新しい事件編-1
ミャーとの和解が成功したわけだが、問題は山積み。ベラちゃん、窓ガラス事件は何の進展もないものの、カフェは絶対に潰したくない。
そう決めた泉美は、ユージンと共に協力し、動画撮影をしていた。
「この子はカフェの看板猫、ミャーです。可愛い黒ネコちゃん」
カフェの前でミャーを抱きつつ、カメラを持ったユージンの方を見ながら微笑む。
「オッケー! まずは第一シーンは撮影できたぞ」
「本当? こんなんで大丈夫?」
「大丈夫だって」
相変わらず派手な金髪、真っ赤なシャツを着込み、首にはジャラジャラと大きなネックレス。外見だけ見れば世の中舐めている若者だったが、意外と動画作りは真剣だった。詳細の演技指導も書かれた台本も作って貰い、丁寧に撮影中だ。
ミャーを出演さるのもユージンのアイデアだった。本当は看板ネコでもないが、動画でも多少盛っても良いと判断。営業再開したら実際にミャーをカフェに連れて行こうとも考えていた。ミャーと和解した今では、それも快くオッケーを貰っていた。
「ちょっと休憩したら、次は厨房での撮影だ! パフェやクリームソーダを作っている所を撮影しよう!」
「わかったわ。準備も進めましょう」
次は厨房の撮影。ミャーはカフェの椅子で休ませ、厨房での様子を撮ってもらった。
こんな風にカメラの前で料理するのは初めてだ。緊張してホイップクリームを作業台に上にこぼしてしまう。
「わ、緊張して失敗した!」
「大丈夫、大丈夫、店長さん。あとで編集すればいいんだから」
「でも編集って大変じゃない?」
そういえば人気YouTuberが動画編集している裏側を放送されたのを見た記憶がある。深夜まで寝ずに編集していた。視聴者にとっては楽しい動画でも、裏方はかなり大変そう。産みの苦しみもあるのだろう。ユージンも見た目はチャラチャラとした若者だが、そこだけで判断しすぎていたのかもしれない。
「編集は大変だけどさ、店長さん、そんな事言っていていいの? 動画で宣伝しないとカフェ潰れるぜ?」
「う、そうね。今は撮影ね」
泉美は気を取り直し、撮影をすすめた。台本通りに動くだけだが、案外難しい。動画についても表面だけ見て舐めていた。もうユージンについて舐めた若者なんて評価できない。舐めていたのは自分の方だと気づいてしまう。
「さ、次はミャーとカフェのほっこりした映像を撮るよ。店長さんは一旦休憩な」
「ああ、ありがとう。疲れたわ」
泉美が厨房で休憩している間、カフェの方でミャーが主役になって撮影されていた。
レトロな雰囲気のカフェと黒ネコのミャーはうまいことマッチし、側から見ている泉美も表情が和んできた。
もっともミャーは動画の主役である事を十分に自覚し、時にはぶりっ子ポーズも忘れない。上目遣いでカメラを見つめ、ニャンと可愛い声も出す。あざとい。それでも、今はカフェの為にミャーもユージンも一肌脱いでくれてると思うとありがたい。
それにしても風早も事件の関係者?
ミャーは風早を異様に嫌っていた。事件に関係あるという推理も。確かに風早はネコについては偶像崇拝的だし、そこについては少し変な男だ。
それでも顔はイケメン。高収入のハイスペだ。カルトと関係があったり、カフェに逆恨みしている事は、あまり信じたくはない……。ユージンの姿を見ていると、人を見た目で判断できないとは思うが。
「さあ、次は最後にまた店長さんのコメント撮るよ」
「え、ええ」
「忙しいよ、いくよ!」
しかし今は風早について答えなど出ない。とにかくユージンの指示通り、一生懸命動画撮影をこなした。
「オッケー! これで全部台本通り撮影できた!」
「本当?」
「ミャーも店長さんもありがとう!」
こうして半日かけて撮影は終わった。この後、ユージンが動画を編集し、泉美がチェックし、オッケーを出すと、いよいよ配信になるという。
「ユージン、今日は本当にありがとうね」
撮影に使ったパフェをバクバク食べているユージンに頭を下げた。
「動画で宣伝するなんて、私にはそんな発想なかったから。すごいわ」
普通に褒めただけだが、ユージンは顔を赤くし、目元もうるっとしている。ミャーは椅子の上で寝転がり、そんなユージンも大して気にしていなかったが。
「そんな褒められたのは初めてだよ。いつもは迷惑系だって嫌われてるから」
「もうそんな迷惑系辞めたら? 炎上で注目集めても、辛いでしょう? 他にもっと違う才能あるよ」
「そ、そうだな」
泉美はユージンの口元を紙ナフキンで拭ってやった。パフェの生クリームで口元がベトベトになっていたから。子供みたいだ。動画作成の報酬もこのパフェだけで良いという。欲の少なさにも困惑するが、ユージンのような若者も色々と大変なのかもしれない。
「ネットってさ。ちょっと目立つのも難しいんだよなぁ。実力で頑張っても埋もれるし。世界からランキングつけられて、一部の上位者だけ目立てるっていうか。だから迷惑系やってたというのもあるね」
「そっかぁ」
「世の中生きずらいね。あの牧師さんは何かマイペースで超楽しそうだけど」
「それは同意」
やはり宗教というか、神を持つものは強いのだろうか。今の世の中が生きづらい人が多いのも、色々と納得してしまう。神のような絶対的に揺るがない存在に「いいね!」が貰えない場合、他人の評価に依存するしかない。それは天井の無いデッドレースになりそう。泉美は想像しただけで、顔を顰めてしまった。同時に藤河がちょっぴり羨ましい。神様から「いいね!」貰える事だけ考えれば、人生はかなりシンプルではないか。
「まあ、動画作成に協力ありがとうね。しばらくカフェは全メニュー奢ってあげるわ」
「店長さん、良いんですか?」
「ええ。その代わり、しっかり良い動画を作ってね」
「はい!」
意外とユージンは素直。今思うと全然世の中舐めていない。人は見かけによらないらしい。
「じゃあ! ミャーもまたな!」
こうしてユージンは上機嫌で帰っていく。
「あの子、元気だったわねー」
『いいじゃない。人は見かけによらないって学びになったでしょ?』
「そうだけどね」
カフェのテーブルの上を片付け、またユージンが食い散らした床掃除を始めた時だった。
店の正面の窓ガラスの方から誰か見てる?
「うん? 聖アザミ学園の女子高生?」
『泉美、なんか怪しい!』
ミャーに言われるままに反射的にカフェを飛び出し、不審な女子高生に声をかけた。
「わ、私は何も見てないです!」
女子高生は逃げた!
『泉美、あの子を追うわよ!』
「ええ!」
逃げたら追うしかないだろう。
この女子高生は事件について何か知っているのに違いない!