんですよね。わかんないところでも、イエス様助けて〜って心の中でいうと、適当に書いたところも合ってたり」
さらっと語る咲を見ながら、いじめの原因は嫉妬もありそうだろうと感じた。
『で、それはわかったから。事件については? 何か知っている事があるでしょう?』
咲の膝の上に乗ったミャーは、あざといぐらいの上目遣い。
「そうよ。窓ガラス割った犯人、知ってるんじゃない?」
咲は一瞬口篭ったが、ポツポツ話始めた。
「私、このカフェ好きすぎて、夜の散歩コースでも前を通ってたんです」
「へえ……」
「それで怪しい人が窓ガラス割っているのを見たんです」
急に爆弾発言。泉美は急いでメモを取る体制をとる。ついついボールペンも力強めに握ってしまう。
「どんな人だった?」
「派手目な若い女の人」
『警察には言った?』
「言いませんよー。あの織田さんの万引きについても警察に一応言ったのに、聞いて貰えなかったし!」
咲はスクールバックから画用帳を取り出すと、スラスラと似顔絵を描き始める。
「実は私、イラストや漫画も描くの好きで」
「うーん、そういう雰囲気するね!」
『いいから、咲。犯人のイラストを描いてみて』
咲はサラサラとイラストを描いていく。鉛筆の音が響き、咲もニタニタしながら楽しんでいた。絵を描くのもだいぶ好きらしい。ヲタクなのかもしれない。
「はい、できました!」
ドヤ顔で似顔絵を泉美とミャーの披露。マンガティストのイラストだった。ディフォルメもされていたが、かえって特徴もわかりやすい。
似顔絵は派手な若い女。くるくるの巻き毛に長いまつ毛がチャームポイント。ややエラがはったフェイスラインだが、他は概ね美人と言ってもいいタイプ。服も花柄っぽいワンピースで、決して地味ではない。
「これが窓ガラスの犯人?」
あの証言した女子高生は咲だった事もわかったが、似顔絵は見れば見るほど不可解。窓ガラスの犯人もカルト関連の可能性も考えていたが、こんな派手目な若い女は信者か?
「おかしいわね。これはあのカルト信者の中にはいないタイプ」
「そうですねー。私も実物みた感じでは、カルトと関係ないと思います。うちに嫌がらせをしてきた信者にいない人です」
咲の証言ではっきりした。窓ガラスの犯人はカルトと関係ない。だったら誰が犯人?
『この似顔絵、ちょっと泉美にも似てない?』
「え!?」
ミャーの指摘に目が丸くなった。確かに泉美も地味系の女ではないが。
「そうですね。店長さんが十歳ぐらい若返った雰囲気です」
「えー?」
ますますわからない。
「それにしても咲ちゃん? あなた、ネコが話していても不思議ではないの?」
「大丈夫です! うちの両親も不思議体験いっぱいあるので、キリスト教ではよくあります!」
「へー? そういうもん?」
泉美が引いていると、咲はまたミャーを抱きしめ可愛がっていた。また語彙崩壊もしていて頭が痛い。
「おいおお、水川たち、何やってるんだ?」
気づくと藤河もカフェにやってきて、この空気に引いていた。
「お前ら、頭大丈夫か?」
まさかあの変わり者の藤河からこんな台詞を言われる日が来るとは。
「失礼ね。私は正気ですよー!」
泉美は口を尖らせ、反論していた。