ネコと和解編-7
『あのユージンって子は今時の舐めた感じだけど、私は好き』
ミャーは偉そうにそう語っていた。ユージン、貴子、モフボウズも帰ってしまい、藤河と二人でカフェを片付けている時だった。
特にユージンが食い散らかしていたので、床はカスがボロボロと落ち、床掃除を入念にやっていた。藤河は厨房の方で皿洗いをやってもらったが、ミャーだけは偉そうに座っているだけ。もっともネコの手が必要なほどの仕事でもない。
「そんなユージンって良い子? 派手な金髪だし、迷惑系YouTuberだよ。やっぱり世の中舐めているのでは?」
散らかった床を掃除しながら、ミャーがユージンを良い子と評価するのは、過剰ではないかと感じていた。カフェの宣伝動画作りを協力してくれるというので、根っこから悪人ではない事は理解していたが。
『もう、これだから人間は。何でも見かけで判断したらダメ』
「そうは言ってもね」
『今時の子たちは、子供の頃からネットとSNSもあって大変よ。おかげでずっとネット上のすごい人と自分を比較しなければならなくなった。これってかなり大変だと思わない?』
「まあ、確かに……」
ゆとり世代の泉美は、ネットは子供時代からあったものでもない。確かにミャーの言う通り。狭いコミュニティで認められれば良しとされる時代だった。このカフェも本来なら地元のご近所さんに認められば良いはずだが、今はSNSでの宣伝も必要。ネットの口コミも気になる。他の似たようなカフェと比較して落ち込む事は泉美にもあった。そうでなくても友達からはスタバやコンビニコーヒーでも良いと言われていたし。
「そっか。そう思うと若い人って大変だね。ナチュラルに自己肯定感削られそう」
しみじみと頷くと、厨房の方から藤河が出てきた。もう皿洗いは終わったらしい。「食洗機おけよ〜」などぼやいていたが、このカフェは昭和レトロ風の貴重な食器も使っていたので、食洗機は使えなかった。
とはいえ、カフェの片付けも終わりひと段落。泉美も藤河もカフェの椅子に座り、しばらく休んでいた。
「ちなみに藤河はやけに自己肯定感高そうだね。その自信は一体どこからくるの?」
それは泉美も謎だ。見た目は陰キャ風のサブカル系。陰謀論マニアの牧師という痛々しい肩書きだったが、当の本人はいたってマイペース。全く他人目は気にしない強さはある。
「うん? 俺は、神様がいるからな。神様に『いいね!』って言われてるの知ってるから、別に人と比べなくて良いっていうか。神様にどう思われてるかが一番重要っていうか」
「そっかー」
それは泉美も少し羨ましい。
「確かに宗教は気持ち悪いよ。変な組織に見えても仕方ないが、生きる為の羅針盤になる。神様と共に生きれば人生変わるのになって俺は常々思ってるんだが。っていうか、宗教と神様は全く違うし。別に宗教なんかやらなくても、どんな時も愛してくれる方がいるって腑に落ちたら自殺者も絶対減るぞ」
『そうよ。泉美。泉美も本当の自己肯定感をつけたかったら、神と和解せよ!』
「いやいや、二人とも今日も押しが強いね!」
呆れてしまうが、 今はなぜか藤河も羨ましく見える。彼だったら、カフェが潰れそうになっても飄々としていそう。今は少しだけ藤河の事も見直していた。
『それにしても泉美。あの風早って男と付き合うのは辞めた方がいいわよ』
ミャーは藤河の膝の上にぴょんと乗った。
「は? 今日のミャー、なんかとっても押しが強くない? 一体どうしたの?」
「そうだぞ。風早さん、織田の事も怒ってた。良いやつだ。水川とお似合いだぞ」
あれ?
なぜかこの藤河の台詞に泉美の心臓はチクンと痛む。藤河に風早を押されるのは、あまり嬉しくないのはなぜだろう。しかもミャーも風早嫌っているのが理解できない。
「ミャー、何で風早さんを嫌ってるの? 会社社長のハイスペだよ?」
「げー、水川。そんな表面的な事を見てんのか。典型的なクズ婚活女だな」
『そうよ、泉美。計算高い嫌な子!』
二人(匹)から非難轟轟。確かにこの発言は、人を表面的にしか見ていない証拠でばつが悪いが。
『あの風早って男は何か匂うの。もしかしたら事件に関わっているかも? 野生のカンがそう言ってる』
ミャーは耳をピコンと立てていた。確かにこの耳は人間より有能そうに見えて、泉美はちょっと引く。
「事件と関わってる? まさか。風早さんがカルト信者とか? そんな風には見えないよ」
藤河はミャーの発言に呆れて、その背中を撫ででいた。
「で、でも。あのネコ様って溺愛している様子は、行き過ぎ? 私にも何時間もネコ自慢をされた事も。あ、これって聖書でいう偶像崇拝になる?」
ふとピンと来た事を言っただけだが、ミャーと藤河は顔を見合わせていた。
「確かにネコ崇拝か。偶像崇拝にあたるか? え? 風早さんも事件と関係あり?」
『七道おじ、その可能性はあり得るわ。ベラちゃんを殺してなくても、このカフェに何か恨みがあって噂を流したり、泉美に近づいたってあり得る話じゃない?』
「確かにな。何か風早さんに逆恨みされてる心あたりは?」
二人(匹)の推理を聞き、泉美の頬は強張る。全く笑えない。
「そんな心あたりはないけど……」
彼を表面的に見ていた事は事実。それは反省すべき事でシュンとしてしまう。
「ミャーも藤河も何かごめん。私ってこういう変に計算高い所あって、無意識に地雷踏んでるところあるかもしれない。ごめん」
素直に謝ると藤河は目を丸くしていた。
「水川が謝ってる! まあ、俺だって口悪い。陰謀論好きだし、地雷踏んでるっていうのはお互い様だって! 謝んなよ!」
藤河は大きな声で驚いてもいた。カフェの運営も危機もあり、泉美も丸くなって来たのだろう。
『そうね。泉美もだいぶしおらしくじゃない?』
ミャーは藤河の腕をすり抜け、泉美の膝の上に乗り移った。
『まあ、そろそろ私とも和解しても良いわ』
「ミャー、良いの?」
『そうね。ネコとの和解は許すわ』
ミャーは偉そうにツンと顎をあげていたが、泉美は感激。ミャーを強く抱っこしてしまう。
こうして喧嘩状態だったミャとも和解が成立。藤河の家から泉美の家に戻る事にもなった。
「ミャー、大好き!」
『くすぐった! キスしないで!』
すっかり泉美とミャーは仲良くなり、藤河も呆れるほどだったが。
「まあ、事件は何も解決していないが、ネコとの和解は成立したな。水川、おめでとう!」
藤河に祝福までされた。
「水川にもミャーにも神のご加護があらんことを!」
腐っても牧師らしい。藤河は牧師らしい事を言うのは忘れていなかった。




